匂いの誘惑
洞窟の外は、美しい自然に包まれた世界だった。
洞窟の出口は高層ビルのようにそびえたつ断崖絶壁にあり、私はそこから地平線の先まで景色をみたけど、見えたのは森と山だけだ。地平線の先には雪が積もって白くなった山があり、青い空には白い雲と太陽も存在する。
その辺は元の世界と変わらない事に安心した。
しかし、この絶壁はいささか凄すぎるよ。どんだけ高いのさって感じ。こんな高さから落ちてよく無事だったな私。
このスケールの大きさは、ああやっぱりここは異世界なんだと。無理矢理にでも思い知らされる。
上から見る限り、とりあえずはどこに進んでも森だった。この森の中でもフィールンを使って木の枝に糸を飛ばし、空を飛ぶかのように移動させてもらう事にする。
空から落ちてこの地に降り立った時、この森に美味しそうな匂いが漂うのを嗅ぎ取った。
それは洞窟の中で化け物の匂いを感じた時と似ているけど、何かが違う。なんていうか、こう……本当に美味しそうなのだ。洞窟の中では、美味しそうな匂いをしていた物も全部不味くて詐欺のようだったからね。
てな訳で途中で木の実を見つけると、試しにそれを食べてみる事にした。もしかしたら、コレが私の食欲をそそる香りの正体かもしれないから。
それは、赤いあかーい果実である。リンゴじゃないよ。なんかボコボコとしたコブが飛び出ている、変な形の実だ。食感は、シャクシャクとしていてリンゴに近い。でも不味かった。クモよりも不味い。こんなに人の食べ物っぽい物がクモよりも不味いんだから冗談ではない。
ぺっ。
私はその実を吐き出すと、とりあえず他になっている実も採取して亜空間にしまっておいた。この先何があるか分からないからね。食べ物はとりあえずとっておこうと思う。たとえクソ不味くてもね。
さて、次の食べ物に行こう。私は美味しい物を求め、再び進みだす。
すると途中で、変な臭いを嗅ぎ取った。うわぁ、なんだろうこの臭い。甘そうで、酸っぱそうで……昔は美味しそうだと感じていたはずの匂いに似ているきがする。
匂いに誘われるがまま森を進んで行ってみると、そこに臭いの正体はいた。
木の根っこに生えた、大きな花。ピンク色の美しい花で、匂いはそこからするようだ。
もしかしてこのお花、レアなんじゃね。周囲には見当たらないし、これだけ大きければ高く売れるかもしれない。そんなゲーム脳が、私を花に近づかせた。
「──グアッ!」
わぁお、びびったぁ!
いきなり大きな花がパッカリと2つに割れ、凶悪な牙のついた口が襲い掛かって来たじゃないか。
のこのこと近づいて来た私を頭からパックリと飲み込もうとしてきたんだから、もう本気でビックリだよ。
まぁそのまま飲み込まれちゃったんだけどね。一口でいかれた上で、口の中の牙がぐさぐさと私に刺さって来るんだからこのお花さん狂暴すぎ。私じゃなかったら串刺しになって死んでるよ。
牙のゾーンをこえたと思ったら、次は液体が滴る肉の中におっこちた。この液体は、間違いなく消化液である。洞窟の中でアリにぶっかけられた物と似てるけど、こちらの方が溶かす威力は弱そう。
それとも弱く感じるだけだろうか。今の私はあの時よりもレベルがあがってるから。何にしても、この液体には私の身体を溶かすほどの威力はないと言う事。
とりあえずこの花のステータス画面を開いてみよう。
名前:── 種族:ワルガボス族亜種
Lv :89 状態:普通
HP:1410 MP:202
うーん。雑魚だなぁ。スキルにもめぼしい物は特にないので、内側から肉壁にくらいついて私は外に出た。
花の味は、不味い。先ほど食べた実よりはマシだけど、なんにしても不味い。私はこんな匂いに誘われて森を彷徨っている訳ではないのだ。いい加減にしてほしい。
「──この辺に、ワルガボスの亜種と思われる花がいるのだな?」
「はい。この香りはワルガボスが放っている匂いです。現状近づかなければ害はないのですが、胞子をまかれて増えると厄介になります」
「そうだな。そうなる前に排除しておいた方がいいだろう。こんな状況だし、薬草は大量に必要だ。行く手を阻まれ迂回しなくてはいけなくなる前に、行動すべきだ」
残った花を食していると、そこに誰かの話し声が聞こえて来て茂みからその姿を現した。
花の中から出て来た直後で、ちょっと油断しすぎていた。彼らと目が合い、私は固まってしまう。
「……」
現れた人は、一人は男性でもう一人は女性の二人組だ。
女性の方は美しい金髪に、先の尖った形をした耳。形の整った顔出しをしていて、目は切れ長。スタイルがとてもよく、背は高めでほっそりとした身体つきに程よく大きなお胸を装着してらっしゃる。白の鎧を身に着けており、絶賛武装中の彼女は腰に剣らしきものもぶら下げているね。もしかしたら怖い人かもしれない。
男性の方は女性の方よりも背が高く、武装はしているけど女性よりは軽装だ。革の鎧を身に着けており、一応戦えますという感じ。こちらも金髪美形の人で、美しカッコイイ。
耳の感じから、もしかしたら洞窟で遭遇した偉そうなおじさんと同じカテゴリの人かもしれない。でもよく見ると顔や腕の一部に、鱗のような物がついてるな。おじさんにはなかった物だ。
この種族を、私は知っている。アリスエデンの神殺しに出て来た、リンク族と呼ばれる種族だ。
「──魔物!」
男性の方がしばしの沈黙を破り、私に向かって剣を向いて威嚇してきた。
その行動に、おじさんの姿が重なってフラッシュバックする。驚き、恐怖した私は思わず後ずさり。木に抱き着いて怯えると言う情けない姿を晒してしまう。
というか人的な存在を、この世界に来てから偉そうなおじさん以外に初めて見た。そしてお恥ずかしながら私、前世では若干のコミュ障気味でしたものでして。突然目の前に人が現れて、ホントにビックリしてしまった。
「待て。怯えているし、こちらと敵対する意思は感じない。魔物は魔物でも、危険という訳でもなさそうだ」
「し、しかし、どう見ても怪しいです。それにワルガボスはここにあったはずです。ワルガボスを倒してしまう程の魔物となると、その危険度は高いのでは!?」
ワルガボスとは、私を食べて来た花の事だ。逆に私が食べてしまったのでもう跡形もないけど、男性の方はその事で私を警戒しているらしい。
女性の方の説得にも聞く耳を持たず、相変わらず私に剣を向けている。
「まったく……。何でも退治すればいいと言う訳ではないよ。おいで。怖くないから」
「ら、ラネアト様!」
男性に構わず、女性の方が私に近づいて来た。目つきは鋭いけど、とても優し気な瞳の女性だ。怯える私を落ち着かせるように、優しく声をかけながら近づてい来る。
そして手を伸ばしてくると、私の頭の上にその手を置いた。頭をなでなでされる私。不思議と心地よさを感じてしまう。
「ほら、危険ではない。可愛いじゃないか」
女性はまるで猫でも撫でるかのように表情を緩め、私を撫でている。今の私がそんなに可愛い物体とは思えないんだけど、もしかしたらこの世界ではそういう物なのかもしれない。
あ、違うわ。男性の引きつった表情を見て察した。