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コンティニュー


 次に目を開いた時、私の前にはあり得ない光景が広がっていた。


 いや、かつてはコレが日常だったのだけど、あまりにも突然に、何の前触れもなく日常が戻って来たので、呆気に取られてしまう。

 私の目の前には、テレビが置かれている。その画面には『アリスエデンの神殺し』の邪神と戦っている所が映し出されており、テレビの前にはゲーム機が置かれている。気温は、暑い。とにかく暑い。かつて邪神を倒したときと同じ暑さに苛まれ、私の身体は汗だくだ。

 そして身体が人だった頃に戻っている事に気が付く。


 どうして私は、こんな姿でこんな所に?


 かつて、アリスエデンの神殺しでナマコとして生まれ落ちた時の疑問を、人間の頃だった自分に問いかける自分がいる。


 いや、だってタイミング的におかしいよ。私は神様が邪神となって、その邪神と命懸けで戦闘を繰り広げていた所であり、この場所にこの姿でいるのは絶対におかしい。

 というかリーリアちゃんはどうなったのさ。目の前に邪神の触手が迫って来て、2人一緒に食べられてしまったはずだよね。


「……」


 もしかして、死んだの?死んで、元の世界に戻って来た?

 全身から体温が消え、一気に冷え込んだ。こんなに暑いのに、不思議な事に今は寒い。


 コントローラーを握ったまま、自分の動きと一緒に時も止まった気がする。気がするだけで、窓の外から聞こえてくる蝉の声はやかましい。それは時が動いている事を示している。


 ふと気づくと、画面の中の主人公たちが邪神にやられて倒れ、ゲームオーバーとなっていた。コンティニューを選べば、邪神との戦闘前から始まってまたやり直せる。諦めれば、セーブポイントからやり直す事になる。

 戦闘前にセーブはしてあるはずなので、ここで諦めてゲームを消しても変わりはない。

 でも、何故だろう。ここで諦めたら、私はもう二度とリーリアちゃん達と会う事が出来なくなる気がする。一方で、諦めればこの、人だった頃の生活をまた始める事が出来る。この世界での生活は何もない、つまらない物だけど、平和ではあった。私の、邪神として戦う日々とおさらばできる。


 ……バカな事だね。迷う必要もないので、私はコンティニューを選択した。


 その瞬間、周囲が闇に包まれた。気づけば私の身体はアリスに戻っていて、触手達がうねうねしている。


『──この世の全てを食せ』


 頭の中に、邪神の声が響き渡る。

 うるさいな。もうそれはいいよ。私は、食べない。


『本当に、良いの?全てを諦めれば、人だった頃の平和な生活が待っているかもよ?』

「別に良い。人だった頃の生活に、未練は全くない。むしろ私にとって、邪神となった世界で出会った人たちの方が大切。……誰?」


 普通に返事をしたけど、おかしいでしょ。

 邪神がそんなフレンドリーに話しかけて来る事なんて、今まで一度もなかった。もっと苦し気で、寂しげな声で、低く、こんなに明るく高くない。

 全く別物の声にも聞こえるけど、でも声は確かに邪神と同じだ。そう感じる。


『邪神だよ。君と一つになり、ずっと君の中にいて、ずっと君を見て来た』

「貴方は私の知る邪神ではない」

『そうだね。ボクの意思は邪神という化け物に全てを持っていかれ、崩壊した。まぁそんな崩壊した意思の中に、少しだけ残った意識だとでも思ってよ』

「……意味がよく分からない」

『うーん、簡単に言うと、ボクは邪神になる前のボクだよ』


 そう言って、私の前に一人の人物が姿を現わした。

 白髪の、ロングヘアーの中性的な顔立ちの人。白い衣をまとっていて、その姿は文句なしに美しい。のだけど、本当に男か女か分からない。体格的には……やや女性より?でも口調は男よりで、声質は高め。見た目や声では全く判断する事が出来ない。


 まぁこの人の性別は置いておいて、この人は私が邪神に食べられる前に、助けを請うた神様の像と同じ姿をしている。


『始めまして、アリス。ボクの名前はセイルヘル。かつて完璧な神を作り出そうとした神々によって、邪神の材料に捧げられた哀れな神だよ』


 その名を私は聞いた事がない。そもそも邪神を神様が作り出した事も知らなかったので、その辺はアリスエデンの神殺しでは見た事のない設定だ。


「……」

『あれ。もしかして、疑ってる?大丈夫、本当だよ。ボクは君の中で眠る邪神の、更に奥で眠る神の意思……。ずっと、邪神の食欲に苛まれて辛かったなぁ。本当に辛い日々だった。けどここで君が諦めれば邪神は死に、ボクは邪神から解放される。だからさ、諦めて死のう?君もこの食欲は辛かったでしょ?』

