静まり返る町
それから数日後の事だった。
この数日の間は、町に買い物に出かけたりもした。デサリットにはない物も色々とあり、面白かったよ。
特に、フェイちゃんとネルルちゃんがはしゃいでいたね。装飾品やら、食べ物につられてフラフラとして私達とはぐれたりもした。けど匂いですぐに分かるから問題ない。
2人はあまりデサリットから出た事がないようなので、その分他の町が珍しくてはしゃいでしまうのだ。私もこのファンタジーな世界には未だに見る物がたくさんあって、目移りするので気持ちは分かる。
けどカトレアも当然のように一緒なので、目立つのなんの。ギギルス中の人々がカトレアの美しい姿を一目見ようと集まって、現場は大混乱である。
その上で、この国を神から解放した魔物、つまる所私が一緒にいてカトレアと腕を組んでいるのだからその視線が痛い。更に、テレスヤレスも同伴して注目を集めている。
ギギルスの兵士が私達を囲み、民衆を制してはいるけど人々の視線まで遮る事は出来ない。目立ちすぎだね。帰って寝たくなったよ。
どうにか辛い買い物イベントを乗り越えると、その時が来た。
その時私は、買い物に疲れてネルルちゃんに膝枕をされていた。
部屋にカトレアはいない。ウルスさんに呼ばれて、行ってしまったのだ。フェイちゃんとテレスヤレスもカトレアについて行っており、ここには私とネルルちゃんだけ。という訳で私は彼女に甘える事にしたのだ。
「……疲れた。やっぱり私は、人混みが苦手」
「目立つのは仕方がありませんよ。アリス様はこの国を救った、英雄なんですから。この国の方々も私と同じように、皆さんアリス様に感謝しているんですよ。アリス様は、凄いお方です」
「……」
褒められながら照れ、ネルルちゃんの太ももに頬ずりをする。布越しではあるけど、柔らかくて気持ちがいい。更には疲れを癒やすように頭を撫でられれば、もうここは天国である。
そんな天国気分を味わっていた所で、私は気配を感じ取ってガバリと立ち上がった。
「ひゃあ!?」
勢いよく立ち上がった弾みで、ネルルちゃんが後ろに倒れこんでしまう。そしてそんなネルルちゃんを見下ろすと、ネルルちゃんが顔を赤くして私から目を背けた。
これじゃあまるで、私がネルルちゃんを襲おうとしているみたいな図である。でもネルルちゃんも満更じゃない様子で、抵抗する気配はない。私は思わず彼女の頬に手を伸ばした。
けど、そこまでだ。
私はネルルちゃんを抱き起すと、すぐに彼女から手を離す。そして部屋の窓を開いて外を見た。
間違いない。神様の、嫌な臭いが外から漂ってくる。
「あ、アリス様?」
「……神の使いが来た。準備しないといけない」
ネルルちゃんとの時間も惜しいけど、それどころではない。神に関連する者を迎え入れるには、準備して警戒する必要がある。じゃなければ、いとも簡単に大勢の人の命が奪われかねないから。
「そうですか……。それじゃあ、すぐに準備しなければいけませんね」
そういうネルルちゃんの表情は名残惜し気で、髪を手櫛で整える姿は嫌に色っぽい。
これがカトレアやリーリアちゃん相手なら、迷わずキスしていた所である。でも相手はネルルちゃんなので、軽く頭を撫でる程度にしておいた。
それから部屋を飛び出した私たちは、急いでカトレア達の下へとやって来た。そして神側からの使者がやって来た事を告げると、ウルスさんの指示で緊急事態を知らせる鐘が鳴らされた。鐘を聞いた人々が家に帰って籠もり、賑やかだった町が静まり返る事となる。
そんな静まり返った町の中で、私とバニシュさんが町を訪れた人物を迎え入れた。
「──初めまして、触手の魔物、アリス。我が名は、フォーラ。偉大なる神に仕える肉体であり、神の意思を持つ者である」
若いのに白髪の男の人。柔らかな笑顔と自信満々な目が特徴的で、イケメンと呼べる部類に入ると思う。
彼は白の神父服に身を包んでおり、その両手の甲には神の印が刻まれている。
