不敵な笑み
不敵に笑うフォーラに対し、カトレアも不敵に笑っている。その不敵さ対決では、私目線ではカトレアに軍配が上がっているね。
だから、カトレアの勝ち。
「交渉の前にお尋ねしますが、あなた方神に仕える者達は、意思を共有しているのですか?」
「と言うと?」
「今ここで交渉しようと言う貴方の発言を、果たして神の意思として捉えていいものかと思いまして」
「ふむ。確かに疑問だろう。交渉の前にその疑問に答えておいてやると、私は神の意思そのものだよ。肉体は人間だが、その身体に神が宿っているんだ。私と同じように神を宿す者は複数いる。ただ単に神に仕える者達とは違う。彼らは神の声を聞く事は出来ても、神の意思が宿っている訳ではないからね。ちなみにフォーラというのは、この身体の名だ。交渉にあたって、それなりの身なりの者を選んだんだよ。神に抗う君たちに失礼のないようにね」
「なるほど。では私たちは今、神と直接対話をしていると言う事ですね」
「その通りだ」
神の使いは今フォーラが言った通り、神様の意思が宿って動いている。だとしたら、私が過去に倒した神の使いとも記憶を共有しているはずだ。
でも違和感がある。私の知っている神の使いとは口調が違うから。
勇者パーティに紛れていた弓の子も、この国を裏から支配していた王妃様も、神の使いだったけど最初は演技していて、でも素の口調はレヴと同じ老人口調だった。フォーラの口調は違う。
「……今の貴方は、素の神様なの?」
「どういう意味かね、アリス」
「私の知る神の使いは、レヴのように老人口調だった。最初は演技していたようだけど、でも興奮するとすぐにそうなる」
「そうだね。まず質問に答えると、素だ。実を言うと、復活に際して我々神々は一つになってしまったんだ。かつては分裂していた意識が一つにまとまってしまい、非常に不安定で混濁している。なので、感情の起伏が激しかったり、口調の変化があるかもしれない事を了承しておいてほしい」
神が、1つに……。それはちょっと重要な事を聞いた気がする。その分力が集まって強くなっていたりするのだろうか。
「時に、今まで貴方が遭遇したという神の使いとは誰の事か尋ねても?」
「……勇者パーティに紛れていた、弓使いの女の子と、この国を裏で支配していた王妃様の二人」
「……」
特に何も考えず普通に答えると、フォーラが驚いた表情を浮かべた。
一体何に対してそんなに驚いているのかと考えると、すぐに答えは出てくる。
弓の子の方の神の使いと遭遇したのは、私がこの姿になる前の事だ。当時の彼の記憶に、私という存在はないはず。
「すまないがアリスと出会った記憶がない。よければそのフードを外して顔をよく見せてくれるかな」
「……ダメ」
私はむしろフードを深くかぶる事によって、フォーラのお願いを拒絶した。
「ああ、そう言う事か。あのリンク族の娘……どこかで見た事があると思ったが、あの時魔物と一緒にいた……。となるとアリスは、あの時の魔物?姿がまるで違うが、あれがアリスだった?あり得んが……しかしカラカスで消滅魔法をうけて尚生きていた事を考えると……」
フォーラがぶつぶつと呟いて思考を巡らせる。その呟きはまさに的を射ていて、真実そのものだ。
そうです。私があの時の変な魔物です。
でもそれを素直に認めるつもりはない。
「……確かに私は、二度消滅魔法をくらっている。最初にくらったその時と今の姿は違う。でも、それだけ。別に貴方が気にするような事は何もない」
「……」
私は誤魔化す事にした。
けどよく考えたら今の発言は認めたも同然だ。私があの時の魔物である事をね。
「ま、いいだろう。今はアリスの事よりも、交渉だ。君たちは神と交渉する初めての生物となる。光栄に思えよ」
やったね、誤魔化せた。私ってもしかして誤魔化しの天才かもしれない。
「ごたくはいい。アリスの事もどうでもいい。さっさと用件を言え、神」
「和平の交渉に来た、と言っただろう?単刀直入に言うと、アリスエデンの大地を含んだ世界の半分を我々にくれないか?残りの半分は、お前たちで好きにすれば良い」
「なるほど。世界を二分して共存を図ると言う事ですか」
