最高に美味しい食べ物
生きているリンク族は、とても美味しかった。この世界に来てから、間違いなく一番美味しい食べ物と巡り会う事が出来た。
特に、足が美味しい。脂がのっていて、柔らかくてとてもいい。今食べたのは男性だったけど、女性の方はもっと柔らかいのかな。
そう思い、女性の方にも襲い掛かる。すると、やっぱり女性の方が柔らかくてとても美味しかった。まるで、トロけるようだ。でも男性の方も負けてはいないよ。筋肉質なおかげか、味わい深くて全身とても美味しい。
ああ。この世界にも、ちゃんと美味しい物はあったんだ。昨晩食べた作物も、味気なくて不味かったから不安だったんだよね。もしかしたらこの世界には、美味しい物が存在しないんじゃないかって。そんな事も考えていた。
でもそれは杞憂で、ちゃんと巡り会えた。
リンク族という、最高に美味しい食べ物に。
……いや、違う。リンク族は食べ物なんかじゃない。ちゃんとしろ私。
私はただ、リンク族に蔓延する病気を退治しようとしているだけだ。これは決して食事ではない。そしてこれから食べるリンク族を真っすぐに視ろ。
皆、怯えている。でも身体が衰弱していて逃げる事も叶わない。
ごめんね。リンク族を救うには、ハスタリクにかかった貴方達をハスタリクごと消すしかないんだ。
せめて苦しまないように一瞬で殺してあげるから、だから怯えないで欲しい。
心の中で謝罪しながら、私はその場にいるリンク族たちを食べ尽くした。ついでに部屋中にいるハスタリクの菌達も。
それは一瞬の出来事で、味わうのも忘れてただ彼らを救う事に専念した。じっくりと味を感じていたら、自分の理性のタガが外れてしまいそうだったから。だから、無我夢中でただただ食べた。
勿論、美味しかった。皆が美味しくて、私の理性をとろけさせようとする。でも私は理性を保った。理性がなくなりそうになるたびに、ラネアトさんに叱られた時の事を思い出す。
そして、全てが達成された。コレでもう、リンク族を苦しめる病気はなくなったのだ。生贄の必要はない。よかったね、ラネアトさん。リーリアちゃん。ついでに村長さん。お幸せに。
私はそんな事を想いながらこの場を去ろうとした、その時だった。
「シャイニングフレア!」
突然背後から襲い掛かった、光の剣。神々しく光り輝く剣は、どこかの超大作宇宙映画の武器のようだけど、それよりも光量が多く光も美しい。
その光が私の身体を引き裂こうと、二度三度と通り抜ける。でも私の身体は傷一つつかない。衝撃を感じる事すらなく、その場にい続ける。
「……バカな」
私に襲い掛かって来たのは、ラネアトさんだ。私に自分の剣が全く通じなかった事実を目の当たりにして、驚いている。
「ラネアトの剣が効かないだと……!?この魔物は一体何なんだ!?」
村長さんもやってきていて、ラネアトさんと同じく驚いている。
彼も、剣で切り裂かれてもビクともしない私を見ていたようだ。
そりゃあ、効かないよ。だって私のレベルは現在1011だよ。おまけに物理攻撃耐性と攻撃魔法耐性まで兼ね備えているんだ。そんな私にレベル121のラネアトさんの剣が効く訳がない。
「この場から離れていろ!皆を連れてなるべく遠くに逃げるんだ!」
「お前はどうするつもりだ!?」
「時間を稼ぐ!」
「無理だ!奴に剣は通じない!私の魔法で防ぐからお前が逃げろ!」
「その方が無理だ!言い争っている暇は──」
本当にそう。私の前で言い争っている暇なんて、貴方達にはない。
言い争っている隙に、私は村長さんに襲い掛かって触手の手で拘束。床に押さえつけて抵抗ができないようにした。
「ぐっ!?」
「このぉ!」
拘束された村長さんを救おうと、慌ててラネアトさんが剣を振り上げる。
素晴らしい。キレイで、しなやかなその動きに見惚れてしまう。威力はともかくとして、とにかくキレイだ。その道のプロって感じ。
でも勘違いしてほしくないのは、私は別に村長さんをどうにかしようとしている訳ではないと言う事。村長さんの身体の上で、ラネアトさんに向かって頭を下げ、私は敵意がない事をアピール。その剣を止めてもらおうと必死に懇願した。
私の意思を察したのか、ラネアトさんの剣は私に直撃する事無く逸れた。一筋の光が通り抜け、更に驚いた顔で私の事を見て来る。
「……戦う意思はないと言うのか?」
ラネアトさんのその問いに、私はコクコクと頷いた。
「バカな。この魔物、言葉を理解しているのか?いやそれよりも、騙されるなラネアト!油断させて私達も餌として食すつもりだ!」
