押すよりも引く
別に私は、怒っている訳ではない。リーリアちゃんが選んだ道だし、リーリアちゃんが強くなりないと願った結果、そうなっただけだから。
でもさ、連絡くらいくれる時間を用意してくれてもよかったじゃん。あとやっぱり、私にもちゃんと断りをいれるべきだと思う。だって私、リーリアちゃんの保護者だよ。保護者の同意なく連れて行くのは、誘拐になるんじゃないかな。
つまり私が何を言いたいかというと、私は怒っているんだよ。あ、怒ってたわ。
「……何故、断る。理由はなんじゃ」
レヴの目が鋭くなった。私を睨みつけ、声も一段低くなった気がする。
「私はレヴに、怒ってる。リーリアを勝手に連れて行った事、凄く」
私はリーリアちゃんにも伝わるよう、竜語で彼女に訴えかけた。
「あ、アリス。それは私の意思でやった事で、レヴ様は悪くない──」
「リーリアは黙ってて。私のリーリアを唆して連れて行ったのは、間違いなくレヴだから。レヴに対して怒るのは当然」
「アリス……」
私の本気度が伝わったのか、リーリアちゃんは黙り込んだ。
いやまぁ、こんな神と戦うって時に、本気でレヴに協力しないと言っている訳ではない。ただ、けじめとしてハッキリさせておきたいだけだ。じゃないと今後また、私の大切な人が勝手に連れていかれてしまうかもしれないでしょ。
大切な人が傍を離れてどこかへと行ってしまう。連絡もよこさない。そんな事、もう絶対に繰り返させない。そのための、儀式のようなものである。
「──この大事な時に、子供のような我儘を言うでない。いいから、黙って我についてアリスエデンへ来い。来ないというなら、力づくで連れて行ってやる。そしてその触手で食うまで壁に打ち付ける。嫌なら黙ってついて来い」
「イヤ」
私はプイっとレヴから顔を背けて言い放つと、レヴがイスから立ち上がった。
「お、おい、アリス。魔王様の言う事におとなしく従え。魔王様の言う通り、今我々が争っている場合ではない。神に対し、一致団結して立ち向かう時なのだよ」
バニシュさんが慌てて間を取り持とうとしたけど、私はそれを無視する。
バニシュさんになんと言われようと関係ない。私はレヴに対し、怒っているのだから。
「……」
「お、おい……!」
するとレヴがこちらに向かって歩いて寄って来た。両腕をリーリアちゃんとカトレアに絡めとられている私の前に立ち、私を見下ろしてくる。
そうなると、さすがに背けた目を戻して彼女を見返さずにはいられない。もしかしたら、めっちゃ怒ってるかもしれないから怖くなって来てね。
でもレヴは意外と怒った感じではなく、その表情は無だった。
「……怒っても、無駄。怒ってるのは、私の方」
だから怒ってくる前に、先制しておいた。
「リーリアの事は、我が悪かった。連れて行くにしてももう少しやり方があったはずじゃ。この通り、謝る」
でもレヴは怒ってくるどころか、素直にそう言って頭を下げて来た。
「我は昔から要領が悪くてな……お主の気を害するつもりはなかったのじゃ。リーリア程の才能を秘めた者なら、アリスエデンで修業をつければ必ず強くなれるはずと思ったのじゃが、お主やリーリアの気持ちを気遣っていなかった事は反省すべき点じゃ」
「……どうせなら、私も一緒に連れて行けば良かった」
「お主をあの地に連れて行けば、リーリアに甘えが生まれる。リーリアには、自らの力のみで格上の敵にも立ち向かえる実力をつけてもらいたかった。お主なら、分かるであろう?格上の相手に立ち向かい、戦う事の大切さを。それに、アリスエデンにお主まで連れて行けば、外で神に対抗する戦力が減ってしまう。我はその昔、それで失敗して神の復活を許してしまった節があるのじゃ。どうか分かってくれ」
確かに、リーリアちゃんには私が許可した相手とだけ戦わせてきた。その相手は皆リーリアちゃんよりもレベルが下で、だからリーリアちゃんのレベル上げはあがり詰っていた節もある。
リーリアちゃんは、命を懸けて格上と戦った事がない。いつも私が傍にいて、彼女に害をなそうとするものは私が排除していたから。
そう言う意味では、リーリアちゃんが強くなる機会を奪っていたのはこの私だ。でも、それでもなんだかなって感じ。だって私とリーリアちゃんの、大切な時間を奪われた訳だし。
それに私と離れたところで、レヴが一緒なら同じ事のような気がする。結局は、誰かに守られていると言う甘えがうまれるでしょ。
「それじゃあレヴが一緒だと、意味がない」
「我は死ぬ直前まで放置出来る。お主に、リーリアをそこまで追い詰める事が出来るか?」
絶対に無理である。その前に間に入って、リーリアちゃんを守る。
というかリーリアちゃんをそこまで追い詰めていたの?だとしたら、そっちの方が問題なんだけども。
「実際はそこまでされてないからね。少しだけ……危なかったかなってくらい」
私の心のモヤモヤを察したのか、リーリアちゃんがそう教えてくれた。
「それにお主があの地に行った所で、得られる物は少ない。あそこにいるのは、闇に囚われた魂の塊。食う事が出来ん。食う事が出来なければ、スキルも奪えんじゃろう?」
「……うん」
「リーリアを黙って連れて行ったのは、悪かった。だから、機嫌を直してくれ。我にはお主が必要なのじゃ。お主が来てくれなければ、困ってしまう」
「……そういう事なら、仕方ない。一緒に行く」
本当は怒っているけど、謝ってくれたし、私を必要としているなら仕方がない。今回はゆるしてあげようじゃない。
「……リーリアが言っていた通り、押すより引き、オマケにおだてるとチョロいな」
「何か言った?」
「なんでもない。アリスのせいで話が逸れたが、他の者達にも動いてもらうぞ。魔王軍の第一軍には、ただちにジスレクト神仰国に向かってもらう。ルッフマリンには第二軍を送る。そこでデサリットやギギルスにも、援軍を頼みたい。主に魔族を好ましく思わない人間族との、緩衝材としてな。ただし、人間族と戦いになる事も覚悟しておいてもらいたい。無論、神とも」
レヴが、再び人語に言葉を戻した。
私のせいで話が逸れたと言うけど、私のはレヴのせいでリーリアちゃんとの大切な時間を奪われたんだよ。そっちの方が重要だと思うんだけど。
まぁ話がこじれるので、これ以上は何も言うまい。私はめんどくさい女にはなりたくないからね。
「ギギルスとしては、問題ない。進んで協力させてもらう」
「デサリットも、協力します」
「……人間の協力者が出来た事、心強く思う。共に、神の支配を止めよう」
レヴの言葉に、この場にいる皆が力強く頷いた。
ここまで色々あったけど、ついに神との戦いが本格的に始まろうとしている。この世界に来て、友達になった人たちと一緒にね。こういう展開は、なんか熱くて燃える。
私も、頑張らなければいけない。リーリアちゃんの事で、子供っぽくレヴに怒っている場合ではない。