「誠に遺憾だが、こちらの策略は全て潰された。アスラ神仰国を奪われ、アリスを殺せず、カラカスの操り人形も失った。オマケにサンド王国の愚かな王が、我々が与えた戦力で何かを仕掛けようとしているようだ」
サンド王国が?それは初耳だ。すぐにシェリアさん達に知らせないと。
「良いのですか?私達が知りえない情報を流しても」
「別にいいよ。どうせ上手くは行かない。だって、カラカス王国が睨みを利かせているからね。それに気づいていないサンド王国の王は、ある意味優秀だよ。愚か者という意味でね。話を戻すぞ。神は、貴様達に感服したのだ。だから、世界の半分をやる。それで手を打とう」
感服したと言う割に、偉そうだ。完全に上から目線で、自分の立場が私達より上だと思っている事が伺える。
サンド王国に関しては、カラカス王様がちゃんと対応してくれているんだ。なら、そちらは任せておこう。
「世界の半分、ですか。神は世界の半分を支配し、残りの半分には手を出さない。そこに住まう人々の自由にしていいという意味でしょうか」
「その通りだ。元々この世界は、我等神の物だ。それを譲歩し、半分もやると言っている。その意味をよく考えてもらいたい」
「……何故、この世界を支配したがるのですか?」
「なに?」
「そもそも、人々を支配しようとさえしなければ、私達がぶつかり合う理由がない。しかし神は人々を支配し、操り、血を流そうとする。その理由が私には理解できないのです」
神は人々を支配して操り人形にする、悪。固定概念でそう思っていたけど、よく考えれば神がそうしていたのは、当時存在した邪神という上位個体に餌を与えるためだった。人々を利用して繁殖して数を増やし、増え過ぎたら時には争わせて数を減らし、適度に邪神に生贄を捧げて餌とする。神はそうして存在していた。
邪神がいない今、人々を支配する必要はない。なのに神は尚も支配に固執している。不思議だ。
「貴殿は神という存在を理解していない。だからそのような疑問がうまれるのだ。いいか。神はこの世界の、絶対なる支配者だ。全ての生物は神を敬い、支配を無条件に受け入れひれふすべきなのだ。受け入れぬ者には、死を。受け入れた者には、神に支配される幸福を。それが本来あるべき世界の姿。理解できたかな?人間」
固定概念にとらわれているのは、私ではなく神の方だった。神だから、この世界を支配する。彼の言い分はこうだ。
……うん。イカれてるね。滅殺の悪魔もビックリな、中二病脳で恥ずかしくなってくる。
「神だから、世界を支配する。それは身の毛もよだつ殊勝な心がけですね。ああ、先ほどの世界の半分くれるという申し出ですが、私はお断りします。お話を聞くと、やはり神と私たちは相容れぬ存在のようですので、この世界で共存は不可能です。アリス様と、バニシュ様、テレスヤレスさんはどうでしょう」
「私はカトレアと同じ気持ち。世界の半分なんていらないから、神を殺したい」
「私も、世界の半分なんていりません。なので、アリスさんと共に戦います」
「オレは貴様達の判断に従う。が、個人的な意見を述べると、カトレアと同じ気持ちだ。異存はない」
「という訳です、フォーラ様。私たちは貴方の申し出を、お断りします。でももし交渉を続けたいと言うなら……まず、世界と人々の支配を諦めていただけませんか?交渉はそこからだと思います」
「……ふ。断るか。予想通りと言えば予想通りだが、本当にいいのか?ここで私の申し出を断れば、世界を巻き込んだ大変な事が起きるかもしれないぞ?」
フォーラが、不敵な笑みを浮かべる。その不敵さは、先ほどのカトレアを上回る。
悔しいけど、今回はフォーラの勝ちである。て、一体何の勝負だって話だ。
「……どういう意味でしょう」
「断れば、この世界を闇で包む。そうなれば生者はこの世界から消え去る。代わりに、魂を闇に支配された者達で溢れる事になるだろう。少々味気ないが、それもまた神による世界の支配の形だ」
フォーラは天に向かって手を広げ、日の光を身体全体で受け止めるかのようなポーズを取った。
彼の言葉の意味は、今の所要領を得ない。でも、とても嫌な予感がする事は確かだった。