村長さんの勘は、遠からずも当たっている。私はラネアトさんと出会って叱られなかったら、己の欲望のままにリンク族を食べ尽くす化け物となっていただろう。危ない、危ない。
でも今は心を入れ替えて、リンク族を救ってあげようとしているんだ。信じられないよね。こんな化け物が善意でそんな事をしようとしていても。でも事実なんだよ。
「貴様、森の中で出会ったあの魔物と同一だな?」
頷く。
「この場にいた者は、貴様が食べたのだろう?」
頷く。
「何故そんな事をした!彼らは病気で苦しみながらも、必死に生きようと頑張っていたんだぞ!それを何故……!」
確かに、彼らは頑張って生きようとしていた。熱にうなされ、痛みにうめき声をあげ、徐々に減っていくHP。苦痛に耐えながら、本当に必死に生きていたと思う。
でもラネアトさんも知っているはずだ。ハスタリクにかかった者は助からない。必ず死に、死んだら土葬される。
土葬されると土が汚染されて新たなハスタリク感染者が出てしまう。仕方ないんだよ。私だって本当は食べたかった……間違えた。食べたくはなかったんだ。でもあまりにも美味しそうで……間違えた。あまりにも苦しそうで、かわいそうで、どうせ死ぬなら苦しまずに食べてあげる方がいいかなと思った私の優しさだ。
決して食欲に敗けた訳ではない。食欲に敗けてたら、今頃この村の住人は全員私の胃の中だからね。
でも残念ながら私には発声する手段がない。
だから身振り手振りで伝えるしかない。私は触手を用いて、ハスタリクにかかったリンク族が眠っていたベッドを指さす。そして地面をさしてバツ印を作り、土から上って来たハスタリクが別のリンク族を苦しめる事になると、先ほどまでハスタリクに苦しむリンク族がいたベッドを指さした。それから触手で輪を作ってハスタリクが循環している事を示す。
「……ふむ」
何かを伝えようとしている事は分かったのか、ラネアトさんは剣を片手で構えながらも顎に手を当て、考える仕草を見せる。
村長さんは背中に乗る私の姿が見えていなかったので、彼を解放して彼にも同じようなジェスチャーで私の行動の意味を伝えてみた。
自分でやっておいてなんだけど、通じるはずがないわコレ。でも私が何かを伝えようとしている事が分かってもらえれば、それはそれで意義がある。
「……ハスタリクにかかった者を土葬すると、土にハスタリクが伝染して土を伝って別の者に伝染し、循環してしまう?」
と呟いたのは村長だ。絶対無理だと思ったけど、まさかのほぼ通じたよ。
私は村長を指さし、丸を作って当たっている事を示す。
「まさか……当たっていると言うのか……?」
そのまさかの大当たりです。私は村長の手に向かって触手の手を伸ばし、強制的にハイタッチして通じた事の喜びを表現した。
「バカな……だとしたら私達は自分たちの手でハスタリクを広めていたと言う事になってしまう……!」
「落ち着け、ラネアト。魔物の言う事を真に受けるな。私達を精神的に追い詰めるための手段かもしれんぞ」
そんなつもりはないんだけどなぁ。私はそんなに性格の悪い化け物じゃいんだよ。性格が悪いと言うのは、洞窟で出会った偉そうなおじさんみたいな人を言うのだ。
「……もし本当だとしても、では何故生きているリンク族を食べた!土葬がダメというなら食べずに死を待ってから食えばよかったではないか!貴様が生きたリンク族を……我々の仲間を食べた以上、見過ごすわけにはいかん!」
ラネアトさんが改めてリンク族を食べた私を責めて来た。相当怒っているようで、私はちょっと悲しくなってしまう。
だって、リンク族と、ハスタリクにかかった彼らを救うためにした事なんだよ。そんなに怒らなくてもいいじゃん。むしろ褒めてくれたっていいくらいだ。
「ああ、その通りだ。この魔物のとった行動は、赦されるべき行為ではない。生きたリンク族を食べるなど言語道断だ。それに、魔物の言う事などそう易々と信じる事もできん」
……まぁやっぱりそうだよね。私も食欲に誘われるがままに病気にかかったリンク族を食べたのは、どうかと思う。でも後悔はしていない。
今更ダメと言われてももう後の祭りで全てが手遅れ。そして私はやり方を変えるつもりはない。私はこのやり方で、この村を救うと決めたのだ。
とりあえずハスタリクが伝染する原因は、目につく限りは排除できた。でもまだ発症していないだけの人はいるだろう。発症したら、苦しませずに私が食べてあげるつもりである。
ハスタリクが収束するまでは、私の食欲を満たすために利用させてもらうつもりだ。でもそれでハスタリクが収まるんだから、絵にかいたようなウィンウィンの関係だと思う。