笑う神
少年姿の神、メドは人々を玩具にして遊ぶのが好きだった。無邪気という訳ではない。彼は全てを知って理解した上で、人を玩具にして好き勝手して遊んでいた。
アスラは聡明なおじいさんだけど、人々をゴミとして認識している。人の顔面を平気で踏みにじり、人をゴミのように捨てる神様だ。
ジスレクトは冷血な男だ。彼の前でちょっとしたミスをすれば、彼は容赦なくその人を殺す。その人の家族までも巻き添えにした殺戮を繰り広げ、時には無関係の人まで巻き添えにして殺す。
シフスは神様の中では割とまともな方だ。目の前でミスした人を殺したりしないし、人で遊んだりゴミ扱いもしない。
ただ、それは無駄な事をしたくないという心情から来ているだけで、別に虐げられる人々に同情している訳ではない。
ルッフマリンはキレイな女の人だけど、先ほども述べた通り一番まともじゃない。キレイだけど、その姿に騙されない方がいい。
ヴァレオリラはどうだろう。彼はミスした人を、殺したりはしなかった。笑って許し、そして笑う。けど根本的な所はやはり神様だ。
笑いのために人を殺める事もあれば、彼の求める笑いがとれなくて殺される人もいた。いつも笑顔なだけで、彼は彼でやはり神の一員だ。こちらも、騙されてはいけない。
「あはは。君がアリスだろう?知ってる。ぷっ、ぷふっ。その姿になる前は、もっと醜い……邪神のような姿だったんだよね。エイダと、サラーシャと、フォーラを食べたんだって?ぷっ。どんな味だった?」
「不味かった」
「ぶわはははは!不味かったの!?それは……ぷっくくく。ご、ごめんね。面白すぎて、くく」
「……何、コイツ?」
「君は、リーリアだろう?クエレヴレと一緒に、アリスエデンの地を巡っていたのを見ていたよ。その刀……ぷっ、カッコイイね。くくく」
「なんか、すごいムカツク。こいつも神の一人なら、斬ってもいいわよね?」
リーリアちゃんがそう言って、腰の刀に手をかけた。
笑われると、確かにムカツクよね。しかも、褒められながら笑われると、逆にけなされているような気がする。というかそうとしか思えない。気持ちはよく分かるよ。
リーリアちゃんの言う通り、ヴァレオリラも立派に神様の一人だ。邂逅したその瞬間、斬っても構わない。でもどうせヴァレオリラも幻影だ。本体は別にいる。
「何の用?ヴァレオリラ」
「ああ、うん。用という程の事でもないんだけど、とりあえずボクが言いたいのは、逃げた方がいいよ。ぷっ、逃げるって、一体どこへ?くく、ぷぷぷ」
「どういう意味?」
「クエレヴレはアレには勝てない。彼女が選んで突き進んだ魔王という特性と、自身がいつまでも引き摺る気持ちの問題もある。ぷっ、くく。だからさ、逃げた方がいいんだよ。じゃないと──……あは、くくく……死ぬよ」
その警告に、私は鳥肌がたった。背筋がゾッとして、何か悪い事がおきようとしている予感に襲われる。
何故この地を覆う壁が突如として出現したのかを考える。壁が出現すれば、そこに何かがあると宣伝するのと同じ効果がある。実際ここには神様がいた。神様を倒せば、全てが丸く収まるはずだから問題ない。
でも依然として壁に覆われており、この地から出るには入ってきた時と同じ苦労をして出て行くしかない。かなりの重労働だ。
そもそも、かなり重厚なセキュリティを突破して来たと言うのに、神様は全く驚いていないじゃないか。
まるで私達がその壁を越えられると確信していて、その上で壁を修復して閉じ込めたような……そんな魂胆が見えて来る。
その上でのヴァレオリラの警告だ。色々と悪い予感が重なってしまう。
「……貴方たちは、一体何をしようとしているの?レヴが負けるなんてそんな事あり得ない」
「ぷっ。あり得るよ。ぷふっ。生物に絶対なんて事はない。神以外の生物には他人をいたわる情がある。その情は生物の弱点となり、力にいい影響も悪い影響も及ぼすんだ。あは、ははは。ボクにはちょっと理解できないけど、ぷっ、そういうこと」
「そう言う事って、どういう事よ!レヴ様があんた達に負ける訳がないでしょうが!」
「そうだね。ボク達では勝てないかもしれない。だからさぁ、勝つのはボク達じゃないんだよ。くく……。ボク達もクエレヴレに勝つために、色々と準備していたんだ。クエレヴレがボク達に対抗して、このアリスエデンで仲間を鍛えていたのと同じようにね。ぷっ、お互い様ってやつ」
「教えて、ヴァレオリラ。神様たちは何をしようとしているの」
「ぷふっ。簡単だよ。魔族の王に勝つのは、勇者と呼ばれる存在。ボク達は既に勇者を手中に収めている。そこにもう一つ、材料を加えた。ぷっ、あははは!これが傑作で、なんと……ぷっ。あはははは!お腹痛い」
勇者と呼ばれる存在が神様の手に収まっているのは、知っていた。それは私がまだタコ型の魔物だった頃、森で出会った。
一緒に居た神の使者は食べたんだけど、勇者の加護を持った人間にはその時重傷は負わせたものの、生きていても不思議ではない。
失敗した。神様がその力を利用して何かしようとしているなら、情など見せずに食べておけばよかった。
「笑ってないで、さっさとアリスの質問に答えさないよ、クソ神!」
「ぷっ、ふふ。くく」
ヴァレオリラは笑いながら、指を指した。その方向はレヴのいる方だ。怒りを滲ませながら火炎の中で炎に照らされ君臨するその姿は、魔王と呼ばれるに相応しい。恐ろしい姿だ。
「っ!?」
そのレヴに向かって炎の中を何者かが進んで来て、そしてレヴに斬りかかった。
咄嗟に杖でその攻撃を受け止めたレヴ達を中心として、地響きが巻き起こる。同時に衝撃波もおこり、周囲の炎を風がかき消した。
炎がなくなると、後には焼け焦げた建物と地面が残るだけ。町はレヴによって壊滅させられた。
「まさか……」
レヴに襲い掛かって来た人物に、私は見覚えがあった。
それはかつて私が思わず触手でえいっとやったイケメン勇者君で、立派な白い鎧に身を包んだ姿を見せている。
いや、それよりも彼と重なって別の人物が見える。その人物は黒髪で、つんつん尖った特徴的な髪型をしている。
気のせいかと思ったけど、気のせいではない。明らかに、何者かがイケメン勇者君にのりうつって操っている。
その何者かが問題だ。
その姿を見て、私は心がときめいた。私がゲームの中で操っていたキャラクターの一人。そのキャラクターの中でも、主人公の彼を見て、ゲームのファンとしてときめかずにはいられない。
そのキャラクターの名前は──
「──……パピプペン!」
「あははは!そう、アレがクエレヴレに勝つためボク達神々が用意した秘密兵器さ!……ところで、パピプペンって何?」
「千年前、神様たちを倒した勇者の名前」
「え、違うよ。勇者の名前は、ゼルフだよ」
「私の中では、パピプペン」
「ぷっ、ぷすす。何かよく分からないけど、面白いっ。パピプって……あははは!ダメだ面白すぎる!」
ヴァレオリラには笑われたけど、だって本当なんだよ。私の中で『アリスエデンの神殺し』の主人公は、パピプペンなんだよ。