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甘えておけばよかった


 でもその笑顔はすぐに失われた。


「はぁ……うるさい……」


 戦いを終えたリーリアちゃんは、気だるげに私と手を繋いで歩き、げんなりとしている。原因は、鳴りやまない人の声と、化け物を倒した時に聞こえた叫び声。

 あの叫び声は、化け物を倒した者の精神を攻撃する作用があるみたい。叫び声は頭の中にこびりつき、精神を蝕んでいく。レヴはそう解説してくれた。


 いやホント、地獄だね。思った以上の地獄だった。


 でもこの勢いで敵が出て来てくれるなら、確かにレベル上げにはいいね。ただ、精神的にはヤバそう。


「リーリアはここで、よく頑張っていたんだね。本当に凄い」

「でしょ?もっと褒めて。じゃないと、元気でない」


 私が褒めれば、リーリアちゃんに少しは元気が戻る。けどやっぱり全快とまではいかないね。この精神攻撃は、けっこう強力そうだ。そしてこんな場所で、たくさんの化け物を倒してレベル上げを頑張ったリーリアちゃんは、やっぱり偉くて凄い。


「その様子ではクラークまでもたんぞ。もっと気合をいれたらどうかね、リンク族の娘」

「……うるさいわね、片眼鏡ロリコン男。じゃあ次はあんたが倒してよ。私は見てるから」

「見ての通り、オレは忙しい」


 そういうバニシュさんの手には、紙が握られている。その紙を広げて周囲を見て、何かを確かめているようだ。


「それは、何?」

「あ?コレか?地図だよ、地図」

「アリスエデンの、地図?」

「そうだよ。コレがなければ迷って仕方ない。ただでさえ時の流れが不安定で、風景がしょっちゅう変わるからね」

「見せて」


 私はバニシュさんに向けて触手を伸ばし、紙を渡すように促した。


「これはオレが魔王様から受け取った大切な物だぞ。おまえになど見せてやらん」


 でもそんなケチ臭い事を言ってくる。

 もしかして、大切な地図とか言っておきながらいたずら書きでもしてるんじゃない?地図を見せようとしないバニシュさんに、私はそんな事を思った。

 でも気持ちは分かる。私もそういう紙の類を前にすると、いたずら書きしてしまう衝動にかられる側の人間だ。今は魔物か。


「ケチ臭い事を言わず、見せてやらんか」

「……はい」


 しかしレヴにそう言われ、仕方ないと言った様子でバニシュさんが触手に紙を渡してくれた。その紙を自分の前に持ってくると、そこには懐かしの地図が描かれていた。

 この地図は、ゲームの中で広げられた地図と全く一緒だ。色も、紙質も、地図の内容も、文字以外の全てが一致する。

 更に、驚くべき事に赤い光が一点光っており、これはもしかしたら現在私達がいる地点を表しているのかもしれない。


「もしかして、この赤い光は私達が今いる場所?」

「違うが、そうでもある。赤い光は我がいる場所じゃ。我の地図とバニシュに持たせている地図は、アリスエデンで互いの場所が分かるよう魔法で細工がしてある。これでいつでも、我を呼びに来れると言う訳じゃ」


 レヴはそう言うと、懐から丸められた地図を取り出した。そしてそれを私の方に見せつけ、その地図にも同じように赤い光が表示されているのを見せてくれる。


「……」


 バニシュさんはレヴのその行動に、嫌そうな顔をしている。

 こんなのを持ってるから、連絡係として駆り出されるんじゃない?だったらいっそのこと、私が貰ってもいいけどね。

 まぁ連絡係とかは嫌なので、やっぱり返しておこう。という訳で地図はバニシュさんに返しておいた。


「つまりここは、ターレシアの西の辺り?」

「その通りじゃ」


 ターレシアというと、ミステルスの隣の地だ。地図にそう描かれており、私の記憶とも合致する。

 でも、いくら隣り合った地とは言ってもここはゲームの世界とは違う。ゲームでは、移動に何日もかかったりはしない。地図の端から端まで歩いたとしても、敵を避ければ数十分もあれば辿り着く事が出来た。

 けど今私は自分の足で歩いている訳で。


「目的地までは、どれくらい?」

「そうじゃな……化け物どもとの会敵頻度にもよるが……普通に歩いて二十日と言った所じゃ」

「……」


 私は絶望した。だってそれはつまり、20日も歩かなければいけないと言う事だよね。ダルすぎる。


「転移魔法が使えれば良いのじゃが、この地は魂と同時に魔力にも溢れている。恐らく魂や魔力が転移を邪魔するのじゃろうなぁ。しかし安心するが良い。実際我らが歩くのは、一日程で済むはずじゃ」

