静まり返る村
私がリンク族の村に堂々と居座るようになり、数日が経過した。その間村を見張り、ハスタリクを発症した人を食べて回った。おかげでハスタリクの発症者はだいぶ減り、もうほとんどいない。
でも代わりに、村は大パニックだ。村を出て行き、別のリンク族の村へと行こうとする人もいたけどそれは私が阻止した。だってもし逃げた人の中にハスタリクの感染者がいたら、その村でもハスタリクが広まってしまうから。
でも殺したりはしてないよ。力づくで村の中にとどまるようにしただけだ。
村中のリンク族が一斉に襲い掛かって来た事もある。でも皆返り討ちにした。その際も殺したりはしていない。軽く突き飛ばしてやっただけで、魔法等も使っていない。
本当なら、全員食べてあげても良いんだよ。でもそうしないのは私の良心と、私を化け物にしないでくれたラネアトさんへの恩義から来るものだ。私って、案外優しくて義理堅いようだ。
ところで食欲の方だけど、馴れて来たのか割とコントロールというか、気持ちを押さえつけられるようになってきた。最初は自分が自分じゃなくなるような感覚もあったんだけど、今ではしっかり受け入れて元の私と混ざり合っていると思う。
そうなると村での暮らしは案外楽ちんで、強力なモンスターがうろついていた洞窟内での暮らしと比べると、格段にいいものとなっている。
村の中には雑魚しかいないしね。寝てても勝てるようなレベルの人しかいないんだから、本当に安全で住みよい所である。
でも村人にとってはそうではないようで、現在村人は家に籠もって外に出なくなっている。木のてっぺんに居座り、眼下の村を見下ろす村には人っ子一人見る事ができない。
引きこもりかー。いいよね、引きこもり。人間だった頃は私も自分の家、自分の部屋が好きだった。できれば家から出たくもなかったけど、生活するためには出なければいけない。
現在村人の行動は、生きるために必要でなければ家から出ない事が主流になっている。最低限の畑の手入れや狩りには出掛け、食べ物の確保以外は外に出ない。
ちょっと寂しいけど、その分村を独り占めできているみたいで優越感もある。
私は地面に降り立つと、触手を動かして軽い体操をしてみた。こんな変な動きをしたって、誰も見ていないんだぞと調子にのってみる。
「……」
「……」
でも見られていた。木の陰からこっそりと覗く、小さな人影。
見ていたのはラネアトさんの妹である、リーリアちゃんだった。
「じー……」
私の方を、めっちゃ見ている。というかこの子、上にいた時は全く気配感じなかったんだけど。
感覚強化を持っている私の監視網をくぐってここまで近づいて来たのは、この村ではこの子が初めてだ。もしかしたら何か特別なスキルでも持っているのかな?そう思い、ちょっとステータスを覗いてみる。
名前:リーリア・シルフィーネ 種族:リンク族
Lv :12 状態:普通
『リーリア・シルフィーネ』習得スキル一覧
・言語理解:竜族
・気配遮断Lv2
・隠密行動Lv1
・病気耐性Lv1
レベルは低いけど、私も持っていないスキルを持っている。気配遮断は気配を消す事が出来て、隠密行動は行動する際に物音をたてたりせずに動けるスキルだ。スキル的に、この子はアサシン向きかな?将来が楽しみである。
で、一体何用だろうか。村人はすっかり私を恐れて近づきもしなくなった段階で私に近づいて来るとか、好奇心強すぎだよ。美味しそうだし、私が持っていないスキルも持っているから食べちゃうよ?
