ナマコのような何か
上空に出現した闇の塊を、邪神はなんの躊躇もなく私達に向かって落として来た。
塊が私達に向かって落下を始め、全てを飲み込もうとする。幸い、動きはゆっくりだ。この隙に逃げ出したい所だけど、塊が大きすぎて今から逃げ切れる感じではない。
ならば、受け止めるしかない。
『うひゃひゃひゃひゃ!』
しかし邪神が笑いながら両手に持った闇の剣を振り回し、斬りかかって邪魔をしてきた。
一本はリーリアちゃんが受け止めてくれるけど、邪神は聖女の力を警戒してせめぎ合うつもりはないらしい。
リーリアちゃんの刀は未だに聖女の力を得て、光り輝いたままだからね。その剣と触れ合い続けていれば邪神の剣はただ消えてしまうだけだ。
もう一本の剣に対しては私が触手で対処する事になる。分裂する前に触手で食べて受け止めるんだけど、でも邪神の闇に傷つけられる事によって逆に触手がダメージを受ける事になる。触手が闇に切り裂かれ、そうなると別の触手で対応してその間に傷ついた触手が再生。代わる代わる対応する事によってどうにか攻撃を防いでいるけど、問題は迫りつつある闇の塊だ。
頭上から私達に降り注ぎつつある闇の塊が、すぐそこまで迫っている。すると、足元の闇が浮かび上がり始め、闇の塊の方へと引き寄せられていく。
どうにかして対処したいけど、そうはさせてもらえない。邪神は闇の塊の事など気にする素振りもみせず、私達に攻撃しっぱなしだから。
『どうするの!?このままだとあの闇に呑まれて、君たちは一生闇の中から出てこれなくなっちゃうよ!?それでいいの!?よくないよね!?どうにかしないとダメだよ!』
そうしたいのにそうさせてくれない癖に、よく言うよ。
文句は後回しにして、目の前の出来事に集中しなくてはいけない。私たちは当たり前のように受け止めているけど、邪神の一撃一撃は重く、強力だ。私の触手がボロボロになっているのはそういう事であり、リーリアちゃんは聖女の力を得た刀のおかげで、邪神が力を抜いて対処出来ている。
2人とも、割とギリギリだ。なのに闇の塊が降り注ぎそうで、パニックだよ。
「っ!ああ、もう鬱陶しいのよ、クソ神!」
『あひゃひゃひゃひゃ!』
でもリーリアちゃんはきっと、私がどうにかしてくれると思っているはず。だから目の前の邪神の攻撃に集中して、戦ってくれている。
足は相変わらず変な方向を向いていて、痛いはずなのに……。
「……」
私の意思を感じ取ったのか、1つ目のついた触手がギョロギョロと辺りを見渡し、それから上空の闇の塊を見据えた。
なんとなく、触手がこうしろと囁いているような気がしてその通りにする事にする。
「──シーレットベル」
触手に導かるままに、私は魔法を発動させた。すると、上空の闇の塊の時が止まる。闇の塊は、引き寄せていた地面の闇ごと止まってピクリとも動かなくなった。
本当は邪神も巻き込んだ魔法なんだけど、邪神の動きは止まらない。
『ボクの闇を止めるなんて、なんて酷い事をするんだぁ!アリスウウウゥゥ!』
邪神がわざとらしく叫ぶと、次の瞬間闇の塊の時間が動き出してしまった。再び私達に向かって落下を始め、私達を飲み込もうとしている。
たぶん今、邪神が何かしたね。叫びながら私の魔法を打ち消したのだ。
どこまでも、とことん邪魔をするつもりらしい。そりゃそうか。私と彼は敵で、今互いの命を……世界の運命をかけて戦っているのだから。何振り構っている場合ではない。
「アグルキーフォ」
『はぁ?』
ふと気づけば、邪神の背後の地面から一本の触手がはえていた。地面を移動し、背後に回り込ませていた私の触手である。その触手が邪神の背中に触れていて、そして私は魔法を発動させた。
