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生者を嫌う者


 アリスエデンの中は、本当に不気味だ。あちこちにスライムのような黒い塊があり、地面を侵食している。しかも声が四方八方から囁かれるように聞こえて来て、だけど周囲に私達以外に人の姿はない。

 確かに、普通の人なら発狂しているかもしれない。特に幽霊が苦手な人は無理だろうね、ここ。


「……アリス、本当に大丈夫なの?」


 レヴに続いて歩き出し、周囲の環境にもだいぶ慣れてきた所で改めてリーリアちゃんがそう尋ねて来た。

 ちなみにここまで、リーリアちゃんは私と手を繋ぎっぱなしである。


「何が?」

「だってここ、不気味じゃない?」


 確かに不気味だ。でも大丈夫かと心配される程の事はない。


「不気味。でも、平気」

「……」


 そう答えると、リーリアちゃんに信じられないといったような目で見られた。バニシュさんも、眼鏡を直しながらこちらを見て、リーリアちゃんと同じような目でこちらを見て来る。


「アリスはお主らとは根本的に、何かが違うのじゃろう。精神力の違いか、或いは……。実は、少しだけリーリアやバニシュのように取り乱した姿が見れるのではないかと期待していたが、そうはならなそうじゃな」

「私を、試した?」

「そう言う訳ではない。ここは地獄だと、前もってバニシュから聞いておっただろう?それ以上の表現のしようがあるか?」


 でもこれでもし、私が発狂して帰るとか言い出したらどうするのだろうか。

 ……レヴの事だから、絶対無理矢理連れて行くよね。私そんな事になったら、泣くよ。


「……それにしても、周囲に敵の姿がない。リーリアはここで、どんな修行をしていたの?」


 リーリアちゃんのレベルの上がり方は、私の洞窟暮らしと似ている。洞窟での暮らしは、戦いに次ぐ戦いで、相手が格上だったりしてもお構いなしに戦闘になった。

 そうして私はレベル1からあっというまにレベルアップしていった訳だけど、このアリスエデンの地にはその敵の姿が見当たらない。これではレベル上げしたくても出来ないじゃん。


「確かに今は、いないわね。あの咆哮が聞こえた後、化け物の姿が消えて静かになったのよ。声は聞こえてくるけどね……」

「確かに、妙だね。いつもならあの化け物達が容赦なく襲ってくる頃合いだ」

「……魂たちが、一か所に集中していると言ったじゃろう?今は壁の向こうのあの場所以外の魂の活動は抑えられ、化け物たちも活動を潜めているようじゃ。しかし神もそこにいる可能性が高い。何をするつもりかは知らんが、自ら居場所を我に伝えた事を後悔させてやる」

「その壁は、どこにあるの?」

「ミステルスの南方。クラークの町を覆うようにある」


 ミステルス。クラーク。

 どちらも聞き覚えがある。というか頭の中にこびりついている地名だ。

 アリスエデンの中で、ミステルスは最初の神様に支配されていた地方の名で、人間族が住んでいた地だ。そしてクラークは、ゲームが始まった直後、主人公が住んでいた町の名前である。

 ……そうか。ここはアリスエデン。ゲームで見ていただけの地に、私はいるんだね。そう考えると、感慨深い。アリスエデンは、何年もプレイした身なのでね。

 まぁ、私が知るアリスエデンはこんなに暗くなくて、不気味じゃないけど。


「……おい。お前が噂をするから、出て来てしまったじゃないか」


 バニシュさんがそう言って立ち止まった。そして道を歩く私たちの側方に首を向け、顎でそちらを指す。

 それを見てそちらへ向くと、地面から黒い塊がボコボコと溢れ出し、それが一か所に集まって形を作って行く。やがてそれは大きな四足の真っ黒な獣のような姿となり、私達の方へと歩み寄って来る。でも、首がない。指もない。本当にただ、シルエットだけ動物を真似た影のような物が3Dになって現れたって感じ。

 私はすかさず、目の前のあの化け物のステータス画面を開いて見た。


 名前:??? 種族:???

