楽しい会話
勇者パーティとの遭遇から、数日が経過した。私とリーリアちゃんは未だに森の中を歩いていて、目的地である人間の町を目指している。
さて。進化した直後はローブを羽織ってその下は素っ裸という、露出魔的な姿で森の中を歩いていた私だけど、現在は違う。
上下一体型のワンピースに、身動きを阻害されない程度にスリットの入ったロングスカートを履いていて、その上からローブを羽織っている。勿論フードを深くかぶって顔を隠した状態で。
このコーディネートはリーリアちゃんがしてくれて、リーリアちゃんがくれた服を着ているのだ。ただ、若干サイズが合っていない。リーリアちゃんの方が背が大きいので、私にはちょっと大きいのだ。
リーリアちゃんは町に寄るとたまにこういう服も買ってくる。それを私はたんまりと亜空間操作でしまいこんでいる訳で、他にも色々と服はある。この服は色々と着比べてから選ばれた物で、決まるまでが長くて大変だった。
私の着せ替えを見守るリーリアちゃん、楽しそうだったけどちょっと怖かったな。
まぁそれはおいておいて、そうして服を手に入れた私はリーリアちゃんと共に当初の目的通り、デサリットという町を目指している。
地図には簡素な文字で場所が示されているだけだけど、一国の首都らしいからそれなりに大きな町のはずだ。
「まだ、つかない?」
「ああ、もう!その質問何回目よ!馬に乗ってる訳じゃないんだからそんなに早くつくわけないでしょうが!分かったら黙ってついて来なさい!分からなくても黙りなさい!」
先導して歩くリーリアちゃんに尋ねたら、凄い勢いで怒られてしまった。
確かに毎日何回もしてきた質問だけど、そんなに怒らなくてもいいじゃん。こっちは何日も歩き続けて嫌になってるんだよ。て、それはリーリアちゃんも同じか。
でも、ね?
「……ふ」
ふと、リーリアちゃんが笑った。直前まで私に向かって怒りをぶちまけていたのに、急にである。
「……?」
「いや……今まで話しながら歩くってなかったから、なんかおかしいなと思って」
言われて気づいたけど、確かにその通りだった。タコ姿の私は言葉を発する事無く、リーリアちゃんと共に黙って歩くだけ。私とリーリアちゃんは言葉を交わしてコミュニケーションをとるという事がなく、リーリアちゃんに話しかけられて私がジェスチャーで返す。それだけだったのだ。
この世界に来る前も似たような物で、コミュ障な私は他人とあまり会話をしない人間だった。それが今、リーリアちゃんと普通に話しながら歩いている。それってなんだか特別な事に思えて、私も笑えたら笑っていたと思う。
「……会話、楽しい」
「は?」
「今まで、リーリアと話す事ができなかったから。だから、楽しい」
「……」
一度は振り返ったリーリアちゃんだけど、また前を向いてしまった。
「ま、まぁ……せっかく話せるようになったんだし?少しくらいなら喋ってもいいわ」
「……まだつかない?」
「あんた私を怒らせたい訳!?」
喋っても良いと言うから尋ねたのに、怒られてしまった。理不尽だ。
でもやっぱり、こうして話す事ができるというのは楽しい。話すのが楽しいだなんて今まで考えた事もなかったけど、こんなに楽しい事だったんだね。初めて知った。
「──……!」
そんな会話を楽しんいた時だった。
私はある匂いを感知し、足を止める。
「どうしたの?」
それに気づいたリーリアちゃんも足を止めてそう尋ねて来た。
「匂いがする」
「匂い?」
「血の匂い。たくさんの、血の匂い」
リーリアちゃんが鼻をならして嗅ぎまわるけど、彼女の鼻は私のように敏感ではない。たぶんこの臭いを感じる事はないはずだ。
でも私にはハッキリと分かる。この近くで、大勢の血が流れている。その匂いは私の食欲をそそる匂いであり、自分の心が昂るのを感じる。
しかし同時に、不快な臭いも混ざっている気がする。この臭いは……そうだ。私に消滅魔法を放って来た弓の子と同じ臭いだ。
「こっち」
私が匂いのする方へと駆けだすと、リーリアちゃんもついて来る。ここまでののんびりペースではなく、私の走りについてくる事によってかなりの高速移動になったけど、リーリアちゃんもちゃんとついて来る事ができるので凄い。
勿論手加減はしているけどね。これくらいは付いて来てもらわなければ困る。
しばらくこのペースで森を駆け抜け、するとやがて森が途切れて私達は森を抜ける事に成功した。
そして目の前に現れた光景は、大勢の人だった。森を抜けた先の草原を、覆いつくすほどの大勢の人。彼らは武装しており、彼らが出した雄叫びや足音が、まだ遠くにいる私の耳にまで届く。ぶつかり合い、殺し合う事によって血が流れ、その匂いが私に届いたと言う訳だ。
これはまさしく、戦争である。
人と人同士が殺し合う、リアルな戦争が私の目の前に突如として現れた。
でもこれを戦争というにはあまりにも一方的だ。数が違すぎて、ただただ一方が蹂躙されて押しつぶされているだけである。
有利な方の軍勢が目指すは、石の壁で覆われた町である。湖に隣接して作られたその大きな町が、攻め落とされようとしている。そんな状況。
「……はぁ」
そんな状況を見て、リーリアちゃんがため息をついた。
「人間は何で人間同士で戦争なんてするのかしら」
「リンク族は、しない?」
「する訳ないでしょ。同じ種族同士で戦争なんてするの、人間くらいよ。好戦的で、野蛮で知力も低い。人間同士で争いながら、時に結託して自分たちにとって邪魔な種族を攻めて全てを奪う。本当にどうしようもない連中」
人間、酷い言われようである。
でも元人間として言い返す言葉がない。そしてそんな私も人間は醜い派である。いいぞ、もっと言ってやれ。人間ではない今、どんな事を言われても構わない。
「でもあの町が私達の目的地の、デサリットみたいね。このままじゃのんびりと買い物という訳にもいかなくなっちゃいそう。どう考えても、守り切れる数じゃないわよコレ」
「……少し近づいて、様子を見てみる」
「醜い人間の姿を間近で見たいとか、あんたも物好きね」
別にそういう訳じゃない。例えば、凄く傷ついて死んじゃいそうな人がいるとする。いるとしたら、苦しまないように食べてもいいよね。だってどうせ死ぬんだし。そして食べれば私のレベルが大きくあがるかもしれない。リンク族を食べた時のようにね。
それに、彼らのレベルを確かめたいと言うのもある。この世界の人間の、普通のレベルを知っておきたい。でもさすがにこの距離ではステータスを覗く事が出来ないので、近づく必要があるって訳。
まぁそんな言い訳をぐだぐだとリーリアちゃんにするのも面倒なので、私は黙って歩き出して戦場へと近づいて行く。リーリアちゃんも素直についてきて、やがて生々しい戦争現場が間近になった。