再会と、分かりやすい感情
いてもたってもいられなくとも、今の私にはもう1人愛しい存在がいる。そちらを忘れるのは彼女に対して失礼になってしまう。
だから私はすぐに駆けだしたい気持ちを一度押さえつけた。
「アリス様、今の魔力は──」
カトレアも、魔力感知で今の魔力を感じ取っている。このお城のどこかで、何かがおこった。魔法に関しては彼女の方が細やかに感じ取れるからね。
私はそんなカトレアを触手で巻き付けて引き寄せると、両手で抱っこして抱えた。お姫様を、お姫様抱っこである。
カトレアも私の抱擁を受け入れると、首に手を回して抱きしめてくれる。そのままの状態で、私は駆けだした。
「おい、アリス。どこへ行くのかね」
そう尋ねて来たバニシュさんを、私は無視。
「アリスさん?」
「ちょっと、行ってくる」
テレスヤレスにはそう答えてその場を後にした。
全速力で駆け出した私は、お城の中へ入ると誰もいない廊下を一瞬で駆け抜けていく。そしてどんどん濃くなっていく匂いを辿り、やがて入り口の鉄の扉が破壊されてなくなった、縦長の部屋へとやって来た。
そこに辿り着いたところでカトレアは床に降ろしておく。
「……」
「……」
部屋の中をちょっとだけ進み、その姿を見て私は目を見張った。相手も、こちらに気づいている。そしてゆっくりとこちらへ向かって歩いてきて、互いの距離が縮まって行く。
2人共、何も言わない。ただただ互いを見つめ合いながら、そしてゆっくりと歩いて近づいて行く。
2人の間には遮る物が何もない。本来なら、その姿を目にしたらいてもたってもいられなくなり、駆け寄って抱きしめるはずだ。それなのに、どうしてだろう。何故かお互いに足はゆっくりで、まるでその時間を楽しむかのようだ。
やがて、彼女とはちあった。それでも足は止まらず、お互いに身体がぶつかって密着する。そしてその身体を抱き締め、彼女もこちらを抱きしめ返して来た。
線の細い、身体。でもその身体は確かに女の子で、柔らかさも感じる。私の知っている、彼女の身体だ。そして匂いも、感じる。ちょっとだけ、汗臭いかな。でも凄く良い匂い。食欲が凄い勢いでそそられて、彼女を食べたくなってしまう。
「アリス」
「……リーリア」
耳元で名を呼ばれ、私も耳元でリーリアちゃんの名を囁いた。
「アリス……アリス!本当に、アリスだ!良い匂い!大好きな、アリス!好き!愛してる!」
リーリアちゃんが興奮したように叫び、私を抱き締めるその腕の力が強くなる。というか、私を抱き締めたままくるくると回して来て、えらいはしゃぎようだ。
でも実は心の中で私もはしゃいでいる。胸がときめき、高鳴りっぱなしだ。
本当に、リーリアちゃんは可愛い。私と会ってはしゃいで、更に可愛い。私を抱きしめている腕の力加減がまた絶妙で、しっかりしているんだけど私が苦しくないように気遣っているのが可愛い。その笑顔が可愛い。私と密着しているその身体も可愛い。
何をしても全てが可愛い女の子が、私の目の前にいる。
最後に会った時よりも、髪が少し伸びてるね。可愛い。背も少しだけ伸びている気がする。ただでさえ高くてスタイルもいいのに、まだ伸びるのかこの子は。いやホント……可愛すぎる。
でも私は彼女に対し、ちょっとだけ怒っているんだよ。それを思い出して彼女を触手で突き放した。
「っと、どうしたの、アリス?なんか、目が怖いわよ」
「……どうして、私の下を去ったの」
「強くなって、これからもアリスの傍に居続けるため」
「そんな事しなくても、私はリーリアから離れたりはしない。ずっと、ずっとずっと一緒に居続ける」
「でも、私を置いて行ったじゃない。蒸し返すようで悪いけど……あの魔族のおっさんと戦う時の事よ。私は凄く寂しかった。怖かった。そう言ったわよね。私はもう、アリスを倒したいと言う願望はない。その代わり、アリスの隣でアリスの足を引っ張らない存在になりたいと、ずっと思ってた。そこにレヴ様が、ついて来れば私は強くなれると言ってくれたんだから、ついて行くしかないじゃない。私だってアリスと別れるのは嫌だったわよ。別れるにしても、挨拶をしたり手紙でやり取りくらいはしたかった。でもレヴ様にダメって言われて仕方なかったのよ。だからそんな、怒った顔をしないで」
「……私には表情がない」
「前にも言ったけど、あんたは分かりやすい。ずっと黙っていたけど……確かにその可愛い顔には出ないけど、触手に出てる。ほら」
