消滅
速い。とにかく、速い。
一瞬にして何本もの矢を放ったかと思えば、矢に気を取られている隙に姿を消して背後に回り込まれている。その上で、短剣で斬りつけて来るけど大したダメージはない。
でも、短剣による攻撃はそれなりに強力だ。イケメン君の気合の入った剣ではHPに変化はなかったのに、彼女の攻撃は一桁くらいのダメージが通っている。レベルが高い分、攻撃力も高いからだね。
惜しいのは、決定打がない事かな。速いだけで、大きなダメージを生む攻撃が来ないからじり貧だよ。
「は、速……!」
でもその動きは、リーリアちゃんにちょっといい影響を与えてくれたかもしれない。笑いながら私と弓の子の戦いを見学し、目でおうだけで精一杯のようだけど楽しんでくれている。
でもまぁここまでにしよっか。あまり時間をかけるつもりもないし。
「がっ、はっ!」
素早く背後に回り込まれたタイミングで、弓の子のお腹に触手のブローを一撃おみまいすると、血を吐いて吹っ飛んでいく。でも吹っ飛ばせない。吹っ飛ぶ途中で足を触手で掴んで止めて、地面に叩きつけてからフィールンで糸を巻いて拘束。動けないようにしてあげた。
一瞬にして、試合終了。私の勝利である。
「……お主、名はなんという」
「……」
地面に芋虫状態で倒れこんでいる彼女の頭上にいくと、目を見ながら名前を尋ねられた。けっこう大ダメージを与えたはずなのに、案外平気そうだ。でも名前を答える事は出来ない。
「言葉ももたぬ魔物に、我は負けたのか。この入れ物が弱すぎたか?……いや、この世界のレベルにしては高位であるはず。負けるはずがないのだ、この雑魚に……」
「何言ってるかよく分かんないけど、食べるとかは冗談だから。たぶんコイツ、そんなつもりがあってあんたを追いかけたんじゃない」
「……ほう。お主はこの魔物に魅了されているのか?快楽を利用して精神を支配する個体もいる。その類か」
「快楽?」
リーリアちゃんは意味が分かっていないようだけど、私には分かる。いるんだね、そんな魔物も。でも今の所そんなの見た事ないな。
ま、この身体の私に快楽を与えようとか思う奴、いないか。ちょっと悲しくなった。
そして先ほどの魔術師の女性とおっぱいの女性も、その事を知っていて身を穢される覚悟だったのかもしれない。
「……良いだろう。負けを認める。両名近くに来い。良い物をくれてやる」
私は傍にいるけど、ちょっと引いたところにいるリーリアちゃんを彼女が呼び寄せた。怪訝に思う私とリーリアちゃんだけど、私が触手で手招きするとリーリアちゃんも寄ってきてくれた。
「──バカめ」
すると、弓の子を中心にして地面に光り輝く紋章が現れた。その紋章は上空にも出現しており、上下の紋章同士で繋がり合うようにして壁が出現。私とリーリアちゃんは紋章の外に出られなくなってしまう。
「何!?」
「もう逃げられんぞ、神に逆らいし悪しき者共!お主たちはこの紋章の中で、この入れ物と共に跡形もなく消え去るのじゃ!」
どうやらこの紋章は、封印系の魔法らしい。触手で触れるとまるで電気でも通っているかのように弾かれて、触手が黒焦げになって先端が破壊されてしまった。スキルの、物理攻撃耐性も魔法攻撃耐性も無視されてしまっている。オマケに魔法を使おうとしても、魔法が発動しない。
アリスエデンの神殺しの世界に、こんな魔法あったな。相手を行動不能にした上でスキル無効化まで付与する強力な魔法だ。
強力な魔法だけど、その代償として術者のHPが削られる。しかも、凄い勢いで。この世界でHPが削られると言う事は、命が削られると同義である。
「が、がはっ!」
弓の子のHPはやはりすごい勢いで減って行っていて、血を噴き出した。すぐに死んでしまいそう。
「──我が命をもって、この者達に消滅を捧げる。滅びの時はやってきた。神に従いし従順なる精霊達よ。我が命を喰らえ。そして滅ぶのだ。我が身と、我が敵と共に」
神々しく光り輝く何かが、弓の子の胸の辺りから出て来た。その光り輝く何かはまるで何かにかぶりつかれたかのようにして欠けていき、一瞬にして姿を消してしまう。
そしてそこから何かが爆ぜた。ただの爆発ではない。光による浄化でも、闇による暗闇への吸収でもない。
──ただただ、純粋なる消滅。それが、紋章の中の狭い空間で巻き起こった。
何がおこったのかは分からないけど、こんなのリーリアちゃんがくらったら死んでしまう。いや、私の身体でも耐えられるかは分からない。
だから一番はこの空間から逃げ出す事なんだろうけど、紋章のせいで外に出る事が出来ないのでどうにかするしかない。
だから私は、消滅が始まった所を食べた。ついでに、消滅をもたらそうとした弓の子の身体も食べてしまう。
2つを口に含んで咀嚼すると、酷い味がした。例えるなら、納豆が腐り過ぎてぐちゃぐちゃになり、原型がとどめていないそれを食べてる感じ。そこに醤油のようで醤油ではない苦い何かをかけて混ぜ、ただでさえ不味い物に更に不味い物が加えられて、はい出来上がり。
もはや、吐き気すらもよおさない。ただただ不味くて、頭が真っ白になっていく。
ああ、もしかしたら味のせいじゃなくて、力に負けて私の身が消滅しようとしているのかもしれない。身体の中から光があふれ、一部の触手が消えていくから気のせいではない。
でも、消えなかった。やがて光は収まり、触手が枯れ果てた上で身体はボロボロになったけど、ギリギリ生きている。そして術者が消え去った事により、私達を囲んでいた紋章もなくなった。
「あ、あんた……」
後にはボロボロになって地面に伏した私と、リーリアちゃんがいるだけだ。
リーリアちゃんが無事な事に私は安堵し、力が抜けてしまう。HPは……10か。どうやら、スキルの即死耐性が発動して助かったようだ。持っててよかった、即死耐性。
でも洞窟以外でここまで命が削られたのは、初めてだ。自動回復ですぐ回復するだろうけど、時間はかかるかな。
──そして私の目の前には、姉の仇を取るために力を欲する少女がいる。
その仇とはまだまだ実力差があるものの、瀕死の状態なら殺す事も可能だろう。リーリアちゃんは、強くなったから。この状態の私を殺すくらいの力はあるはずだ。近くで見て来たから、私はよく知っている。
「……」
リーリアちゃんが、静かに刀を構えた。その目には僅かに殺気が籠もっており、私を見下ろすその目はとても冷たい。
かつて、同じように私を見下して来た人物がいる。何故かその人物と比べて嫌な気分ではない。むしろ、背筋がぞくぞくして心地が良い。もしかしたら私、Mだったのかな。新発見。
いやそれは冗談で、リーリアちゃんになら殺されてもいいかなって。ただそう思っただけ。彼女はもう一人で生きていけるくらい強くなったし、私なんていなくても平気だろう。後は、自由に生きてくれればそれでいい。私の役目は終わったのだ。
そして、私にめがけて刀が振り降ろされる。ナマコから始まった私の異世界生活は、今ここに幕をおろすのだった。