名前:フォーラ 種族:神の使い
Lv :977 状態:精神崩壊
HP:8332 MP:6810
「それから……魔王が配下のバニシュも。よろしく頼む」
「オレが二の次とは気に入らん」
いちいち細かいおじさんだな。
「両名出迎えご苦労。しかし随分と寂しい出迎えだ」
そんなおじさんの事はスルーして、神の使い──フォーラはそう呟いた。
確かに、この場には私とバニシュさんしかいない。もし、万が一いきなり襲い掛かって来て戦闘になっても、被害が出ないようにという事で2人だけで出迎えたんだけど……訪れたのは割とレベルの低い若者だった。これなら一瞬で制圧出来そうなのでまずは安心だよ。
「盛大な歓迎式典でも期待したか?しかし残念だったな。この町に貴様を歓迎する者はいない。もっとも、貴様の行動次第ではオレが歓迎してやるがね」
「この肉体では貴殿達には敵わんよ。そもそも私は、話し合いに来たのだ。そう警戒する必要はない」
それは無理な話だ。だって神は私達にとっての敵なのだから。それも、卑怯で姑息でどのような手を使うかもわからない。もし何かおかしな行動をしたら、行動を起こす前にすぐに殺す準備がいる。
「……」
「ふ。いくらなんでも、立話で済ませると言う訳ではないだろう?案内してくれ」
バニシュさんが私の方を見て来たので、私は彼に頷いて答える。彼の言う通りというのは気に入らないけど、私たちは彼をお城に迎え入れるつもりだ。そこで彼の目的を尋ね、上手く行けば和平となる……。まぁないと思うけど。
私とバニシュさんは、フォーラを前と後ろで挟んで歩いてお城へと向かった。彼が何か怪しい動きをすれば、すぐに殺せるように警戒しながらね。
意外といえば意外で、当たり前といえば当たり前に、フォーラは何もしなかった。ただただおとなしく、先導するバニシュさんを真っすぐに見て歩くだけで、本当に何もない。
それが逆に怪しい。けど何もないので手を出す訳にもいかない。そうこうしている内に、お城へと辿り着いてしまった。
彼が通されたのは、お城の庭だ。建物の中よりも、外の方が色々と都合がいい。だからそこでカトレアには待ってもらっている。
バニシュさんが先導して庭を訪れると、予定通りカトレアがイスに座って私達を待っていた。傍には護衛として置いて来たテレスヤレスがいる。フェイちゃんには、ネルルちゃんを任せてあるのでここにはいない。
「ほう。デサリットの姫、カトレアか。美しきその姿、やはり人間にしておくには惜しい。我が名は、フォーラ。よろしく頼む」
「ようこそ、神よ。なんのもてなしも出来ませんが、どうぞお座りください」
「ふ……」
フォーラがカトレアに促され、鼻で笑いながらカトレアと机を挟んで対面するように置かれているイスに腰かけた。
カトレアの言う通り、何のもてなしもない。お茶も、お菓子も、労いの言葉もね。
更には彼を警戒するように、バニシュさんがフォーラの横に立つ。カトレアの左右の隣には、私とテレスヤレスが立って万全の態勢を取った。
「単刀直入に聞きますが、何の御用でしょう。まさか、本気で和平を結ぶつもりで来たのではないでしょう?」
「いいや、そのまさかだよ。私は貴殿等と、和平を結ぶためにやってきた。時に、魔王クエレヴレの姿がないようだが、このまま話を開始していいのか?」
「魔王様はここにはいません。全権は私に預けられていますので、交渉についても問題はありませんわ」
「なるほど。こちらとしては魔王と対話したかったのだが残念だ。しかし、問題はない。そうだろう?始めようじゃないか。神とこの世界の人々が、争わずに済むかもしれない交渉を」
フォーラが足を組みながら仰々しくそう言って、笑って見せた。
私の知る神は、人と交渉などしない。それは、神がこの世界の人々を対等な立場として見ていないからだ。しかし今の所怪しい動きもなくて、疑う所は何もない。
とりあず、話を聞いてみるしかないね。その上でどうするか、決めようじゃない。