それぞれの戦地へ
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それから数日後、私たちはレヴの作戦を決行する事になった。
まだ、デサリットから軍勢は到着はしていない。この作戦を決行する事になってすぐ、試しがてら私とカトレアが転移魔法で王様に知らせておいたんだけど、それでも尚時間はかかる。まぁまぁ遠いからね、あそこからギギルスへの道のりは。
偵察の報告によると、やはり2つの神仰国は周辺の国々への侵攻を開始したらしい。その戦力の中には女性や子供も含まれており、皆が狂気に染まった様相で殺戮を繰り広げているとか。たぶん、皆神様によって支配されてしまったのだと思う。最早この2つの神仰国に、まともな人は残っていないのかもしれない。
そんな神仰国を止めるために、ギギルスに到着した魔族の軍勢にギギルスの兵力が加わり、共にギギルスを発って行った。ギギルスの軍勢には、ウルスさんさんも加わっている。
ウルスさんは奥さんとミズリちゃんに見送られ、気合の入った様子で手を振って去って行った。
彼らはこれから、ジスレクト神仰国へと向かう。ジスレクト神仰国を倒し、その国周辺の国々の人々を助けるために。
そして私も行動する事になった。
私が向かうのは、闇に閉ざされたというアリスエデンの地。千年前、レヴが仲間たちと共に神々との戦いを繰り広げた地であり、リーリアちゃんがレヴに修行をつけられた地でもある。
「アリス様……どうか、お気をつけて」
「うん。カトレアも、気を付けて」
私は身体を寄せて来たカトレアをそっと抱きしめると、お互いに声を掛け合って互いの無事を祈る。カトレアの、良い匂いがする。カトレアの、柔らかな感触が伝わる。私の愛しい存在であるカトレアとは、ここでしばしの別れとなる。
一緒に行きたいけど、そういう訳にはいかない。今のアリスエデンには、バニシュさんやリーリアちゃんから聞くぶんによると、地獄のような場所だ。戦う力を持たないカトレアを一緒に連れて行くわけにはいかない。
カトレアも、それが分かっていて自分の力が充分に発揮できる戦地を選んだ。カトレアの魅了のスキルをもってすれば、魔族によくない思いを抱く人たちを説得し、共闘に導けるかもしれないからね。
「……」
そして互いに顔を見つめ合うと、どちらからでもなく唇を重ねた。優しく、唇が触れ合うだけの軽いキスだ。
「テレスヤレス。カトレアの事を、お願い」
唇を離すと、カトレアの後方に立つテレスヤレスに私はそうお願いをした。
「はい。命に代えてもお守りいたしますので、ご安心下さい」
「私も、カトレア様をお守りします。この命に代えても、です」
フェイちゃんもテレスヤレスに続いて気合を入れて守る宣言をしてくれる。
2人とも、心強い私の友達だ。触手を伸ばして2人の頭を撫でておく。
「私も、全力でカトレア様を支えます。メイドとして、この命を懸けてです」
「……うん。期待してる」
ネルルちゃんもそう言ってくれて嬉しいんだけど、メイドとして命を懸けるってなんだろう。分からないけど、そちらも触手を伸ばして頭を撫でてあげたら満足げな表情をしてくれた。
「──という訳で、お別れの挨拶はもういいわよね」
そこにリーリアちゃんが私とカトレアの間に入って来て、間を割いて来る。私とカトレアが抱き着いてキスする所までは黙って見ていたリーリアちゃんだけど、我慢できなくなってしまったみたいだ。
「充分とは言えませんが、アリス様の唇をいただけたのでよしとしておきます。それにしても、二人でアリス様を支えようと約束したのに、まだ嫉妬心があるのですか?」
「そりゃあ、だって、アリスが取られるような気がして……」
「取りませんよ。アリス様は、二人の物です。……でもやっぱりアリス様がまだ足りないので、いただきます!」
カトレアがそういって、リーリアちゃんを回避して私の腕に抱き着いて来た。
そして更に私の頬にキスをしてくる。
「ちょっと!?」
リーリアちゃんも、カトレアに負けじと慌てて私の腕に抱き着いて来た。
これから戦いが始まろうという時に、しまらない。でも、こんな時間が幸せだ。
「ははは!お主ら、本当に仲が良いな」
