生きる目標
思えば、偉い人の会議で生贄に反対していた人の声は、村長さんの声ではなかった。村長さんはむしろ生贄に乗り気で、リーリアちゃんを森に捧げなければいけないと熱弁していたのだ。
彼は確かに、ラネアトさんに惚れていた。でもラネアトさんは何にしてもリーリアちゃんを優先していて、村長さんはリーリアちゃんを邪魔に思っていたのだ。
リーリアちゃんの事など何も考えず、大人の力で思いきりその細い腕を掴んだままリーリアちゃんに向けた彼の顔は、怒りと憎悪に染まっている。
「お前が、ラネアトを殺したんだ!どうしてこの化け物を家に招き入れた!せっかく、上手く隠れていたのに……!お前が化け物を招いたせいで、ラネアトは食われて死んだ!責任を取れ!この、何の役にもたたないクズが!」
「……お姉ちゃんを、魔物さんが、食べた?」
その事実を聞かされ、リーリアちゃんの瞳から涙が溢れる。
それでもなお続く、村長さんの罵声。その罵声が彼女の耳に届いているかどうかは分からないけど、届いていないなら届いていない方がいい。
お前はラネアトさんのお荷物だとか、さっさと生贄として死んでおけば良かったとか、とても酷い事を言っているだけだから。
どうせ、ハスタリクにかかった時点でラネアトさんの死は確定している。それなのに、その事実に目もむけずにリーリアちゃんに怒りをぶつけるのは、何もかもが間違っている。そんな間違いにすら気づかないこの人は、もうダメだ。
もう一個言うと、私にではなくリーリアちゃんに怒りをぶつける辺りが更にダメでしょ。弱い方を目の敵にする事で、その怒りを発散するつもりなのだ。
色々とダメすぎる。
ちなみに、村長さんは上手く私から隠れていたと言っているけど、そうではない。私は気づいていたよ。でもラネアトさんを生きたまま食べる事に踏ん切りがつかず、行動に移さなかっただけだ。
それでもリーリアちゃんに招かれ、ラネアトさんに頼まれる事によって行動に移した次第である。
「来い!お前もすぐに、ラネアトの所に連れて行ってやる!」
「……」
村長さんは唐突にリーリアちゃんの髪の毛を掴み取ると、彼女を引き摺って行こうとする。
少女の扱いは、あまりにも乱暴すぎる。怒りに狂った彼は、きっとこれから本当にリーリアちゃんを殺すつもりだ。
それなのに、リーリアちゃんは特に抵抗をしようとしもしない。痛みに呻くのも忘れたかのように、光を失った瞳のままで連れ去られる。
『リーリアの事も頼んでいいかな?』
ラネアトさんの願いが、頭の中に響いた。
ラネアトさんは、村長さんがリーリアちゃんを良く思っていない事を知っていたのだ。それで村長さんにではなく、私に託そうとした。
合点がいった。
私はリーリアちゃんを連れ去ろうとする村長さんの腕に、思いきり触手を振り落とす。と、村長さんの腕が私の触手が通り抜けた場所で分離。離れ離れとなり、リーリアちゃんの髪を掴んでいた手がボトリと床におっこちた。
「──は?」
呆然とする村長さんをしり目に、私はリーリアちゃんを触手で抱いてその場を去る。
直後に、家から大きな叫び声が聞こえて来た。私は無視する。そして抱きかかえたリーリアちゃんを大切に扱いながら、村を出た。
村から少し離れたところで、リーリアちゃんを地面に降ろす。
彼女の全身からは力が抜けていて、力なく地面に座り込んでしまった。瞳からは相変わらず光が消えていて、意識があるのかないのかも分からない。酷い状態だ。
「……どうして、お姉ちゃんを食べたの?他の人は食べなかったのに、どうしてお姉ちゃんを選んだの?」
一応は、意識がある事に安心する。
でもこの子はどうやら、何故私が一部のリンク族を食べたのか理解していないようだ。様子から察するに、ハスタリクにかかった人が確実に死ぬ事も知らなかったのかもしれない。いや、あるいはラネアトさんがただの風邪だとでも言い張っていたのかな……。妹の前で元気に振舞うのももう限界だと言っていたから、あり得る。