すると、触手が触れている邪神の背中からお腹にかけて、空間が収縮して歪んで見えてから、空間が急激に広がって空気が震えた。とてつもない空気の爆発が起きて、邪神はその身体を内部から吹き飛ばされたのだ。
下半身だけは、無事。だけど上半身は内部から弾け飛び、ぐちゃぐちゃだ。おかげで攻撃も止まった。
「シーレットベル」
すぐに私は上を向くと、再び時を止める魔法を発動させて、闇の塊の落下を停止させようとした。
けど、今度は止まらない。そのまま落下し続ける。慌てて触手を伸ばして食べようとしたけど、でも無理だ。その闇の塊に対し、触手すり抜けて感覚が全くない。でもぶつかれば、きっとタダでは済まないだろう。実体はないのに、それは狡い。
まぁでも、闇の塊は闇だ。だったら聖女の、闇を浄化する力でなんとかなるはず。
『無理だよぉ。アレは止められないよぉ。君たちをこの世界ごと闇に引きずり込み、もう二度と光ある世界には出られないようにするための魔法さぁ。神々も、あの中できっと君たちが来るのを待っている。皆で仲良く、ずーっと、いつまでも、この世が終わるまで過ごすがイイ』
形がグチャグチャのままでも、邪神は邪神だ。気持ち悪く身体をくねらせながら、楽しそうにそう言って来た。
「……」
闇に対しては、光の魔法を使って対抗すべきだろう。しかし私は光系の魔法を覚えていない。普通に、聖女の力を使ってあの闇を打ち消してもいいけど、でもそれにはあの闇に近づく必要がある。出来ればあんまり近づきたくないんだよね。なんか、近づくと嫌な事がおこりそうでさ。
するとその時、私の頭の中にとある魔法が浮かんだ。
これはたぶん、セイルヘルが教えてくれた魔法だ。この魔法に、聖女の力を籠めて放てばいいと言っている。
「──セレン」
私は躊躇する事無くその魔法を発動させた。
すると、私の周囲に小さな光が出現し、私の周囲を飛び回り始めた。やや私の周りで遊んでから、その光達が上空の闇の塊へと向かって飛んでいく。
そして闇の塊の周りをこれまたグルグルと回り始めると、段々と闇の塊が小さくなっていく。小さくなるにつれて、浮かび上がった神様達の顔の苦悶の表情が、少し和らいだ気がする。けどそう思ったのもつかの間で、私の魔法によって神様達ごと闇の塊は消え去って行った。
『……バカな。バカなバカなバカなバカなぁ!今の魔法、セイルヘルの聖魔法だな!?どうして貴様がそれを使える!』
「そんな事、貴方が気にする必要はない。それよりも、いいの?それをなんとかしなくて」
『は、はっ!?や、やめろ!この、近づくな!は、はぁぁぁぁ!熱い!熱い!やめろおおおぉぉ!』
変な形のまま、叫んで暴れる邪神の周りには、先ほど私が発動させた魔法の光がたかっている。闇の塊と同じように、邪神の周りに集まった光たちは邪神も消し去ろうとしているようだ。
邪神が手でその光を掴み取ると邪神の手は吹き飛び、移動してもついてくる光の塊にうずくまってやり過ごそうとするも、光たちは容赦なく邪神に迫り、邪神の身体がどんどん小さくなって溶けていく。
『ああ……あああ……』
私は触手で光を食べて取り込むと、触手が口の中から光り輝き出した。
最後はその輝く触手で小さくなった邪神の身体にかぶりついて食べて、邪神はその場から完全に消滅。私の触手の中で消え去るのを、私は直に感じながら食べきった。
「……勝ったの?」
「勝った。けど、臭いがまだ残っている」
それに、周囲の闇もまだ消えない。つまりまだ、邪神はこのどこかにいると考えるのが妥当だ。
まだ戦闘が続くのはダルいな……と思っていると、私は見つけてしまった。地面を這って逃げようとする、ナマコのような何かを。