そんな様子を見て、レヴが笑っている。皆も釣られて笑った。
「──では、本当にお気をつけて。私も頑張りますね」
改めて、カトレアがそう別れの挨拶をしてきた。私も頷いて、カトレアに答える。
「リーリア様。あの、私リーリア様に憧れてアリス様に剣を習い始めて……落ち着いたら、リーリア様にも剣を教えてもらいたいですっ」
「……フェイメラは、アリス様に戦い方を教わっているんですよ。リーリア様に憧れを抱いていたみたいで、落ち着いたらリーリアさんにも剣を教わりたいと言っています」
意を決した様子でリーリアちゃんにそう話しかけたのは、フェイちゃんだ。顔を赤くして、照れて恥じらいながら言葉を発する様子は、まるで長年恋していた女性に告白する女の子のよう。
その言葉を、カトレアが翻訳してリーリアちゃんに伝えてあげた。
「なんか変わったなとは思ったけど、そんな事になってたのね。勿論、いいわ。教えてあげる。だから、あんたも頑張りなさい」
リーリアちゃんはそう言ってフェイちゃんの頭を撫でた。
その言葉は翻訳する必要はない。フェイちゃんにも伝わったみたいで、フェイちゃんは嬉しそうに笑った。
自分が戦い方を教えた2人が仲良くする姿って、なんかいいな。お互い切磋琢磨して更に強くなってくれたら、更に嬉しい。
「まったく、呑気な連中だね。これから神と戦うと言う時のテンションではないよ」
「バニシュ君は、皆の気持ちが分からないの?」
「……いや、分かる。オレだってミズリを抱き締め、キスしたいと思っている」
私達の様子を離れたところで見ているバニシュさんと、ミズリちゃんの会話が聞こえて来た。
ミズリちゃんに対して色々と我慢しているバニシュさんの前で、好きな人とイチャイチャする姿を見せつけるのは酷だったかな。
「おほん。バニシュ君。ちょっと屈んで」
「……こうか?」
「もうちょっと下に」
「なんだ、こんな格好をさせて」
おとなしくミズリちゃんに従い、膝と腰をまげて不格好になったバニシュさんが、ミズリちゃんに抗議する。抗議には構わず、その格好のおかげで届くようになったバニシュさんの頬に、ミズリちゃんがキスをした。
「……」
目を見張って驚くバニシュさん。対してミズリちゃんは頬を赤らめ、むすっとした表情でそっぽ向いてしまう。
「……バニシュ君も、頑張ってよ。私、ここで待ってるからさ」
「──……うおおおおおおおおおお!神どもめ、オレが殲滅してやる!魔王様、すぐに行きましょう!そしてさっさと倒して全てを終わらせましょう!」
突然叫び出したバニシュさんに、この場にいる全員が驚いている。
私もビックリしたよ。
「な、なんじゃ、お主突然……頭でもぶつけたか?」
「愛です!」
「意味が分からんが……」
レヴが少し顔を赤らめているミズリちゃんに目を向けた。そして何かを察したようだ。
「まぁそうじゃな。そろそろ出立するよとしよう。我の周りに集まるが良い」
「はい!」
「……」
元気よく返事をして、バニシュさんがレヴの背後に立つ。私とリーリアちゃんも、皆から離れてレヴの傍に立った。
アリスエデンまでは普通に向かったらかなりの日数を要するけど、私達にはレヴがついている。アリスエデンへは、転移魔法で向かう。アリスエデン自体には転移出来ないけど、傍までは行けるみたいだからそれでもだいぶ助かる。
「では、な。皆の者の、幸運を祈る!」
レヴの足元に、紋章が出現した。紋章は私やリーリアちゃんとバニシュさんも巻き込んで光り輝き、周囲の風景が光に包まれ出した。
カトレアが、フェイちゃんが、ネルルちゃんが、テレスヤスレが、ミズリちゃんが、私達に向かって手を振っている。これでお別れではない。でも、皆が危機に立ち向かおうとしている。
私はそんな皆に向かって手を伸ばし、そして拳を作った。皆の無事と、勝利を願って。
やがて光が周囲の風景を包み込むと、何も見えなくなる。そして光が収まったかと思えば、次の瞬間には全く別の風景が広がっていた。
風景が変わったのは勿論なんだけど、一番目についたのは闇だね。闇としか表現しようがない。
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