神の隠れ家
『アリスエデンの神殺し』は、主人公の名前を好きに変えられるシステムだった。デフォルトではヴァレオリラの言う通り、ゼルフなんだけど、私はその名をパピプペンと変えてプレイしていた。だから私の中で主人公の名前はパピプペンである。
誰が何と言うと、異論は認めない。
そのパピプペンがイケメン君の身体に取りついて、光り輝くキレイな剣でレヴに斬りかかっている。
アレは、聖剣だね。勇者のみが扱える、聖なる剣。この世界で、かつて邪神を倒すのに使われた剣である。
その剣を使い、パピプペンが魔王に襲い掛かる図はある意味で正しい。けど、実際は何もかもが間違っている。
「ぷっ、あはは!凄い凄い!あのクエレヴレが押されてるよ!さすがは勇者!さすがはゼルフ!」
ぶつかり合う2人を、ヴァレオリラが笑う。
本当は会えたことを喜び合うはずの2人がぶつかり合っているんだから、笑える場面ではない。というか、何も笑えない。
「どういう事、ヴァレオリラ。どうして、パピプペンがいるの」
「ぷっ。くく。この世界には、勇者の加護を持つ者がいる。勇者の加護は人間にのみ宿り、その力を持った人間は魔を滅する力を得る。その人間を神の力で少し鍛えて、その上で千年前にボク達を殺してくれた勇者の魂を、勇者の加護を持つ人間に入れてあげると……あら不思議!対クエレヴレ用の秘密兵器の完成だ!」
「……でもどうして、何でパピプペンはレヴを攻撃するの」
パピプペンに意思があれば、レヴに攻撃などするはずがない。だって2人はかつての仲間で、レヴの想い人でもあるのだから。
「分かるだろう?この地で魂だけとなり、闇に囚われた者を支配するのは神にとって造作もない。本当は永遠に苦しめて苦しめて苦しめて、あはは!苦しめた上で、更に苦しめたいくらい憎たらしい男みたいだけど、皆で話し合って利用する事にしたんだ。こうしてクエレヴレを殺すため、ボク達の手先として戦ってもらいためにね。その方が凄く面白い!それと、それだけじゃない」
レヴの背後に、物凄いスピードで回り込んだ人物がいる。
彼女は手に持った短剣でレヴの脇腹を狙って斬りかかり、でもレヴは咄嗟に足蹴りを見舞う事でその短剣の軌道をずらした。おかげで短剣は逸れたけど、せめぎあっているパピプペンの剣に一気に押し込まれる事になり、後ろに飛び退く事によってその剣を回避した。
けど、パピプペンの剣の威力がその飛び退きの威力をあげさせ、レヴは吹き飛ばされて地面を転がる事になる。
「くっ……!」
地面を転がりはしたものの、素早く立ち上がったレヴの上空から、次は別の人物が降って来て襲い掛かった。
彼女はかかとおとしをレヴに向かって繰り出したんだけど、レヴは杖で受け止めるとレヴを中心として地面が割れた。そのかかと落としが、それだけの威力だったと言う事だね。
「……ベグモッド。ユーエ」
突如として現われ、レヴに襲い掛かった2人の女性は、イケメン君のパーティの仲間の女性だった。
2人を触手で拘束した感触は、よく覚えているよ。
その2人にも、パピプペンと同じ幻影のような人物が浮かび上がっている。
1人は、ドワーフ族のいかつい男。ベグモッド。小さな体躯ながら、鍛え抜かれた肉体が輝いてみえる。彼は修道服姿の巨乳の女の子に被って見える。
もう1人は、獣人族のユーエ。ミルネちゃんのようにネコミミのはえた、スタイル抜群の女性だ。彼女は素早い攻撃を繰り出す暗殺者で、魔術師の、おっぱいが控えめの女の子に被って見える。
ベグモッドとユーエも、かつてレヴと一緒に旅をして、神々を倒した仲間達だ。
かつてのクエレヴレの大切な仲間たちが、今私の目の前でレヴに牙をむいている。