「……どういう意味?」

「歩けば分かる。こればかりは体験した方が早い」


 私の質問に、レヴは答えてくれなかった。


「リーリア」

「うーん……私も、体験してみた方が早いと思う。凄く不思議な感覚だから」

「ま、そういう事じゃ。楽しみにしておけ」


 レヴはそう言って笑った。


「一つだけヒントをやれば、ここは時間の流れが不安定で外とは根本的に違うと言う事じゃ」


 その、時間の流れが不安定という意味が私にはよく分からないんだよ。相対性理論的なやつだろうか。

 確か、人それぞれで感じる時間が違うとか、そんな感じの理論だっけ。詳しくは知らない。


「……リーリアは、自分の感覚でこの場所でどれくらいの時間を過ごしたの?」

「そうねぇ……。たぶん、五年はいたような感じがする」

「大袈裟じゃな、リーリアは。いくら時の流れが不安定といっても、そこまでの差異はないはずじゃ」

「あくまで私の感覚の話よ。私的には、それくらいいたつもりなの」


 そんな会話を繰り広げる私たちの前に、再び化け物が現れた。ボコボコと地面から出現した黒い塊が集まっていき、私達の進路上に四つ足の黒い獣の化け物が出現。今回は同時に5体程が私達を囲うように出現した。

 だけどレヴは何事もおこっていないかのように歩き続ける。私とリーリアちゃんと、バニシュさんもそれに続く。


「今度は誰が行く?さっきは私がやったから、当然パスでいいでしょ?」

「バカが。パスなどあるはずがないだろう。また貴様が行けば良い」

「ならば我がやるか?」

「魔王様にご足労をかける訳にはいきません。このリンク族の娘にやらせるのが得策かと」

「勝手な事言わないで」

「……私がやる」


 私が宣言すると、皆が黙った。リーリアちゃんも黙って、私から手を離して離れる。けど、レヴは歩みを止めない。進みながら、適当に処分しろと言う事だ。

 ちょっと興味があったんだよね。リーリアちゃんをここまでレベルアップさせたこの化け物達は、果たしてどれくらいの経験値をくれるのか。レヴ曰く食べる事はできないみたいだけど、それはスキルが手に入らないだけなので問題ないといえばない。


「コロス。コロス。コロス」


 化け物たちの声は、相変わらず安定しない。様々な声が重なり、物騒な事を呟きながら私達の先頭に立って歩くレヴに向かって襲い掛かって来た。


「……」


 私はまず、レヴの前に立ちはだかって化け物を手で受け止めてみた。すると、化け物は実体があって、私の腕にぶつかった事によってちゃんと止まってくれる。

 その突進の威力は、まぁレベル相応といったところ。片手で受け止められるほど余裕がある。


「ジャマ。コロス」


 私よりも遥かに大きな巨体を受け止めていると、化け物は私に向かって真っ黒な前足を振り上げ、そして振り下ろして来た。その前足には私の触手が対処する。受け止めた、というより、食べてみたんだけど、食べた感触が全くない。味も、不思議と全くしない。

 だけど、前足は私に食べられた事によって消え去った。確かに食べたのに、食べた感触がないのって凄く不思議。続いて触手たちが化け物の胴体に襲い掛かると、やはり何の感触もないまま食べる事に成功し、やがて先ほどリーリアちゃんが倒した化け物と同じように、叫び声が響き渡りながら残った部分がスライム状になって地面に固定された。


 更に、別の化け物たちが襲い掛かって来る。数体が直接私に向かって突撃してきて、その後方では何やら光り輝く紋章が空中に出現し、そこから黒い炎が飛び出して私達に向かってきているね。


「レデンウォール」


 私も魔法を発動させると、透明な壁が黒い炎から私達を囲うように出現。壁にぶつかると黒い炎は人の顔のような形となり、更に手で壁を叩いてコレをどけろと抗議してから、叫び声をあげて消え去った。

 なんて気持ち悪い魔法だろう。

 あまりに気持ちが悪いので、今魔法を発動させた化け物に対して私は魔法を発動させる事にした。


「ラグネルフ」


 化け物に向けた私の掌に、紋章が出現。そこから大きな氷の矢が現れて。魔法を使って来た化け物に向かって行った。

 向かい来る氷の矢は、化け物に比べたら小さい。そのため化け物は油断して避けようとはせず、続いて更に魔法を放とうとしている。だけど、その氷の矢が化け物に触れた瞬間、化け物の身体が一瞬にして凍り付いた。

 物理的に私に襲い掛かって来た化け物に対しては、触手が襲い掛かる。一瞬にして、跡形もなく消えた化け物はやはり食べた感触がない。

 そして凍り付いた化け物に対しては手近な小石を触手で拾い上げ、なげつけると氷ごと化け物が砕けて黒いスライム状になって地面に落ちた。


「ギャアアアァァァ──……」


 どのような形で倒しても、化け物はやはり叫び声をあげながら消えていく。そしてその叫び声は私の頭の中に響いて来て、私に対してももれなく精神攻撃を仕掛けているようだ。


 ……くらってみて、この声がどうやって精神攻撃をしているのかがわかった。


 声の主の、無念が頭の中に流れ込んでくる。それは死者がこの世に残した無念で、その者の死の瞬間や無念が頭の中に響き渡り、精神を蝕もうとする。

 けど、悪いんだけどさ、私は赤の他人の無念にいちいち構ってあげる程のお人よしではない。

 悲しいね。辛かったね。私が解放してあげるから、おとなしく成仏するんだよ。せめてそんな想いで倒してあげると、少しは気持ちもスッキリする。


「あ、アリス。大丈夫?」

「問題ない」


 私は心配してくれるリーリアちゃんに答えながら、歩みを止めずに進んでいるレヴについて再び歩き出した。

 本当に問題はないんだけど、でも失敗したな。ここで精神が弱ったフリをしてリーリアちゃんに甘えておけばよかった。


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