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美味しい食べ物を求めて


 私を踏みつぶし、瀕死に追いやったおじさん。私をゴミのように見下したおじさん。私を細切れにし、再び死の淵へと追いやったおじさん。おじさんとの思い出はこれくらいで、何も良い思い出がありゃしない。

 私はおじさんを、いつか逆に見下してやろうと。そんな想いを胸に強くなり、そして挑んで返り討ちにあった。今からほんの少し前の出来事である。


 私はその時の自分を、本気で愚かだと思う。思わされた。


 私の肉片の傍に、白いモンスターが倒れている。彼は全身を偉そうなおじさんによって切り刻まれ、腕を失い胴と頭と片足だという痛々しい姿になっている。

 彼がそんな姿になるまで、ほんの一瞬だった。大きな剣をおじさんに向かって振りかざした瞬間には全てが終わり、こうなっていたのだ。本気を出していなかったのは、白いモンスターだけではない。おじさんはまだまだ実力を隠しており、その力は底が見えてこない。

 私は、とんでもない化け物に喧嘩を売ってしまったのだ。


「……」

「……」


 ふと、白いモンスターと目が合った気がする。マズイ。もしかしたら肉片で転がっている私に気づかれたのかもしれない。


「……殺しなさい」


 でも白いモンスターは私の話題を出す事はなかった。死を覚悟し、おじさんにそう訴えかける。


「殺す?君はオレの話を全く聞いていなかったのか?」


 そういうと、おじさんが白いモンスターの下にやってきて白いモンスターの頭を片手で掴んだ。


「何を……」

「テイムサット」

「っ……!」


 おじさんの手から、何かが瀕死の白いモンスターに流れ込んだ。しばらくすると、白いモンスターの首に鋼鉄の首輪が出現。それを確認し、おじさんは手を放した。

 今、何したの?その首輪は何。


「さっさと再生して立ち上がれ」

「……できません。MPを全て使い果たし、糧となる物がないのです」

「ちっ。案外使えんな。雑魚がオレに歯向かうからこうなるんだ。これからは己の立場をわきまえろ」

「はい。すみませんでした」


 おじさんが白いモンスターの頭を離すと、白いモンスターは地面に倒れこむことになる。そこをおじさんが足でぐりぐりと頭を踏みつけ、白いモンスターが謝罪する。謝る必要なんてないのに、こんなのおかしいよ。

 というか先程までの威勢はどこへいってしまったのさ。これじゃあまるで、おじさんの下僕じゃん。どういう心境の変化なのさ。その心境の変化はさすがに怖いよ。


「いいよ、雑魚のお前を赦してやろう。その代わり、オレに尽くせ。オレのために戦い、オレのために死ね」

「分かりました。貴方様に尽くします」


 ついにはそんな事まで言い出した白いモンスターに、戦慄すら感じる。

 でもなんとなく分かった。あの首輪は、服従の証なのだろう。相手の意思とは関係なしに服従関係を結び、絶対なる上下関係を生ませる物。

 一瞬、かつて神に支配されたアリスエデンの神殺しの世界の人々を思い出した。でもそれとは少し違う。

 そして少しだけ考え、アリスエデンの神殺しの世界にも魔物使いと呼ばれる人がいた事思い出した。魔物使いは魔物を使役し、戦うジョブだ。先程までの白いモンスターのおじさんへ対する敵対心から、ここまで急変する態度はやはり異常だ。

 おじさんは、魔物使い。何かしらのスキルによって、白いモンスターを支配下においたと考えるのが普通だ。


「おい、コイツを持て。いい土産ができた。帰るぞ」

「は、はい!」


 おじさんに命令された骸骨は、どこか安心したかのように胸を撫でおろす。

 こんな危険な洞窟、さっさと立ち去りたい。ずっとそう思っていたのだろう。帰ると言われて隠していたそんな想いを取りこぼしてしまった感じだ。

 おじさんに言われた通りに、急いで白いモンスターを担いだ骸骨がそそくさとおじさんの背中について帰る支度ができましたアピールをする。そして歩き出したおじさんについて、その場を立ち去って行った。