指摘されて私は自分の触手に目を向けると、なんだかちょっとムッとした表情でリーリアちゃんを見つめていた。リーリアちゃんはその触手の頭を撫でて来る。
いや、分かりやすくはないよ。全然怒っているようになんて見えない。ないけど、言われてみれば確かに怒っているようにも見えるね。私の顔よりは分かるかもしれない。
「……嫌なら、ついていかなければよかった」
「それもダメ。私はアリスの足手まといにはなりたくないから」
「どちらか一方を選ばなければいけないなら、私を選んでほしかった。私はその方が、嬉しい」
「そう言ってもらえるのは嬉しいけど、私は強くなりたかったの。……許してはくれない?」
リーリアちゃんを責めるように言うと、リーリアちゃんが悲しそうな表情でそう尋ねて来た。
私は返事をせずに、黙って彼女に抱き着く。そしてその唇にキスをした。
「私も、リーリアが好き。愛してる。だから、帰って来てくれたのならもうイイ」
「ふえぇ……良かった。アリスが本気で怒ってるみたいだから、焦ったよぉ」
すると、リーリアちゃんの目から涙が溢れ出してしまった。
確かに私は怒っていたよ。でもそれ以上にリーリアちゃんと再会出来た事が、とにかく嬉しい。
だから、泣かないで欲しい。好きな子を泣かせてしまったという事実が、心に響いて痛い。
だから私は彼女を慰めるように、その頭を撫で続けた。
「あー……その……もう良いか?」
この部屋の奥にはレヴもいた。恐らく奥に転移魔法のポイントが仕掛けてあるのだと思う。だから2人はこんな所にいたのだ。
そんなレヴを放っておいて、私はその目の前でリーリアちゃんとの再会を楽しんでいた。抱き締めた。キスもした。前にも同じ事があった気がする。
「……」
私は思わず、そんなレヴを睨んでしまう。
それからリーリアちゃんを離さないようにしっかりと抱きしめておく。また取られたら嫌だから。
「安心しろ。もうどこにも連れて行かん。だからそう睨むでない。……しかし我を睨むとは凄いのう。誰にも出来ん事じゃぞ」
睨まれたと言うのに、レヴは何故か嬉しそう。
「神が交渉に来ると言う話だったな。そちらはどうなった」
「神は私達に、世界の半分をやると迫りました。そうすれば、世界を闇で包むのを止めてくれると言ったのです」
答えたのは私ではなく、一緒に連れて来たカトレアだ。カトレアはリーリアちゃんに対抗するように、私の腕に抱き着いてからレヴにそう答えた。
「ほう。世界を、闇に。やはりアリスエデンのあの変化は、神の仕業だったか」
「……アリスエデンに、いたの?」
「うむ。そこでリーリアの修行ついでに、潜んでいると思われる神を探していた。しかし目の前にある障害が出現してな。外の様子も気になったので、一旦帰って来たという訳じゃ。して、神との交渉はどうなった」
「交渉は決裂。神はアリス様が食べました」
「うむ。それでよい。神との交渉など無意味だからな。どんなに甘い事を囁かれても、神の誘いに乗れば最後は結局裏切られる事になる。しかし交渉まで行ったのは減点じゃな。我の望みとしては、交渉もせず出会った瞬間に殺してほしい所じゃった。詳しい話は場所を移動して聞こう」
そうしてほしければ、そう言わないと伝わらないでしょ。という愚痴は心の中にしまっておく。
そしてレヴがゆっくりと歩き出し、私達の横を通り過ぎた。
私達もその後についていこうとしたけど、私はくっついていたリーリアちゃんとカトレアを置いて、逆に部屋の奥へと歩き出す。ある物を探すためだ。目的の物は、祭壇みたいになっている場所の更に奥に置かれていた。それは、転移魔法で飛ぶために必要な、水晶だ。
レヴはこの水晶を目印として転移魔法で飛んできたと思われる。
その水晶の横に、私は亜空間操作で取り出した水晶を置いておく。これで一緒の場所に転移魔法で飛んでくる事が出来るようになった。
「アリス」
「アリス様」
2人が、早く来るようにと私の名を呼んで急かしてくる。水晶も置き終わったので2人の方に行くと、2人は私の両腕にくっついて、幸せそうに微笑んで来た。
私の恋人2人による幸せ過ぎる包囲網は、私も飛び切り幸せな気持ちにしてくれる。
よく見たら、触手の一本が頬を赤らめてデレデレしているね。よく見なければ分からない変化だけど、リーリアちゃんは分かりやすいと言っていたし、見られたらバレてしまう。私はその触手を他の触手で隠すように覆い、私の感情を隠蔽するのであった。