それでも、確かに私はラネアトさんを食べた。愛する妹とのお別れの時間すら作らず、食べた。
その罪が私の肩に重くのしかかる。そうするしかなかったと済ませれば簡単だ。実際そうにはそうなんだけど、私はラネアトさんからリーリアちゃんを任されている身だ。生半可な気持ちではこの子と向き合う事ができなくなってしまう。
「……」
私は亜空間操作で空間に穴を作り出すと、そこから洞窟で拾った刀を取り出す。それをリーリアちゃんに差し出した。
するとリーリアちゃんは黙って刀を受け取り、その表情に生気が戻った。というより、怒りで目つきが鋭くなっただけかもしれない。その目は確実に私をとらえつつ、そしてなれない手つきで鞘から刀を抜いた。
光り輝く、赤色の刀身。美しい刀が私に向かって振り下ろされる。
「くっ、この、よくもお姉ちゃんを!」
刀は私に通用せず、弾かれた。それでも諦めずに何度も刀を繰り出してくるリーリアちゃん。その行動はリーリアちゃんの体力がなくなって動けなくなるまで続き、私は黙ってその姿を見届けた。
「はぁ!はぁ!」
激しく息をするリーリアちゃんの頭上に立つと、私はなるべく背を高くしてリーリアちゃんを見下ろす形をとった。
私がかつて、洞窟で偉そうなおじさんにされたのと同じ構図である。
いや、全然ちゃうやんというツッコミはナシで、同じだ。同じなのだ。
「うっ、うぅ!うあああぁぁぁぁぁ!」
すると、リーリアちゃんが悔しくて泣き出してしまう。その涙は悔しいだけではなく、ラネアトさんを失った悲しみも込められている。
そしてその目は死んでいない。私を睨みつけ、いつか私を倒してやろうという気概を感じさせる目となっている。
私が偉そうなおじさんを見上げて思った事を、彼女は今思っている。それでいい。いつか、私を殺せるくらい強くなってみなよ。貴女の大切なお姉ちゃん──ラネアトさんの仇として、私を殺す事を目標にして生きればいい。
あの可愛らしく、人懐っこかった少女はこの瞬間にいなくなった。残ったのは、復讐に燃えるリンク族の少女である。
私が変えてしまった。でも、彼女には生きる目標が出来た。何が正解かだなんて私には分からないけど、少なくとも彼女は生きてくれる。ラネアトさんも、それを一番に望んでいるはずだ。
こうして、この世界に来てからずっとソロプレイだった私にパーティが加わる事になった。彼女は私の命を狙うアサシンで、仲間であるようで仲間ではない。そしてとても美味しそう。
しかしこの世界で私が何よりも優先して守らなければいけない存在であり、矛盾している。
悲しい事があった。後悔する事もあった。異世界にやってきたらナマコになっていて、目の前で突然繰り広げられた異次元の戦い。屈辱。再起してまた屈辱。
訳が分からない事だらけだけど、守る物ができたのはちょっと嬉しい。まるでこの世界で生きる目標が出来たようで、それをラネアトさんが──リーリアちゃんが与えてくれたのだ。
結局生きる目標を与えられたのは、私の方だったのかもしれない。笑っちゃうよね。
名前:── 種族 :──
Lv :1100 状態:普通
HP:23099 MP:10811
『──』習得スキル一覧
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・スキルイーター
・アナライズ
・自動回復
・菌可視化
・土壌再生
・土内移動
・言語理解:人族
・言語理解:竜族
・言語理解:魔族
・物理攻撃耐性Lv2
・攻撃魔法耐性Lv1
・弱体魔法耐性Lv1
・全状態異常耐性Lv2
・暗闇耐性Lv2
・自然環境耐性:熱Lv1
・自然環境耐性:水Lv1
・聴覚強化Lv2
・嗅覚強化Lv1
・感覚強化Lv1
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