二十日間
その後も何度か化け物に襲撃される事があり、その度に主に私が敵を倒して進んでいるんだけど、スキルはレヴの言った通り手に入らない。そしてレベルの方も、あがっていない。けっこう倒したんだけど、それでも変化がないと言う事は、経験値がもらえていないのかもしれない。
それはおかしい。だって化け物は、雑魚だけどけっこうな高レベルだ。それにリーリアちゃんはここで修業を積んでレベルをあげたんだよね。経験値がもらえないはずがないのに、何故。
「──お主は、邪神じゃ。邪神は、己の空腹を満たすために世界を食う生き物。肉体なき魂だけの化け物を倒しても、邪神という存在であるお主にはなんの変化ももたらさんのじゃろう。逆に、空腹を満たす存在はお主に大きな変化をもたらす。違うか?」
レヴにその事をなんとなーく相談してみたら、そう言われた。
確かに、人系を食べると経験値はよく伸びる。美味しく食べれる物は、経験値的にも美味しい。
でも殉教者や神の使者の方が、経験値的な美味しさは上かな。味は不味いのにね。
魔物も不味いけど、経験値的には神様関連は勿論、人系ほども美味しくはない。その違いはどこから来るのだろうか。
「リーリアはあの化け物達を倒して強くなった」
「リーリアは邪神ではない。相手に肉体がなくとも、強き者を倒す事で強くなれる。我も、バニシュもまた同じじゃ。我等とお主は、根本的に種族が違う。糧となる物も根本的に違うのじゃろう」
「……」
そう言われると、なんか疎外感があって嫌だな。
そんな疎外感をなくすように、手を繋いで歩いているリーリアちゃんの手に力が入った。リーリアちゃんは、この薄暗い空間で時々元気がなくなるけど、今は割と元気がある方だ。薄く笑って私を見て来たりして、余裕がある。
リーリアちゃんは、私の気持ちをよく察してくれる。けっこう長い間一緒にいたからね。それが嬉しくて、キスしたい衝動にかられた。というかリーリアちゃんもこちらを見ていて、キスを待っている気がする。
「──つまりアリスは化け物だと言う事だ。オレもそう思います」
しかし空気が読めないバニシュさんがそう言って、空気が台無しになった。
この人本当に、なんなの。言っておくけど、レヴにやられかけていた所を自分の手柄にするように襲い掛かって来た事、私まだ覚えてるからね。それと洞窟で細切れにして来た事も、テレスヤレスを操って自分の奴隷のように扱っていた事も、忘れていない。
正確に言えば忘れかけてはいたけど、たった今思い出した。
「アリスは化け物なんかじゃないから。変な事を言わないで」
「変な事?本当の事じゃないか。聞けばアリスの根本は邪神だ。邪神の話は魔王様からよく聞かされている。邪神は間違いなく、化け物だろう。そもそも魔王様の魔法をくらって生き残った時点で、化け物を証明しているようなものだ」
「よさぬか、バニシュ。アリスは我の仲間である。仲間を化け物呼ばわりするのは気に食わん」
「はっ……申し訳ありません」
素直に謝るバニシュさんだけど、あまり謝っているようには見えない。だって、頭を下げたりしないで私の方をニヤニヤとしながら見て来てるし。
私からしてみれば、バニシュさんの本気モードの方がよほど化け物だと思うんだけどな。あの姿と、私をミズリちゃんにみてもらい、どちらが化け物と呼ばれるに相応しいか判断してもらいたいよ。
そんな感じで、私たちはただひたすらに歩いた。
時に襲い来る化け物を倒し、時に楽しくお喋りをして笑い合い、睨み合い、いがみ合ったりしながらね。輪を乱す人物がいるせいだ。
それでまぁ、1日くらい歩き続けたかなって時だった。私達の行く先に、何か壁のような物が現れた。それは不透明のガラスのような壁で、ドーム状に何かを囲うように、そびえたっている。
大きさは、かなりデカイ。目の前に立って見上げると、天井が見えてこない。高さも相当ある。
「さて。ついたようじゃな。ここが、クラークじゃ」
「待った。私たちはまだ、一日くらいしか歩いていない。クラークまでは二十日くらいかかるんじゃないの?」
「言ったじゃろう。ここは時の流れが不安定じゃと。たった一日しか歩いていないと感じていても、実は我等は二十日間程歩いていたのじゃ」
そんなバカな。でも確かに私たちは、レヴの言う壁に辿り着いた。
