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最後の一人


 最初に言っておくと、実は私はもう気づいていた。

 この村からハスタリクは消え去った。あとは最後の一人を食べれば、この村は完全にハスタリクから解放される。

 その最後の一人と言うのが……。


「ただいま、お姉ちゃん……」

「……ああ、リーリアか。魔物さんを連れて来てくれたんだな。偉いな」

「えへへ……」


 自分の家。自分の部屋のベッドに横たわる、ラネアトさんの姿がある。彼女の表情は死んでいない。でも苦し気で、額にびっしょりと汗を浮かばせ今にも死んでしまいそうだと思った。

 菌可視化で見てみると、部屋にはハスタリクがいる。出所は他でもないラネアトさんで、彼女が最後のハスタリク感染者だ。


「すまないが、魔物さんと二人にしてくれ。大事なお話があるんだ」

「う、うん……。飲み物だけ持ってくるねっ」


 リーリアちゃんは、ラネアトさんの枕元にあるコップが空っぽなのに気づき、コップを回収。部屋から出て行き、たぶん水をいれにいった。


「……何故、私を食わない?この村を救うため、必要な事なのだろう?」

「……」


 当然と言えば当然の質問だ。私はこの村をハスタリクから救うため、大勢のリンク族を食べて来た。生きたいと懇願されても、痛みに悶えて死にたいと懇願する者も、同等に扱って容赦なく食べた。

 私の目的はラネアトさんも知っているはずで、この村からハスタリクをなくそうとしてあげているんだよ。実際ハスタリクの患者は減り、残すところあと一人となっている。

 村長さんと一緒に私を疑っていたラネアトさんだけど、ここまで来ればもう信じない訳にはいかない訳で、そのおかげかラネアトさんは私に対して怒ってくる事はなかった。それどころか、自分が食べられない事に疑問を持って質問を投げかけて来る。


 私はそっと、ラネアトさんの手を握った。


 私は、あの時ラネアトさんと出会えて良かったと思っている。悪い事をしようとした私を当たり前のようにしかり、私を化け物にしないでくれた。凛々しくカッコイイ姿のラネアトさんに、ちょっと憧れたりもする。そんなラネアトさんに抱きしめられた事を、私は忘れない。

 食べられる訳がないよ。いくら美味しそうでも、ラネアトさんは私の恩人だ。何でラネアトさんがハスタリクなんかにかからないといけないのさ。彼女には妹がいるんだよ。両親は先立ち、ラネアトさんまで死んでしまったらリーリアちゃんが一人きりになってしまう。

 そんなの、間違ってる。


「正直、容赦のない化け物だと思った。君をあの時抱きしめた事を後悔した。でも今は分かる。実際この村から、あっという間にハスタリクが消え去った。君のおかげだ。私達をこの一年間苦しめ続けた病を、君はたったの数日で駆逐してしまったのだ。君は、この村を救ってくれた。礼を言う。襲った事、酷い事を言った事に対して謝罪もする。本当に、すまない」


 お礼も、謝罪もいらない。そんなに弱弱しくお礼やら謝罪をされても、嬉しくないよ。

 でも元気になったら別。それからちゃんと聞きたい。


「……私は、弱いな。村の中や、周辺のリンク族の中で一番の強さだと皆から言われたが、実際はとても弱い。君には手も足も出なかったし、その上病に負けてこの世を去ろうとしている。オマケに……死ぬのが怖い。まだ生きて……リーリアと一緒に生きてリーリアが成長する姿を見て、それから強くなりたい」


 ラネアトさんの瞳から、涙が零れ落ちた。

 彼女は自分の死を悟っている。


 ハスタリクにかかった者は確実に死ぬ──。


 通説だ。分かっている。でも私は、奇跡を期待してしまった。他のハスタリク患者はハスタリクだと分かったその瞬間に襲って食べたのに、彼女だけは特別扱いしてしまった。それは彼女を病で苦しめる行為で、早く苦しみから解放してあげたいと思う。でも出来ない。


「あれだけ容赦なく振舞ったのに、何故私にだけは情を見せるんだ?不思議な魔物だ。……でも、もういい。これ以上はもう、無理だ。あの子の前で無様に呻き、苦しむ姿を見せる事になってしまう。だから、頼む」

「……」


 私は首を横に振る。そしてラネアトさんの手を握る触手の力を少しだけ強め、生きて欲しいと願った。


「……頼む」


 ラネアトさんは、辛くてたまらないはずなのにニコリと笑いながら私に懇願した。

 ……やらなければいけない。勇気を出せ。でも、ラネアトさんを食べる?それはラネアトさんを殺すと言う事だ。この私がだ。手が震える。


「……我儘ばかりで申し訳ないんだけど……リーリアの事も頼んでいいかな?」


 わ、私に?リーリアちゃんを?こんな触手の化け物なんかに預けていいの?


「君になら、任せられる。というか、君にしか任せられない」


 そうなの?村長さんなら大切にしてくれそうだけど……なんてったって、惚れた女の妹だし。

 でも、分かった。私はラネアトさんに向かって力強く頷き、リーリアちゃんをしっかりと育てる……というか、見守る?事を約束した。

 その返事を見て、ラネアトさんがまたニコリと笑ってくれる。それきり、彼女が喋る事はなかった。どうやら、眠ってしまったらしい。でもきっと、痛みですぐに起きてしまう。眠気が限界に達し、一時的に眠りについただけだ。その前に片付ける必要がある。


 私は意を決して、口を開いた。でも身体が止まってしまう。戸惑ったらだめだ。一撃で、苦しまずに食べなければいけないんだから。


 眠っているラネアトさんを見つめる。身体が痛いのか、うめき声をあげていて今にも起きてしまいそう。


 やるしかない。やるしかないんだ。


 私は再び意を決し、ラネアトさんに噛みついた。一気に飲み込んで痛みがないように一瞬にして食べ終わり、今の今までこの場にいたラネアトさんが跡形もなくいなくなってしまう。

 むなしい。何もかもが、むなしい。ラネアトさんの味が、今まで食べて来たどんな食べ物よりも美味しかった事がまたむなしさを増長させる。


 直後に、私の身体が光り輝いた。むなしさの中で身体が変化し、新たな姿へと変化していく。

 光が収まると、私の身体はタコのような形に変わっていた。新たな進化を果たしたと言う訳だ。はは。ナマコから、ヒトデへ。ヒトデから、タコへ。手?足?が増えたのは嬉しいけど、嬉しくねー。あと、むなしい。


 こうして村は救われたんだ。よかったね、リンク族。ハスタリクに怯える生活は、今この瞬間に終わりを告げた。


「──ラネアト!」


 とそこへ、村長さんが勢いよく駈け込んで来た。ラネアトさんの名を呼び、そこにいるはずの彼女の姿を探す彼だけどそこにはもうラネアトさんはいない。代わりに、私がいる。

 私の姿は先ほどまでとは変わっているけど、村長さんはそこには触れずに全てを悟ったのか、その顔を歪ませた。


「お姉ちゃん……?」


 村長さんはリーリアちゃんの手を握っており、彼女もラネアトさんの姿がそこにない事に戸惑っている。

 家の中の貯水槽は、空っぽとなっていた。外に水を汲みに行き、そこで偶然村長さんと会って家に私を招き入れた事を話したのだろう。村長さんが慌ててやってきたのは、ハスタリクにかかったラネアトさんを私が食べてしまう事を危惧したからだ。

 全てはもう終わっているので、何もする事はない。私は黙ってその部屋を後にしようとした。


「っ!」


 でも、痛みに悶えるリーリアちゃんを見て足を止めた。


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