表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
146/164

千年前の町


 壁の中に入るのに、私は触手4本と両腕を犠牲にした。割と重症である。これから神様と戦おうと言う時なのにね。まぁすぐ治るけど。

 治らなくても、リーリアちゃんと、特にレヴもいるし戦力的には問題ないだろう。というかレヴがいてさえくれれば戦力はさほど重要ではない気がする。


 さて、それどころじゃなくて言うのを忘れていたんだけど、現在私たちの前には信じられない光景が広がっている。


 壁に開いた穴が閉じ、バニシュさんとお別れとなって振り返れば、そこには青空が広がっていたんだよ。あの真っ暗闇の空間が嘘のような、晴れ渡った真っ青な空である。

 緑豊かな大地で草花が風で揺れており、風景的には空気がとても美味しい。でも実際は不味い。そんな草原の中に、町が見える。あまり大きくはないけど、木の家が密集して出来た町。町はずれでは家畜でも飼っているのか、広大な柵や牛舎のような建物も見えるね。近くを流れる川には水車が設置されて水をくみ上げており、その水は田畑に流れて行っている。


 私は、この景色を知っている。


「──……アリス!大丈夫!?」


 そこへ、レヴを受け止めて飛んで行っていたリーリアちゃんが私の下に駆け寄って来た。リーリアちゃんは私の身を案じながら、抱き締めてくれる。遠慮がちに、力をいれないようにね。私の怪我を気にしてくれているのだ。


