交渉決裂
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私やカトレアは意味が分からないのだけど、意味が分かったかのように取り乱した人がいる。それはバニシュさんだ。冷や汗を流しながら、片眼鏡を直して分かりやすい反応を見せている。
「この世界を、闇で包むだと?本気かね?」
「本気だよ、バニシュ。君は魔王に連れられてアリスエデンに足を踏み入れる事により、その力を手に入れた。だから、世界中が闇に包まれると言う意味が分かるはずだ」
「っ……!」
バニシュさんはとても嫌そうな表情を浮かべ、顔を伏せてしまう。
私は闇に包まれたと言うアリスエデンに関して、何も知らない。ゲームの中でも闇に包まれたと言う表現はなかったからね。
もしかしたら、邪神を倒したその後で何かがあったのかもしれない。でも私は邪神が倒された後の事は、レヴから聞いたりしたくらいで詳しくは知らないんだよ。だから説明してほしい。闇に包まれると、どうなるの。
「闇に包まれると、世界はどうなるのですか?」
私の代わりに聞いてくれたのは、カトレアだ。
「……闇に包まれたアリスエデンの地は、闇に囚われた者達の魂が彷徨い、具現化。どの種族でもない化け物が闊歩し、生者を殺しにかかってくる本物の地獄だよ。神は、世界中をそんな地獄にしてやると言っている」
「確かに生者にとっては地獄かもしれないが、私にとってはそうでもない。闇に囚われし者は、神に囚われていると同義。神に陶酔し支配されている者達の巣窟だ。魂だけになっても、闇の中で、永遠に神に支配され従い続ける……素敵だと思わないか?」
「それを素敵だと思えるなら、そもそも私たちは争っていません」
「それもそうだ。失礼した。くく」
カトレアに指摘され、フォーラは本当に面白そうに笑った。
今のアリスエデンの事は知らない。けど、あのバニシュさんがとても嫌そうに、取り乱しながら言うんだから、本当に相当な地獄なのだろうと伝わってくる。
けど、実際にどんな感じなのか見てみないと、何とも言えないかな。
「……バニシュ様は、どう思いますか?」
「……」
先ほどはキッパリと神様の申し出を断ったバニシュさんが、悩んでいる。世界を闇に包むと言う言葉が、彼に対しては効果抜群に効いているようだ。
「……私達は神の支配を受け入れない。受け入れなければ世界を闇に包むと言うなら、それも止めるだけ。私達と、神は敵同士。最初と何も変わらない」
私は当然のことを言った。
そもそも、神様との交渉なんて無意味だ。神は人々を見下しているからね。いくらここで約束を結んだとしても、神様はきっといつか平気でその結びを解いてしまう。
神様からしてみれば、人々は家畜だ。家畜との約束を人は守らない。そもそも結ばない。それと同じ。だから何と言われようと、神様の要求を呑む事はあり得ない。
「ああ、そうだな……。まるで魔王様がいるかのような返答だ。驚いた。……そう言う訳だ、神よ。どうやって世界中を闇で包むつもりかは知らないが、そうするつもりだと言うなら止めるまで。交渉決裂だ。諦めて降伏でもしたらどうかね?」
「うーん……魔王がいないなら意外と簡単にこちらの思い通りにいくかなと考えていたんだけど、そうもいかないみたいだね。アリス。君はもしかして、千年前の世界を知っているのかな?」
「知っている。私はあの世界を、視ていた」
「……世界を視ていた、か。よく分からないけど、我々にとって一番イレギュラーな存在は君だよアリス。魔王はまだいい。この世界に元からいた、虫けらのような存在だから。私はそれを駆除するために努力して来た。でも君は違う。いきなり現れて、我々にたてつく存在。神に仕える者を次々と食べて回り、邪魔をする。まるで、千年前我々が作ってしまった化け物──邪神のようだ」
「邪神を、作った?」
「そうだよ。邪神は私達神が作り出したんだ。それだけじゃない。人間も、リンク族も、ドワーフも妖精族も魔族も、獣人族も鬼人族も、全ては神が作った。でもね、邪神だけは失敗だった。全ての種族と神を合わせて作り出した個体なんだけど……世界を食べつくさんばかりの化け物になってしまってね。力ある者を優先的に見境なく食べようとするものだから、私達神は力をセーブする必要があった。そこで生物達に力を与える事で、力を分散。邪神の餌にする事で我々は食われるのを避けたのだ。おかげで邪神ばかりが強くなり、オマケに支配下にあったはずの者の反乱に対応できず、敗北を喫してしまった」