 その場に残ったのは、バラバラに斬り刻まれた私だけである。

 シンと静まり返った洞窟に、私の泣き声が響き始める。いや、ただの肉片だし泣けないんだけどね。声も出ないんだけどね。精神的なアレだ。


 私は本当に、愚か者である。自分の実力を見誤って、とんでもない化け物に喧嘩を売ってしまった。一度目は仕方がない。二度目は明らかに、自分のミスである。

 そしてそのミスにより、一度ならず二度までも、同じ相手に苦渋を舐めさせられる事になった。


 二度目のアレは、完全に心が折れたね。もうおじさんに対してどうこうしようって気はおきない。それくらいに、肉体も精神もやられてしまった。

 いや、機会があればやるけどね。とにかく今は、おじさんの事はあっちに置いておこう。できるだけ離しておいておこう。

 肉片となった私が心配すべきは、自分の身の安全である。

 HPは、少しずつ回復している。でも受けた傷があまりにも深すぎて、回復に時間がかかっているようだ。重傷は、HPの回復スピードがだいぶ落ちる。覚えておこう。


 それにしたって、かかりすぎだ。暇すぎてステータス画面を眺めていると、新しいスキルが増えているのを発見した。


 スキル『即死耐性』

 即死を回避する。


 ほぼ即死みたいな攻撃を受けて生きていたおかげだろうか。そんなスキルを覚えていた。

 スキルが増えたのはおめでたいよ。でもそれにしたって暇だ。私はHPが回復するまで、ただひたすらに待つしかなかった。


 どれくらいの時間が経過しただろう。何日?もしかしたら、数十日?洞窟内に日の光はないので、時間の感覚は麻痺に麻痺を重ねて全くなくなっている。

 ま、とにかく長い時間をかけて、現在私はただの肉片からヒトデの姿に戻っている。

 長かった。目の前を何度もモンスターが通り抜けていった事があり、私の食欲を誘ったけどじっと耐え続け、ようやくの復活である。とりあえず、傍を通りかかったクモのモンスターを食べておいた。くそ不味いけど、美味しい。空腹が満たされる。


 肉片じゃないって、素晴らしい。


 で、肉片の間に考えていたんだけど、私この洞窟を出ようと思う。 

 こんな危険で真っ暗な洞窟はもう嫌だ。お日様が恋しくてたまらない。やはり私は、こんな姿になっても根は人なのだ。

 という訳で私はフィールンで糸を伸ばし、洞窟内を飛んでいく。道中遭遇するモンスターはできるだけ食べて進んで行った。感覚強化のおかげか、進むべき方向はなんとなくわかる。風の流れて来る方向に行けばいいので、これまでの行き当たりばったりな私とは一味違う。ちゃんと分かって進んでいる。

 そうして広すぎる洞窟を飛びながら移動し続け、またしばらくの時間が経過した頃にようやくその時は訪れた。

 進む先に、一筋の光が見える。それはまさしく、お日様の光である。私はスピードをあげてその光に飛び込むと、そこは念願の外の世界だった。眩しい日の光が私を包み込み、その温もりがここまで頑張って来た私を労うように迎え入れてくれる。


 でも一つだけ誤算だったのは、この洞窟の出口が高い高い崖の上だったと言う事である。

 私は重力に引っ張られ、真っ逆さまになって落ちていく事になる。でも洞窟の外に出られたという嬉しさには勝らない。

 私は笑顔で景色を堪能しながら大地を眺め、そして崖の下にあった森の中へと突っ込んだ。


 すると、唐突に空腹感が私に襲い掛かってくる。原因は分かる。この森の中が美味しそうな香りで溢れているからだ。

 匂いに誘われるがままに、大地に降り立った私は進みだす。


 美味しい食べ物を求めて。


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