 Lv :881   状態:怨嗟

 HP:8090  MP:10089


 名前や種族は分からない。しかしレベルはさほど高くはないね。


「──イキテル。ウラヤマシイ。コロス。ナカマニナル」


 なんか喋った。その声は様々な性別、年齢が混じり合い、重なり合っている。

 そして物騒な事を言い出している。


「アレは、何?」

「この闇に囚われし魂が集まり、具現化した化け物じゃ。生者を嫌い、殺し、自らと同じ目に合わせようと目論んでいる」

「アレを倒して、リーリアはレベル上げをしていた?」

「そうよ。アイツ等うじゃうじゃと湧いて来るから、連戦に次ぐ連戦で何度も死ぬかと思ったんだから」


 リーリアちゃんの言う通りで、湧き出て来たのは一体どころではない。私達の周囲を取り囲むように、10体もの化け物が姿を現わした。


「今は化け物の活動は抑えられていると言った」

「これでも抑えられている方じゃ。百体程に囲まれる時も珍しくはないからのう」


 このレベルの化け物が?一体一体は雑魚でも、それはさすがにキツイ。


「……ここは私に任せて。修行の成果を見せてあげる」


 そう言うと、リーリアちゃんが私の手から手を離した。代わりに、その手で腰に差した刀を握る。

 颯爽とした足取りで、出現した化け物へと向かっていくリーリアちゃん。すると突然、加速した。一瞬にして化け物との距離をつめたリーリアちゃんの刀の剣筋が、いくつも化け物を通った。

 そのまま化け物の背後へと通り抜けたリーリアちゃんは、先程と同じ颯爽とした足取りで歩いており、先程と同じように刀も鞘に納められている。


「……コロス。コロス。コロ──ギャアアアアアァァァ!」


 リーリアちゃんに斬られた化け物の身体が、いくつもに分断されて地面に落ちた。血は出ていない。代わりに黒い瘴気のような物が噴き出て、同時に人の叫び声が響いた。そして分断された黒い塊が形を失っていき、地面に寄生するスライムのように姿を変える。

 それから、化け物は喋らなくなった。どうやら倒したようだ。


「ナカマニナル」


 そんなリーリアちゃんに向かい、数体の化け物が一斉に襲い掛かった。その図体には見合わない、素早い動きでリーリアちゃんを包囲。化け物同士の身体がぶつかり合う事になるのもお構いなしに、リーリアちゃんを我先に殺そうと襲い掛かる。


 でも、襲い掛かった化け物達の中から光が通り抜けると、化け物たちの半身が吹き飛んで消え去った。


「──光花新月・円」


 四方から襲い掛かられたリーリアちゃんだけど、リーリアちゃんのその斬撃はリーリアちゃんを中心として円形に通り抜けた。それにより化け物たちは一掃され、リーリアちゃんを中心にして黒い塊が落ちていく。そしてやはり、人の叫び声が周囲に響き渡る。すぐに消えるんだけど、不気味だ。

 最早、レベル900程度の敵などリーリアちゃんの敵ではない。一瞬にして分断された化け物たちを見ての通り、リーリアちゃんにとってこの化け物達は倒しなれた雑魚。圧倒的な力を前に、化け物たちはなすすべをもたない。


「……ふぅ。どうだった?」


 刀を鞘に納めたリーリアちゃんが、こちらに向かってそう尋ねて来る。

 その背後では最後の一体がリーリアちゃんに襲い掛かろうとしているんだけど、リーリアちゃんはそちらに目を向ける事無く居合斬りで一閃。化け物を両断し、再びこちらを向いた。


 どうだった?じゃないよ。私のリーリアちゃんは、前より格段に強くなっている。その強さは、レベルで見える以上の物かもしれない。だって、あの斬撃は私の目から見ても強烈だ。それはたぶん、スキルによって強化されているからだと思う。竜の加護って、けっこう凄いね。


「リーリアは、凄い」

「そうでしょ?へへ」


 私が褒めると、リーリアちゃんは屈託のない笑顔で笑った。

 その笑顔は、この暗闇に包まれたアリスエデンの中で数少ない光源となり、まるで周囲を明るく照らすようだった。


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