「目を覚ませ、ゼルフ!ベグモッド!ユーエ!我が分からぬのか!?」
「……」
レヴの問いかけに、仲間たちは答えない。無言でレヴを睨みつけ、敵を滅しようとしている。
……こんなの、酷すぎる。レヴのかつての大切な仲間、それもレヴが恋した人を、レヴと戦わせるなんてあんまりだ。レヴが彼ら相手に、本気で戦える訳がない。
ヴァレオリラが言っていたのは、そういう意味か。レヴの心を惑わす相手を用意し、レヴと戦わせる。卑怯で、卑劣で、神様らしい作戦だ。
「……行こう、リーリア。アレはレヴと戦わせたらいけない。私達が、彼らを倒す」
「ええ、分かったわ」
「ぷっ。あはははは!」
レヴの方へと向かって歩き出した私達を、ヴァレオリラが笑う。でも彼が笑うのはいつもの事なので、私はスルーしておいた。
しかし突然私達の足元が崩れ去ると、私とリーリアちゃんは足場を失って突如として開いた穴の中へと落ちていく事になる。咄嗟にリーリアちゃんを触手で引き寄せはしたものの、他の触手を伸ばして穴の上部を掴み取ろうとしても、掴めない。まるで、幻影のようにすり抜けるだけ。
ならばとフィールンで粘着性のある糸を伸ばしたけど、やはり壁につくことはない。
そうこうしている内に、私とリーリアちゃんは穴の底へと落ちていく。穴の上ではヴァレオリラが見下ろしてゲラゲラと笑っている。その笑い声は、落ちていく私達の耳にも届いている。
「アリス」
「リーリアは私に捕まっていて」
「うん」
私はしばらくおとなしく落下していき、穴の底が見えてくると、フィールンで側面の壁に何本か糸を伸ばした。その壁は、幻影ではなくちゃんとそこに存在している。そして壁にくっついた糸に身体を引き寄せ、伸縮性のある糸に引っ張られながら落下の威力を殺し、地面に着地。
でも落下の威力全てを殺せた訳ではない。なので、地面に私の足がめりこんでしまった。まるで私が凄い体重のある人みたいだけど、違うからね。この高さから落ちて来て、しかも2人分の体重が足にかかったんだから、仕方のない事である。
地面に着地すると、私は触手で抱いているリーリアちゃんを地面に降ろした。
それから見上げれば、私達が落ちて来た穴はいつの間にか塞がれていて、なくなっているではないか。じゃあ私達はどこから落ちて来たんだって話だよ。
と思いながら地面にめり込んだ足を地面から出した。
「なに、ここ……」
リーリアちゃんが刀に手をかけながら、呟いた。
私も周囲を見てみると、そこは地面の底だというのに何故か明るい。その明るさに照らされるように、大きな像がたっている。その像は7つあり、それぞれが人の形を成して鎮座している。
1つは少年、1つはおじいさん、大人の男の人、目つきの悪いおじさん、若い女性、腰の曲がった青年、それぞれの特徴を再現した像は、神々の姿を写した像だ。
でも中心にいる像を、私は見た事がない。美しい男性?それとも女性?の姿をした長髪のその像は、『アリスエデンの神殺し』には出てこなかった人物だ。状況的に、たぶんアレも神様のはず。でも知らない神様である。
そんな神々の前には石畳が敷かれており、祭壇のような建築物も建てられている。そしてその周囲に、数多くの骨が転がっている。言うまでもなく、その骨は人の骨だ。地面に所狭しと転がったその骨は、足場を覆いつくす程である。
異様な空間。異様な状況。この非現実的な空間には、神の臭いがプンプン漂っている。屍の臭いなど全く感じない程に、臭う。そして本当に臭い。今まで嗅いできた神の臭いが、色濃く漂っている感じである。
「──いらっしゃい、アリス。そしてリーリア。ボク達、神の隠れ家にようこそ」
祭壇の上に、いつの間にか少年が立っていた。神様の一人、メドである。