「平気」

「でも、触手と手が……!」


 確かに、見た目的には痛々しいよね。でも本当に大丈夫。HP的にもまだまだ余裕があるし、見た目程のダメージではない。


「よくやってくれたな、アリス。おかげで壁の中へ入る事に成功した。怪我は本当に平気か?」


 続いてレヴもやってきて、私を褒めてくれた。こちらはご褒美の抱擁はない。その大きなおっぱいで包まれたら怪我も早く治りそうなのに、残念だ。


「大丈夫。すぐに治る」


 そう答えても、リーリアちゃんは不安そうだ。レヴは納得してくれたみたいだけどね。


「アリスが怪我してるの見ると、あの日を思い出して不安になるのよ……」


 あの日とは、レヴにボコボコにされた日の事だろうか。

 確かにあの時はヤバかったねと、他人事のように思い出す。

 けどホント、あの時の怪我なんて比じゃないくらいに今の怪我は軽い。だから安心してほしい。


「……声が、止んだ」


 壁の外では響き渡っていた、死者の声。その声が、この青空の下ではない。

 私はリーリアちゃんに抱きしめられながら、その事を2人に訴えた。


「……逆に、不気味じゃな」

「でもいいじゃない。うるさすぎて頭がおかしくなりそうな声がしなくなって、文句なんてないわ」


 リーリアちゃんは素直に喜んでいるね。でも私はレヴと同じように、逆に不気味に感じているよ。

 うるさいのが急に静かになると不安になるのは、心理的に当然だと思う。何かあったんじゃないかって考えちゃうんだよね。


「それにこの町は、あの日、あの時のままではないか」

「ここって、レヴ様が言っていた……?」

「うむ。我等が目標としていた、クラークの町じゃ」


 レヴの言う通り、ここはクラークの町だ。『アリスエデンの神殺し』は、この町から始まって神を殺す旅が始まる。

 私の目にも、この町はクラークにしか見えない。見間違うはずがない。私はこのゲームを、何年もやり込んでいるのだから。

 しかしゲームのアリスエデンの神殺しの世界は、今から千年前の物語を描いたものだ。そのゲームに出て来た町が、千年前の時のまま残っているはずがない。

 臭いも、おかしい。こんな良い匂いがしそうな風景なのに、臭いは先ほどまでのアリスエデンの地と変わらない。酷い臭いだ。


「クラークって、千年前からある町よね?そんな大昔の町が、こんなキレイな状態で残っているものなの?」

「あり得んじゃろう。恐らくまやかしの類じゃ。そしてこのような事が出来るのは、やはり神としか考えられん。やはりここに、神がいる」


 レヴが確信めいた宣言をし、そして殺気を発しながらニヤリと笑った。

 彼女は長年、神様を探していた。その神様がここにいるという確信を得た彼女が発したその殺気は、歓喜のあまり無意識に溢れ出たものだ。


「ところで、バニシュはどうしたの?」

「……壁を越えられなかった。今もたぶん、壁の外で化け物たちと戦っている」

「大丈夫なの?あの数を一人じゃさすがに……」

「ヤツなら平気じゃ。ヤツはお主が思う以上に強い」

「確かにそうかもしれないけど、精神的にはどうなの?倒しまくってると死者の記憶が頭の中に入って来て、叫ぶし、泣くし、頭が痛くなって倒れちゃいましたってならない?」

「それも大丈夫じゃろう。今のヤツは、愛を知っている。愛を知った者は、死を怖がり死を避けるようになる。意地でも生き抜いてやろうという気概があれば、対応できるはずじゃ」

「私も、そう思う。バニシュは簡単には死なない。だから、大丈夫」

「……二人がそう言うなら、イイケド」


 いがみ合いの多そうな2人だけど、ちゃんとバニシュさんの事を心配してあげるリーリアちゃんは偉い。ロリコンだのとバカにしていたけど、一応は仲間だからね。心配にもなるよね。


「さ、行くぞ、二人とも。この先に神がいるはずじゃ。心してかかれよ」


 先行してレヴが歩き出したのに続き、私とリーリアちゃんも続いて歩く。そして町の中へ辿り着く、そこにはやはりゲームのままのクラークの町が広がっている。中途半端に舗装された道や、こじんまりとした木の建物。川の上を通る小さな橋や、木の生えている位置まで一緒。私は今、本当にゲームの中にいる気分に陥っている。


「レヴは、アリスエデンがこうなってからクラークの町に来た事はある?」

「勿論ある。廃墟だったり、比較的新しい町並みになっていたり、訪れるたびにその姿を変えてはいたが、ここまで完璧に千年前を再現する姿は初めて見た。その上、風景まで再現されたのはなおの事見た事がない」

「でも、人がいない」

「さすがに、千年前の住人は出て来んじゃろう。人間の寿命など、たかが知れている」

「……」


 私は目を閉じて思い出す。千年前、ここに人がいた光景を。

 ゲームの中の人々は、神様に支配されながらこの町で生きていた。神様に操られ、時に争い、時に手を取り合い、笑顔で愛する者を手にかける狂気の世界がそこにはあった。


「──やぁ、よく来たね」


 その狂気の世界に、ピッタリの声が聞こえてきた。

 目を開くと、まるで家の中から客人を迎え入れるかのように扉を開いた、白髪の少年が立っているではないか。ニコニコ笑顔の、白い服の少年。私は彼を、知っている。


「フィオガ」


 少年に向かい、レヴがすかさず魔法を放った。杖の先端に紋章が出現し、その紋章から炎が噴き出して少年へと襲い掛かる。そして家ごと炎が包み込み、あっという間に全焼。家は炭と化した。


「──間髪いれずに攻撃とは、無礼な生物じゃな」

「ラグネルフ」


 続いて姿を現わしたのは、別の家の2階の窓から見下ろす真っ白な老人だ。その老人にも、私は見覚えがある。

 そしてレヴは、そちらにも間髪入れずに魔法を放った。いくつもの氷の矢が発射され、その氷の矢で射抜かれた家が老人ごと倒壊し、無残な姿となる。


「──落ち着きなさいな。せっかくの、千年ぶりの邂逅なのだから」

「ネロエグザム」


 更に続いて、女性が姿を現わした。別の家の屋根の上に座っている女性は、自分の身長よりも長い白髪を家から垂れ下げて優雅にこちらを見下ろしている。

 その女性にも、レヴが魔法を放った。杖の先端から放たれた、水の竜が彼女に襲い掛かろうとする。

 けど、水の竜が途中で止まった。止まったとは、物理的に止まったのではない。時間的に、止まったのだ。空中で不自然にピタリと止まった竜は、その場から全く動こうとしない。

 水の竜に向かい、人差し指を指している女性の仕業だ。その人差し指を女性が上に向けると、水の竜は光の粒子と姿を変えて天へと上り、消え去った。


「黙れ、ルッフマリン」

「ふふ」


 レヴにルッフマリンと呼ばれた女性が、優雅に笑う。

 神仰国の名にもついていたその名は神の名前であり、そう呼ばれた彼女はまさしく神様だ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