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衝動


 名前:ラネアト・シルフィーネ 種族:リンク族

 Lv :121 状態:普通


 名前:ギルフ・シャギット 種族:リンク族

 Lv :20  状態:普通


 二人のステータスを覗いてみると、こんな感じ。ラネアトさんが女性のほうで、ギルフさんが男性の方。

 偉そうなおじさんのように文字化けしたりする事もなく覗けたと言う事は、二人はおじさんのように強いわけではなさそうだ。レベルを見て分かる通り、雑魚である。


 そして、とても美味しそうな匂いを放っている。


 食べたい。


 特に、女性のラネアトさんの方。私の頭を撫でるその白い手は、噛み応えがあって美味しいに違いない。胸はやっぱり柔らかくてとろけるようなのだろうか。足はどうだろう。筋肉と脂が丁度良く乗っていて、美味しそう。

 私に食べられると分かった時、どんな反応を見せてくれるのかも気になる。やはり、泣き叫ぶなのだろうか。情けなく命乞いをするのだろうか。恐怖に染まった顔。泣き顔。みたい。この美しい女性がどんなふうに取り乱して最期を迎えるのか。


 食べたい。食べたい、食べたい。


 食欲が心の底から湧いてきて、私の思考を支配する。

 同時に沸き上がったのは、残虐な心だ。私ってもしかしてドSだったのだろうか。

 なんにしても、私の意識は食すと言う意識に全てが持ってかれる。その意識は私のようで、私ではない。私の中に潜む何かが、私に目の前の生物を食べろと促しているのだ。

 その指示に従い、手を伸ばす。彼女を、苦しめる。彼女を、弄ぶ。彼女を、食べる。私はそのために存在している。


「こら!」


 すると突然、ラネアトさんに頭を叩かれた。これまでは優しく撫でてくれていたのに、急な暴力行為で唖然としてしまう。

 でもおかげで意識が戻って来た。直前まで私を支配していたドロドロの意識は引っ込み、元の自分となる。


「お前今、私に噛みつこうとしていただろう。ダメだぞ。噛まれた方はとても痛いんだからな。それにお前がもし私に襲い掛かってきたら、退治する必要が出て来てしまう。私にお前を退治させないでくれ」

「……」


 どうして私が噛みつこうとしたことが分かったんだろう。まるで子供を叱るみたいに言われ、そして再び頭を撫でられると食べたいと言う欲求は飛んで行ってしまった。


 なんだろう、この感覚。とても温かくて、懐かしくて、凄く心地よい。


「やはり、危険な魔物なのでは……?」

「大丈夫だ。どうやらこの子は頭が良い。私の言葉が理解できているようだ」

「この魔物が、ですか?」

「ああ。どんな魔物かは知らんが、言葉が通じる上に襲い掛かって来るつもりがないのなら、手を出す必要はない。だな?」

「は……はい」


 ラネアトさんに睨まれ、男性は仕方ないと言った風に頷いて剣を鞘にしまった。


「ふふー。よかったでちゅねー。コレでもう怖がる必要はありまちぇんよー」


 赤ちゃん言葉で私に頬ずりをしてくるラネアトさんは、やっぱり変な人だった。でも確かに、彼女のおかげでもう怖くはなくなっている。そもそもステータスを見る事が出来た時点でもう怖がってはいなかったんだけど、彼女のおかげという事にしておこう。


「おほんっ。ワルガボネの姿もないようですし、それでは村に帰りましょう」

「……そうだな。では、お前ともお別れだな。できれば村に連れて帰りたい所だが……魔物を村に入れる訳にはいかん」


 ラネアトさんは私から名残惜しそうに手を離すと、立ち上がって私を見下ろしてくる。その目はおじさんと違って見下したりなんかはしておらず、もっと一緒にいたいなぁという名残惜しさ満載の目だ。

 この人きっと、可愛い人なんだと思う。こんな姿の私を可愛いと感じてしまうような変人で、感覚がズレてはいるけどとても良い人だ。

 それに見てよ。言葉ではお別れの言葉を呟いているのに、足は動かず私に向かって手が伸びて来る。でもその手を慌てて引っ込めて自分の意思と格闘しているのだ。見た目の凛々しさとは裏腹に、ホント可愛いよ。


「ワルガボネを退治してくれて、ありがとう。では……な」


 いつまでもこうしている訳にはいかない。ラネアトさんは意を決したように私に背を向けると、男性と共に歩いて行ってしまった。

 彼女は途中振り返ろうとしたけど、振り返りはしない。振り返ったら意思が揺らいでしまうからだろう。

 一方で、男性の方は私を振り返って見て警戒してたけどね。そりゃそうだろう。だって私はどっからどう見ても化け物だもん。実際一瞬だけ食べようとしてたし、貴方は正しい。


 さて。一人になって、先ほどの衝動について考える。

 私はラネアトさんを、食べようとした。とても美味しそうな女性で、魅力のある人だと思う。

 でもどうして私は彼女を食べようとしたのだろうか。あのドロドロとした感情は、私のようで私ではないと言い切れる。

 そもそも洞窟の中でもそうだ。あんなに不味い物を美味しそうに感じ、食べてきた。前世では食べるなんて考えもしなかった物を平気で食べる私は、異常だ。ラネアトさんに対して抱いた想いも、別の意味で異常者の素質がある。

 この衝動は、間違いなく私の物ではない。もしかしたらこの身体が、私の意思に干渉しているのかな。


 ……ま、別にどうでもいいか。食べたい物は食べ、食べたくない物は食べない。どうせ私は私なんだから、それでいい。

 それにしても、ラネアトさんカッコかわいかったなぁ。あの人の温もりを思い出すと、胸がドキドキして動悸がする。コレってもしかして……恋?確かに私の中の結婚したい女性ランキング一位に躍り出て来たし、可能性はある。

 なんてのは半分くらい冗談だとして、ラネアトさんのようにカッコよくて良い人は美味しそうでもあんまり食べたくないな。そこだけは気を付けよう。


 そう決めて私は再び進みだしたんだけど、そこである事に気が付いた。

 この森の中に漂う美味しそうな匂いの正体は、ラネアトさん達リンク族と呼ばれる人たちが出している物だったという事に。


 匂いに誘われるがままに進んで行ったら、見つけちゃったんだよね。彼らの村を。

 木々を利用した高い位置に存在する家々に、周囲には農地があったりや家畜が飼われていてかなりの数のリンク族を確認することが出来る。大人から子供まで、男性も子供も皆美味しそう。

 彼らのレベルは洞窟の中のモンスターと比べると格段に低く、今の私から見れば雑魚の集まりだ。村を襲えば、誰も私に抵抗する事は出来ずに皆食べ尽くす事が出来るだろう。


 でも、ラネアトさんに叱られた時の事を思い出す。


 あの村は、ラネアトさんの村だ。彼女と敵対はしたくない。いくら美味しそうでも、いくら食べたくても、それだけはダメ。そこは自制しなければ、私はただの化け物に成り下がってしまう気がする。だからダメ。

 遠くからスキルを用いて村を観察しながら、私は自分にそう言い聞かせた。

 それでしばらく観察していて気づいたんだけど、村の雰囲気がどこかどんよりとしていて暗い。何かに怯えていると言うか……元気がないのだ。気になって聞き耳をたてると、疫病という言葉が聞こえて来た。

 それで察した。この村は今、病気によって侵されているのだと。


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