叱られて、惚れた
言っておくけど、バニシュさんは結構なお年のダンディな男の人だ。見た目的には、50歳くらいかな。その辺は人間感覚での見た目年齢だから、実年齢は知らない。
一方でミズリちゃんはどうだろう。初めて出会った時から少しは成長しているとはいえ、まだまだ子供だ。
そんなミズリちゃんを、バニシュさんは自分の物だと言い放った。
事と場合によっては、通報しなければいけない案件だと思う。なので、確かめなければいけない。
「バニシュは、ミズリが好きなの?」
「ああ、好きだ。愛しているっ」
確かめると、何の恥じらいもなくそう言い放った。
そして確定した。この人、ロリコンだったわ。私は思わずフェイちゃんを触手で抱き寄せ、バニシュさんから庇ってしまった。
抱いたついでに、フェイちゃんのおっぱいも触手で軽くもませてもらう。勘違いしてほしくないのは、私はただフェイちゃんの成長具合を確認しただけだ。こうして軽いスキンシップついでに、成長を確認する事は良い事だと思う。
だから、決して私はロリコンではない。
「何か勘違いしているようだから言っておくが、オレは確かにミズリを愛している。このように美しい存在をオレは他に知らない。初めてミズリと出会った時、オレは彼女に全てを捧げると誓ったのだよ。だから勘違いをするな。オレは、ミズリが好きなだけだ」
うん。私はそれを心配しているんだよ、バニシュさん。
こんな小さな子を、堂々と美しいとか愛してるとか言い放つおじさんを前に警戒するのは、普通の事だ。
「……安心してください、アリス様。バニシュ君は、本当にただ私に惚れているだけのようです。こんな私のどこがいいのか分かりませんが……だから、大丈夫です」
バニシュさんに求愛されているミズリちゃんが、私達を安心させるようにそう言ってくれた。
求愛をされている彼女が言うんだから、まぁ大丈夫なのか。
でもこれだけは確認しておかなければいけない。
「バニシュに、変な事はされていない?」
「されていないです。力を持っている方なので、やろうと思えばやれると思いますが、何も。それどころか、私に相応しい男になると頑張ってくれているんですよ。最初はただただ怖い魔族の男の人が、偉そうにふんぞり返っているというイメージでしたが……その態度がだいぶ緩和されてきたと思います。それでも自分が偉いと思い込んでいるのか、皆さんのお部屋にノックもなしにお邪魔してしまい本当にすみません」
「それはもういい。おかしな事もされていないのなら、いい。おかしな事は、ミズリが大人になってから」
「そんなの当然だろう。オレはミズリが大人になってから改めてプロポーズし、その身と心を手中に収めるつもりだ。今のミズリともおかしな事をしたい気持ちはあるが、それはミズリを傷つけかねない行為だと認識している」
今のミズリちゃんとも……というのがちょっとだけ引っ掛かるけど、一応は常識的な事を心得てくれているようだ。
ならまぁ後は本人たちが好きにすれば良いと思う。これ以上私がどうこう言うつもりはない。
「……ミズリの、どこが好きになったの?」
「分からんが、初めて会った時ミズリは、ウルスや他の人間達、魔族に対するオレの態度に対し、いきなり怒って来た。オレに委縮などせず、ズバズバと物を言ってオレの態度を改めるべきだと指摘してきたんだよ。最初は、まるで魔王様のようだと思った。しかし実際はそれ以上だったな。その時オレは、ミズリに惚れた」
「叱られて、惚れたの?」
「分からん。しかし物怖じせずに堂々と指摘するその姿の全てに惚れたのかもしれん。それに、美しい」
「……」
ミズリちゃんが、バニシュさんの隣で頬を赤く染めて照れている。
なんか、満更でもないって感じだね。ミズリちゃんはミズリちゃんで、もしかしたら年上好きなのかな。
それにしても、バニシュさんが丸くなったのはウルスさんとの禁断の恋が原因じゃなかったんだね。ちょっと残念に思う自分がここにいる。
「ウルスは、その事を知っている?」
「勿論。ウルスはミズリの父親だからな。きちんと挨拶をして、将来的にミズリをオレにくれとお願いしてある」
「返事は?」
「その時のミズリの意思次第、と」
ウルスさんとしても、複雑な想いだろうな。娘にこんなダンディなおじさんが惚れていて、それを隠そうともせずに堂々としているんだから。
まぁあの生意気偉そうなバニシュさんが少しだけ丸くなったのは、ミズリちゃんのおかげという訳だ。
ミズリちゃん、凄いね。あの恐ろしいバニシュさんに委縮せずに怒って叱るとか、タダ者ではない。思えばこの子は、初めて出会った時私に剣で襲い掛かってきたっけ。とても勇気がある子なのだろう。けどその勇気が蛮勇にならないようにしてもらい所だ。相手を間違えば、下手をしたら殺されかねないからね。
でもその時は、バニシュさんがなんとかしてくれるだろう。バニシュさんが傍にいる限り、私が心配する必要はなさそうだ。
「……魔族の方、確かに少しだけ変わった気がします」
「ふっ。オレはミズリに惚れた事で、目覚めたのだよ。安心しろ、魔物。この先もしテイム魔法でペットにするとしたら、ミズリに相応しい可愛らしい魔物をペットにする。貴様は……今見ると不気味だ。ミズリには相応しくない」
「やはり気のせいだったようですね」
テレスヤレスが額に血管を浮かばせながら、再び手に剣を作り出して殺気を放った。
そんなテレスヤレスを、ネルルちゃんが抱き着いて必死に止めようとなだめてくれる。
その間にミズリちゃんが再びバニシュさんに蹴りをいれ、テレスヤレスに謝罪。彼の教育には苦労しそうだけど、是非とも頑張って欲しい。
「ところで、バニシュ様は私達のお部屋に何をしに来たのですか?」
そう尋ねたのはカトレアだ。
忘れていたけど、バニシュさんは何か用があって私たちの部屋を訪れたはずだ。用もなく私達の部屋の扉を開いたのだとしたら、それは問題だ。
「ああ。休憩はもう充分だろう。お前たちには今神達がどう動こうとしているのかを知っておいてもらいたい。という事で、その事について話しに来た」
バニシュさんが扉をノックしなかった事で、話が随分と遠回りしてしまった。
神様がどう動いて私達がここに呼ばれる事になったのか、是非とも教えてもらいたい。
「それでは、お茶を淹れますね。テレスヤレスさん、手伝ってもらえますか?」
「はい。手伝います、ネルルさん」
ネルルちゃんとテレスヤレスが、お茶を淹れるために部屋を去って行った。
「わ、私も同席してもよろしいでしょうか。詳しい事は私には分からないのですが……でも、バニシュ君が心配で」
「ええ、勿論構いませんわ」
「ありがとうございます」
「……ふん」
ミズリがいなくとも、自分1人でなんとか出来る。でもミズリが一緒にいてくれるのは嬉しい。
バニシュさんの今の鼻の笑いには、そんな感情が見え隠れている。
しかし、バニシュさんとミズリちゃんかぁ……。ウルスさんは、もしバニシュさんとミズリちゃんがくっついたら、バニシュさんにお義父さんって呼ばれるって事だよね。
……キツイわぁ。
ウルスさんって、案外苦労が絶えない人だよね。いきなり国の王様にされちゃったし、かと思えば魔族の偉そう……というか、実際偉い方のおじさんに娘をせびられるとか、凄い状況だ。そのおかげでバニシュさんとは多少仲良くなれたんだろうけど、ホントキツイ。
でも、頑張れウルスさん。負けるなウルスさん。私はただただ彼を応援する事しか出来ない。