神様が邪神を作ったと言う話は、初めて聞いた。邪神は神様のような存在だと思っていたんだけど、違ったんだ。
じゃあ、やっぱり神様が悪いんじゃん。そんな化け物を勝手に作り出し、そのせいで邪神に与えるための大量の餌が必要となってしまった。自分で蒔いた種。自業自得である。
「……いい事を教えてあげる」
「いい事?是非聞かせてもらいたい」
「私の正体は、神様が恐れる邪神」
「ああ……。あの時、あの姿、あの魔物、その触手。やはりアレがアリスで、邪神だったのだな。我々と同じように、復活していたのか。しかし別の魂に身体の主導権を奪われているようだな。だから、分からなかった……。全て合点が行った」
驚いてくれるのかと思ったけど、フォーラは思ったよりリアクションをしてくれなかった。薄々と気が付かれていたからかもしれない。私、色々言っちゃってるし。
「教えてくれて、ありがとうアリス。お礼に、我々と一緒に世界を支配してみるつもりはないか?」
「ない」
「返事が早いな。もうちょっとよく考えてよ。今の邪神となら、仲良くなれる気がするんだ」
「ない」
「……」
再びの私の即答に、フォーラはお手上げのポーズをとると、足を組みなおした。
「さて、神よ。聞いて通り、我々は貴様と争う道を選んだ訳だが、まだ何か言う事はあるかね?」
「本当に良いの?君は今のアリスエデンを知っているんだよね?世界中がああなっちゃうんだよ?」
「止めて見せる。なので、問題ない」
「……止められないと言う可能性を考えないのか?」
「こちらには、魔王様もいるのだぞ。止められないと考える理由が分からん」
よく言うよ。一瞬迷っていたくせに。
「私達の総意は揺るぎません。私達は神と和平を結ぶつもりはありません。神がこの世界に存在し、人々の支配を諦めない限り、神との戦いを選びます」
「よく分かったよ。交渉なんて、最初から無意味だった。せっかく助かる道を示してあげたのに……愚かだな。世界が闇に包まれ、味気ない物になってしまう事を考えると憂鬱だよ。……さて。それじゃあ始めようか。神と、この世界の人々との戦いを、さ」
フォーラがイスに座ったまま、殺気を放った。その瞬間、バニシュさんが亜空間から剣を取り出してフォーラに斬りかかる。
一方でテレスヤレスは盾を作ると、その盾でフォーラからカトレアを守るように構えた。
私も念のために触手を構えていつでもフォーラに攻撃できる準備を整えたけど、その必要はなかった。バニシュさんの剣が、フォーラの首をあっさりと切断し、その首が後方に飛んで行ったからだ。
首を失ったフォーラの身体が、イスごと倒れて地面に転がる。一方で飛んで行った首は、地面を転がった後に止まってこちらに目が向いた。
「神に従う者達の侵攻が始まる。神仰国周辺は血の海と化すだろう。貴様達の選択のせいでな。そしてなにより、世界が闇に包まれる。生ある者は死者となり、闇に囚われ、永遠に彷徨い続ける事となるだろう。悔いるがいい。自らの過ちを。愚かな、選択を」
私は首だけになっても喋るフォーラに向かって触手を伸ばすと、彼を食べた。残った身体の方も、食べておく。放っておいたら何をしだすか分からないからね。
こうして、神様との交渉は終わった。
当然だけど、フォーラは神様だけど神様の本体ではない。神様の依り代であり、本体は別にいる。
しかし、レヴは一体どこで何をしているんだろう。けっこう大変な事が起きようとしているんだけど、それでも姿を現わさないのは違和感がある。それほど重要な事をしているという事だろうか。リーリアちゃんを連れたまま?
神様との戦いが本格的に始まろうとしているんだから、もうそろそろ帰って来てくれてもいいと思うんだけどな。
そう思い、天を仰いだ時だった。
私は魔力を感じ取った。それは私にも分かるくらい強力な物で、一瞬だけ感じてすぐになくなった。
それから、私が求めてやまない匂いがしてきた。私はその匂いを忘れたことなど一度もない。今私が世界で一番恋しいその匂いを嗅いだら、いてもたってもいられなくなってしまったよ。
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