「……確かに、食欲は辛い。この身体はずっと空腹で、周囲には美味しそうな物ばかりで我慢するのが本当に辛い。聖女の力が覚醒してからは少し抑えられるようになったけど、それでも尚私の大切な人が美味しそうに見えるのが、嫌だった」

『でしょ?もう頑張らなくていいんだよ。我慢しなくてもいいんだよ。だから、ボクと一緒に解放されよう』

「でもそんなのどうでもよくなるくらい、大切な人達と巡り会えた。食欲?そんなの大切な人達のためならいくらでも我慢する。美味しそうに見えても、ある意味でそれは褒め言葉。だから気にしない事にした。解放?されなくて結構。私はまだ、頑張って抗って、皆を守るために戦いたい」


 私の返答を聞き、セイルヘルは困ったように笑う。


『ま、そうだよね。人だった頃、空虚の中でただなんとなく生きて暮らしていた君は、この世界の、アリスとしての生活を選ぶだろう。でも本当に良いの?解放されるなら、今しかないと思うよ』

「解放なんて、いらない。私は何を犠牲にしてでも、皆を守りたい。貴方はその願いを叶えるために、私の前に現れたんじゃないの?」

『参ったな……その通りだよ。君はボクに向かって祈り、願った。おかげでボクの意思が少しだけ戻されて、こうして君との対話も可能にしてくれたんだ。そんな君の願いを叶えてあげたい所なんだけど、ボクとしてはもう本当に、解放されたい気分なんだ。考え直してはくれない?』

「ない」

『分かったよ。願いを叶える代償として、君は全てを差し出すと言ったよね。それじゃあ代償として貰う物だけど、君の命って事でどうかな』

「……いい。皆を守るためなら、あげる」


 私は返答に迷わなかった。即答で命を捧げる約束をするなんて、バカな事だと思うよ。でも今はそれ程までに切羽詰まっている。迷っている暇なんて、どこにもありもしない。


 かつて邪神に、そうして意思を明け渡してリーリアちゃんを食べそうになってしまった訳だけど……今交渉しているのは邪神ではない。神様だ。

 ……よく考えれば、尚更信用できない相手だな。


『冗談だよ。命はいらない。というか命をとる手段がない。だから安心して』

「じゃあ、何をあげればいいの?」

『何もいらないよ。神様って言うのは、人々の救いを求める声に無償で応え、手を差し伸べるものだ。君の、救いを求めるその声に応えるため、ボクはただ努力する。それだけさ』

「……貴方は本当に神様?」


 私は私が知る神様らしからぬ発言をするセイルヘルに、そんな疑問を抱かずにはいられない。

 するとそんな質問を投げかけられたセイルヘルが、再び困ったみたいに笑った。


『かつてはボクも、君が知る神々と同じような想いに支配されていた。人々を見下し、人々をゴミとして見てゴミとして処分する。冷酷な神としてアリスエデンに君臨した。でも邪神となって、君の中に居る事で想いが少し変わった。人を愛し、人に愛されるという行為を、君を介して理解する事によって何かが芽生えたんだ。それはたぶん、愛情という感情だね。君は神に、愛を芽生えさせたんだよ』

「本当にそうなら、貴方はもう神様じゃない。私達と同じ、ただの人」

『そうだね。全くその通りだ。というかボクは元々、もう神ではない。邪神さ。君にしてあげられる事ももう少ない。けど、邪神の意思を少しだけ抑えてあげる事は出来る。邪神の力を欲し、解放するんだ。それから、ボクの力も貸してあげよう。この力は神として残った、僅かな力だ。僅かだけど、役にはたつはずだよ。君に全部あげる』

「それで、邪神に勝てる?」

『それは君次第といったところだ。……せっかくだからもう少し話していたいんだけど、もう行った方がいい。早く現実に戻って、このピンチを脱するんだ。じゃあね、アリス。また機会があれば会おう』

「ま──」


 私に背を向けたセリルヘルを、私は止めようとした。けどセイルヘルは有無を言わさずにその姿を消し、私の意識は急激に現実へと戻って来る。

 意識が戻ると、私とリーリアちゃんが邪神の触手によって飲み込まれる所だった。そのまま邪神の口に飲み込まれ、私とリーリアちゃんは暗闇に包まれる。


 ──けど、今再び、私の中で目覚めてはいけないものが目覚めた。


 触手たちが一瞬にして再生し、どさくさに紛れて生えた1つ目の触手が率先して私達を飲み込んだ触手を内部から食い破る。そのおかげで私とリーリアちゃんは、触手に食べられずに済んだ。よかった、よかった。一時はもうダメかと思ったよ。

 でも勿論これで勝った訳ではない。戦いはまだ、これからである。


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