禁断の関係?
相変わらず、この町のお城は美術館のように美しい。けどそこは前のように人気がない訳ではなくて、大勢の人がいる。兵士や、給仕や魔族の人々……彼らは私達を出迎えに来た訳ではなく、それぞれの仕事をこなすために忙しそうに足早に去って行く。
誰も訪れた私達に話しかけて来てくれなくて、ちょっと寂しい。
「よく来たな、アリス様」
忙しそうな人々に代わり、私達を出迎えたのはこの国の王様であるウルスさんだ。
前会った時より、ちょっとやつれた気がする。けど立派な白い礼服を着こなしていて、王様がちょっとは身に付いて来たかのような自信を感じる。
「ウルス」
「ああ。カトレア様も、お久しぶりです。その節は大変お世話になりました」
ウルスさんは私に続いて馬車を降りて来たカトレアの前で跪くと、顔を伏せてそう挨拶をした。
私にはしなかったのに、カトレアにはそんな事をするんだね。私だって、それなりに偉い立場にいると思うんだけど。なにせ、この国を救ったご本人様だから。それを無視してカトレアにだけ仰々しい態度をとるとは、どういう事よ。
「顔をあげてください、ウルス。いえ、今はウルス様ですね。貴方の噂はデサリットにまで届いています。見事にギギルスを立て直し、この国を良き方へと導いている、と」
「私に対する評価としては、恐れ多すぎます。私はただ、アリス様によって神から解放されたこの国を、運営しているだけに過ぎません。王と呼ばれる事自体が恐れ多い」
「謙遜しないでください。貴方だからこそ、神から解放された人々をここまで導けたのです。そう出来ると判断し、貴方を王に推薦したアリス様の判断は正しかった。アリス様の人を見る目と、貴方にその見る目に応える技量があったからこそ、今のギギルスがあるのです。誇りなさい、ウルス。貴方が誇れば、それがアリス様への賛辞にも繋がるのですから」
「は、はっ……!」
一応ウルスさんは、王様だよね。それでカトレアはお姫様である。
いや、別に良いんだけどね。例えるなら新任の社長に対し、別の会社で長年秘書を務めている女性が、よくやったねと褒めているようなもんだ。熟練者からのお褒めの言葉は、きっと自信につながるはず。
ちなみに何故私がウルスさんをこの国の王様に就かせたかというと、私自身が面倒な事をしたくなかったからである。王様がくるくるぱーになっちゃって、この国を導く人が必要だった。私にはそんな事出来ない。出来る訳がない。でもなんとなーく、空気が私にやれと言っているような気がした。その空気を変えるために、知り合ったばかりのウルスさんを王様に任命したのだ。
人を見る目?そんなの私にはない。適当に任命した人が、頑張ってやってくれただけだ。
「……くん」
とりあえず、鼻をならしてリーリアちゃんの匂いを探す。けど匂いはない。レヴの匂いも感じない。
どうやら、ここにはいないようだ。テンションが70%下がった。帰りたい。
「何を呑気に立ち話をしているのかね。さっさと城内に案内したらどうだ、ウルス」
その声を聞き、私は鳥肌が立った。
白いコートを羽織った、片眼鏡の魔族のおじさん。盛り上がった筋肉は相変わらずいい筋肉である。
彼とは現在敵対関係にある訳ではない。でも、過去に細切れにされた記憶は忘れられないんだよ。完全にトラウマだね。
「っ……!」
そんな彼に向かい、凄まじい殺気が放たれた。その殺気をまとった物が、私の横を通り過ぎてバニシュさんに襲い掛かろうとした。
のを、私は触手で拘束して阻止。ギリギリの所で何もおきずにすんだ。
「落ち着いて、テレスヤレス」
「ふー……!」
襲い掛かろうとしたのは、テレスヤレスだ。殺気をまとい、息も荒くする姿はまるで獣そのものだ。
でも彼女は獣ではない。ちゃんと理性があり、時々キツイ事は言うけど基本はいい魔物で、私の友達だ。
「て、テレスヤレスさん」
触手で拘束されているテレスヤレスに、ネルルちゃんやフェイちゃんも心配して駆け寄った。そして手を握ったりして落ち着くようにと皆であやすと、段々とその身体から力が抜けて行く。
もう大丈夫だと判断して触手の拘束を解くと、元気なく項垂れた。
「すみません、皆さん。少々取り乱しました」
そして謝罪の言葉を口にする。
彼女の、バニシュさんに対する恨みは本当に大きく深い。改めてそう思ったよ。
私はバニシュさんを見て鳥肌がたったけど、テレスヤレスは反射的に殺そうとした。どちらも同じ、トラウマから来る身体の不調と行動だ。
「ふっ。アリスが止めなければ死んでいたぞ、魔物」
バニシュさんの手は、亜空間に突っ込まれている。その中には剣があり、もし襲い掛かられたら反撃されていた所である。
正当防衛といえばそうなのかもしれないけど、バニシュさんがテレスヤレスにした事を考えたら、少しくらいは攻撃を受けてあげてもいいんじゃないかなと思うよ。
「だ、大丈夫なのか?」
「テレスヤレスはバニシュ様に対し、少し遺恨がある。でも基本は大丈夫。……基本は」
「本当に大丈夫なのか!?」
「普段は良い子だから大丈夫。それでももし何かあれば私が止める。だから平気」
「……すみません、カトレアさん。アリスさん。私のせいで、皆さんに恥ずかしい想いをさせてしまいました」
「大丈夫。何も問題はない」
「アリス様の言う通りです」
「……」
私が答えると、テレスヤレスは顔を伏せたままおとなしくなった。
どうやら本当に落ち着いてくれたみたいで、大丈夫そう。
「少々トラブルはあったが、さっさと案内してやろう。長旅で疲れているだろうからな」
「そうだな、バニシュ。部屋は準備してあって……食事の準備も出来ているよな」
「勿論。部屋に直行して休むもよし。腹ごしらえをするもよしだ」
「聞いての通りだが、どちらにする?」
「ちょっと待った」
私は今のウルスさんとバニシュさんの会話を前にし、頭を抱えながら話を止めた。
なんで、ウルスさんとバニシュさんが親し気に話してるの。まるで友達同士の会話を前にしているみたいで、私ビックリだよ。
「なんだ、アリス。何かおかしな所でもあったか?」
「……」
私は不思議がるウルスさんに、バニシュさんを指さして彼がおかしいと訴えかけた。
「ああ、バニシュの事か。彼とは色々とあってな……その、言い難いんだが……本当に色々あってな……」
ウルスさんの目が泳ぎ、とても言い難そうに言葉が濁って詰まる。
この反応は一体なんだ。私は考えて、まさかの可能性に辿り着いた。いやホント……まさかだよ。まさか2人がそういう関係に至ってしまうなんて、思ってもみなかった。
でも私も女同士で色々としている手前、何も言えない。むしろ受け入れよう。そして祝福しよう。
「オレの事は後でいいだろう。話の腰をおるのはいい加減にして、さっさと中に入ったらどうかね。それと飯か休息かさっさと選べ」
どうやらバニシュさんは照れているようだ。そうだね。こんな公衆の面前の前で、そんな事言えないよね。
「相変わらず、憎たらしい方です」
そんな言い方のバニシュさんに対し、テレスヤレスが腹をたてている。でも私は触手で彼女をなだめながら、歩き出した彼に続いておとなしく歩き出した。
私の予想とは少し変わった形でも、仲良くなれたみたいで良かったよ。