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千年の時間


 それは私がこの世界に生まれ落ちた時と、同じような姿をした物だ。喋れず、上手く動けず、相当苦労させられたっけ。

 私はそのナマコを触手で掴み取って持ち上げると、ナマコは懸命にもがいて私の手から逃れようとする。けど全く意味がない。


「なに、それ。ちょっと可愛い」

「……」


 コレが、可愛い……。やっぱりリーリアちゃんの感覚はちょっとズレている。

 でも嬉しい。私も元はこんな姿だったから、自分の事を言われているようでね。


「邪神」

「コレが!?随分と可愛くなったわね……。でもこれじゃあもう抵抗できなそうね。やっちゃう?」


 可愛いといいつつも、邪神と聞いて容赦がなくなった。手に持った刀をニコやかに構え、ナマコに切っ先を向ける。


「やるのは、当然。でもたぶん、切り刻んでも無駄。肉片になって小さくなり、バラバラになられると少し厄介」

「じゃあ、食べちゃう?」

「うん」


 私は1つ目の触手の口を開かせ、その口にナマコを含ませようと近づけた。ナマコの抵抗は激しさを増すけど、当然先ほどと同じように意味をなさない。

 なんか、思い出すなぁ。この世界に生まれ落ちた時の事をね。

 まぁ思い出すだけで、コレに同情するつもりは一切ない。このナマコ──神様たちが今までして来た事を思い返せば、そんな情は宇宙の彼方へとすっ飛んでいく。そしてコレを食べて、私達の戦いは終結を迎えるのだ。


「──アリス!」


 リーリアちゃんに呼ばれるのと同時に、私も気づいていた。

 近くの地面にぽっかりと穴があき……というか闇で覆われているのでよく見えないのだけど、そこから大勢の人の生気を感じさせない手が伸びていて、何かを掴もうともがいている。

 特段そこから何かが現れるような気配はない。しかし不気味は不気味だ。


「大丈夫。アレからは敵意を感じない」

「じゃあ……何?」


 それは聞かれても困る。あの手たちが喋れるような感じはしないし、聞いても誰も答えてはくれないだろう。


『アレは闇に囚われし死者たちの誘いだね。自分たちをこんな目に合わせた、邪神──神達に深い恨みを持っている者達だ。彼らの望みは、それだよ』


 頭の中に響いて、セイルヘルの声がそう教えてくれた。セイルヘルが言うそれとは、私が手にしているこのナマコの事である。

 アレが欲する物は分かった。でも大丈夫なの?死者たちは神様に支配されているんだよね。オマケに神様は、魂とかを使って魔法を使うのが得意そうだった。そんな所に投げ入れたら、またおかしな力を身に着けてパワーアップなんて事にならない?


『大丈夫だよ。今のそれには、もう神の力はないに等しい。それはただの邪神であり、君がこの世界に生まれ落ちた時と同じ力しか持ち合わせていない。魂たちは、純粋にそれに恨みをぶつけようとしているだけだ。自分たちを苦しめたそれに、自分たちと同じ苦しみを味わってほしい。そう言っている。君が食べても、死者たちに与えても、結末は変わらないよ。神は結局、いつかは復活する。だったらここは、死者たちに与えてもいいんじゃないかな。彼らに対する、せめてもの慰めにね』

「……なるほど」

「何が?」

「あの手達は、コレが欲しいと言っている。だから、望み通りあげようと思う」

「いいの?」

「いい。でも放り込む前に、リーリアのその刀でぶった切って欲しい。私も聖女の力を籠めるから」

「了解」


 私はリーリアちゃんの刀に手を振れると、その刀に再び光が宿った。今この刀には聖女の力が宿っており、闇を浄化する力を持っている。この刀で、この状態の邪神が刻まれたら致命傷ものだ。それでいて、あの闇の中へと放り込まれようとしている。