時間の感覚が、訳が分からない事になってしまった。今二十日間程経過したと言う事は、つまり私は二十日間お風呂に入っていないと言う事だろうか。
身体の匂いを嗅いでみるけど、さほど臭くはない。と思う。自分の匂いってよく分からないから。
「分かるわ。私も最初は、この感覚に戸惑ったもの。私達の肉体には何の変化ももたらさない。だけど、歩いて進んだりすると普通の時間よりも遥かに進んでいて時間も流れている。この世界は、私達と時の流れが違うのよね」
「この不思議な感覚は、実際に体験しなければ分からんじゃろうと思ったわけじゃ」
「……外でも、当然二十日間程の時間が経過している?」
「そうじゃ」
私は、別行動しているカトレアの事が気になった。恐ろしいくらいに早く時間が経過してしまい、考える暇もなかったけど、向こうの状況はどうなっているのだろうか。そして今もし助けを求められて、急いで駆け付けたとしても20日はかかる。そう考えると、怖くなってきた。
「あっちは大丈夫よ。カトレアが上手くやってくれてるはず。だから私たちは、こっちに集中しましょ。それでなるべく早く片付けて、合流すればいい。でしょ?」
「リーリアの言う通りじゃ。我等がここでさっさと神を始末すれば、外の者達は助かる。そのためにも、まずはこの壁を破壊せねばならん。我の魔法を受け付けぬ、この壁をな」
「……」
私はまず、壁を触ってみた。すると、私のその手を電撃のような物が襲い、触れるのを拒否されてしまった。おかげで私の手の先は真っ黒にこげて、大火傷である。
「だ、大丈夫、アリス!?」
「問題ない。すぐに治る」
リーリアちゃんが心配してくれるけど、本当に軽い傷だ。でも電撃は中々に強烈だった。ちょーイタイ。
「本当に、この壁は魔王様の攻撃も受け付けないので?」
「試してみるか?」
「……是非」
バニシュさんが、亜空間操作で剣を取り出した。そして間髪入れずに壁に斬りかかったけど、大きな白い電撃が発生してバニシュさんの剣を弾き、壁に接する事も無くバニシュさんの剣が弾かれて宙を舞った。
けど、不思議な事にバニシュさんは剣を握ったままだ。この剣、本当に卑怯だよ。投げても弾かれても元の手に収まってるとか、卑怯すぎ。
「カーズドエンド」
ならばとバニシュさんが壁に手をかざし、魔法を打ち消す魔法を発動させる。けど、何も起こらない。
過去に私は、バニシュさんにその魔法で岩石の兵士をただの岩石に戻らされている。けど、どうやらこの壁は、打ち消す事も出来ないらしい。
「なんだ、この壁は……。触れる事もできなかったぞ。魔法も受け付けんようだ」
「結界系の魔法でも、ここまで強力な物は知らん。魂がここに集中していった事とも関係があるのかもしれん。神は、命を使った魔法が得意じゃからな」
命を使った魔法と聞いて、消滅魔法が思い浮かぶ。あの魔法は、命を失う代わりに強力な消滅をもたらす魔法だった。
それと同じで、命を使えば強力な壁も作り出せてしまうのだろうか。
「どうじゃ、アリス。やれそうか?」
「……やってみる」
私は静かに、触手を構えた。手は、黒焦げにされた。バニシュさんの剣も、弾かれた。魔法も効かない。
私の触手が通用するかどうかは、試さなければ分からない。
「さて。アリスが壁を壊していある間、我らは化け物どもの相手をせねばならんようじゃなぁ」
ふと気が付くと、私たちの周囲には黒い化け物がうじゃうじゃと湧き出ていた。最初は、数体。でもどんどんその数は増えていき、ここまでで遭遇した化け物の総数を上回る数の化け物が、出現した。
およそ、数十体。もしかしたら百体を超えているかもしれない。
私はその数に、ちょっとビビっている。でもレヴはこれくらいの数が普通だと言っていたっけ。リーリアちゃんも、バニシュさんも、その数にビビった様子は見せない。
「コロス」
「ナカマニスル」
「ウラヤマシイ」
静かだった現場は、あっという間に様々な声で騒がしくなった。
「癪だが、守ってやる。さっさと壁を壊せ」
バニシュさんはそう言うと、化け物の群れの中へと突っ込んで行った。レヴも杖を構え、魔法を放って化け物たちを攻撃し始める。
さすがに敵の数が多すぎるからね。ここはレヴも協力して化け物たちをどうにかしてくれるらしい。
「私はアリスの周りを守る」
リーリアちゃんはその役目を買って出てくれて、私は壁に集中する事が出来そうだ。