口を開いて威嚇してみるけど、彼女は物怖じもせず、むしろ木に隠れるのを止めて私に向かって駆け寄って来た。
「こんにちは、魔物さん」
そして挨拶をしてくる。礼儀正しい子だ。
「魔物さんは、どうして皆を食べちゃわないの?」
子供らしく、唐突でストレートな質問だ。
答えるなら化け物になりたくないのと、この村にラネアトさんがいるからである。
「すっごく強いんだよね。村中の人が、あの魔物には敵わないから刺激しない方がいいって言ってた。学校もなくなっちゃって、ちょっと寂しい……」
「……」
それは悪い事をした。でもこの村からハスタリクがなくなれば、もうハスタリクに怖がることもなくなる。私もいなくなるので、後は皆で元通りの生活が出来るようになる。
そう慰めるように少女の頭に触手を伸ばし、頭を撫でてあげた。
それで気づいたけど、こんな触手に頭を撫でられたって気持ち悪いだけだよね。私は慌てて手を引っ込めようとしたけど、私の手をリーリアちゃんが握って来た。
「どうして魔物さんは、皆を食べないの?」
そして再び同じ質問をされる。私の手は彼女に握られたままだ。
「魔物は危険だって、お姉ちゃんがいつも言ってる。『大地の巨人』の方にある、ジョーグヴァーレン洞窟には悪い魔物がうじゃうじゃいて、たまに外に出来て悪さをする事があるってお話で聞いた事がある。たくさんのリンク族を殺して食べちゃったんだって。魔物さんは、違うの?」
大地の巨人だとか、ジョーグヴァーレン洞窟だとか言われても、私にはなんのこっちゃだ。
でも推理すると、ジョーグヴァーレン洞窟は私がいた洞窟で、大地の巨人ていうのはもしかしたらあの巨大な崖の事かもしれない。あの高い崖は、まさに大地の巨人だった。そう呼ばれてもいい気がする。
そんな少女の質問に、私は首を横に振って答えた。私は理由もなく食べたりしない、いい魔物だよというアピールも兼ねるため、リーリアちゃんを触手で絡めて抱っこをしてみせる。
「んっ……」
リーリアちゃんがちょっとだけ呻き、気付かされた。私の触手に絡めとられる、いたいけな少女の姿は絵面がヤバすぎる。
元の世界ならコレ、犯罪だ。変態女子高生、触手でリンク族の少女を襲う。ニュースのタイトルはこんな感じ。
「もうやめちゃうの?」
「……」
リーリアちゃんは残念がっているけど、私はすぐにリーリアちゃんを下ろした。
もしかしたら私の目が腐っているだけかもしれない。純粋な目で見て来るリーリアちゃんを見て、そう思った。
でもそうでもないと思う。触手に絡まれ締め上げられる事によって表れる、少女の身体のライン。際どい所を触られても受け入れてくれた上で、若干艶の入った声を出す姿は正に犯罪的である。
人間の時みたいに接したらダメだね。食欲ではなく、別のいけない欲を増長させる事になってしまう。
この身体はよく分からないけど、そっち系の欲も凄いんだよ。いや、元の世界でも割と嫌いではなかったよ。可愛い女の子やら、カッコイイ女の子が触手になすすべもなく敗北してしまう姿は、ロマンがある。
かといってこちらの欲にも負けて襲ったりしたら、やっぱりただの化け物と同じだ。気を付けなくちゃね。
「……あのね、魔物さん。実は、お姉ちゃんが魔物さんの事を呼んでるの」
やがて、リーリアちゃんが意を決したようにそう話を切り出した。
ラネアトさんが呼んでいる?何でだろう。もしかして怒られるのかな。だとしたら行きたくないなぁ。
「もし魔物さんが悪い魔物さんだったら、呼ばないつもりだったんだけど……でも、魔物さんは悪い魔物さんじゃないみたい。だから、お家まで連れてってあげる」
そう言うと、リーリアちゃんは私を腕に抱きかかえた。私、たぶんそれなりに重いよ。でも一生懸命持ち上げて歩いてくれると、心地は良い。
平たいおっぱいやら幼女の独特の肌の感じがたまらなくて、襲いたくなってしまう。て、いけないいけない。邪な考えは捨てろ。
私はリーリアちゃんに抱えられたまま、円周率を頭の中で数え始める。だけどよく考えたら3.14までしか知らないので、それ以降は適当だった。