 余程嫌なんだろうね。ナマコ姿の邪神は相変わらず必死にもがいて私の触手から逃れようとしている。


「せー……のっ」


 合図をして、私はナマコを空へと放り投げた。

 そのナマコに対し、リーリアちゃんの刀が通り抜ける。赤と白の光が通り抜け、聖女と、竜の加護によって強化された一撃により、ナマコは真っ二つに切断された。

 すると、分断されたナマコの両方が光に包まれて萎んで老いて行く。そのナマコを私は触手で弾くと、ナマコは死者の手が伸びる穴の中へと吸い込まれて行った。


 なんとなく、ナマコが助けを求めているような気がする。けど当然助けるつもりはない。死者の手に捕まれ、闇へと堕ちていく邪神。それに神様達の姿が重なる。

 その姿は哀れで、でもやっぱり同情する気にはなれない。


『いつかまた、彼らは復活する。この世界の人々が神を想う限り、神はなくならない。ボクが復活したのと同じように、崇め、縋る者がいれば神は生き続けられるんだ。でもしばらくは復活しないだろう。死者達の苦しみを知り、それで更正してくれればいいんだけどね。でもまぁ、それは無理な話だ』


 自嘲気味にセイルヘルが言うと、穴はナマコを吸い込んで手達と一緒に消え去った。そしてそこから闇が消えていき、周囲が元の洞窟の形に戻って行く。

 元の洞窟に戻ると、そこには崩れた神様たちの銅像が転がっていて、無事なのはセイルヘルの像だけだった。

 そのセイルヘルの像は、洞窟にぽっかりと開いた穴から注ぐ日の光に照らされて、神々しく見える。


「元に戻った……私達、勝ったの?」

「うん。私達の、勝ち」

「……はぁー」


 私の勝利宣言を聞き、リーリアちゃんの身体から力が抜けた。私は慌ててリーリアちゃんを支える手に力を籠めて、彼女が倒れないようにしてあげる。というかむしろ、抱き締めた。


「頑張ったご褒美に、キスして」


 そうせがまれ、私は迷うことなく彼女の唇に自らの唇を重ねる。そして離して、互いに笑い合う。笑ったのはリーリアちゃんだけで、私は無表情だけどね。でも、心は笑っている。

 でもすぐにリーリアちゃんの表情が歪み、嬉しそうなんだけど複雑そうだ。顔の歪みの原因は、折れている足のせいだね。


「大丈夫?痛いの?」

「ちょっとだけ、ね。でも歩くのは無理そうだから……お願いしてもいい?」

「勿論」


 身体を支えるのを頼まれ、私はリーリアちゃんを力強く抱きしめる。するとリーリアちゃんも私の身体を抱きしめ返してくれた。

 甘えてくるリーリアちゃんは、可愛い。だから嬉しくて、テンションが上がっちゃいそう。


『それじゃあボクはもう去るから、そろそろ邪神の力を抑えた方がいい。暴走して、その子を食べたくはないだろう?』

「……ありがとう」

『どういたしまして。また何かあれば、ボクを呼ぶといい。というか呼んでほしい。君に呼ばれている間だけは、ボクも邪神の苦しみから解放される事が出来るから』

「約束する」


 セイルヘルの像に向かって何度か呟くと、リーリアちゃんが怪訝な表情を浮かべた。

 やや間をおいて、私の1つ目の触手が根元から消え去った。更に私の白く染まった髪の毛が、元の黒色に戻っていく。やがて完全なる黒色に染まり、私の中から覚醒した邪神の力と、神様の力が失われた。


 今思えば、神様で、邪神で、聖女とか、ちょっと盛りすぎだな。


「そうだ。レヴ様はどうなったのかしら……!」

「急ごう。でもきっと、レヴは平気。匂いもするし、それになによりレヴは強いから」

「そうよね……」


 リーリアちゃんを安心させるためにそう言うと、私はリーリアちゃんを抱いたまま開いた穴に魔法で糸をのばし、そこから洞窟を脱出する事にした。

 穴はさほど深くはない。糸を何度か伸ばして上って行くと、やがて地上へ出る事が出来た。


 地上には、ここを訪れた時のように青空が広がっている。ただ、周囲の景色は一変していた。


 そこにあった建物達は、姿を消していた。ただ、建物があったはずの場所は盛り上がっていて、何かがあったような跡はある。あとよく見ると、石で出来た建築物はかろうじて残っているね。完璧な形ではなく、欠けてコケがはえたりツタに覆われながらも、確かにある。地形も少し変わっているけど、ここは紛れもなくクラークの町だ。

 来た時と比べ、まるで千年程の時間が経過したかのようだね。


 これが本物の、今のクラークの町という訳だ。風も凪いでいるし、とても気持ちがいい。


 そんな、古代の遺跡と化したクラークの町に、レヴは一人立っていた。


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