真剣な悩み
「アリス!最近フェイメラとアルメラがワシに冷たいのだが、どうすれば良いと思う!?」
カトレアが呼んでいると言うからテレスヤレスについてきたのに、その部屋には王様がいた。勿論カトレアもいるんだけど、ネルルちゃんが彼女の傍に立ってお茶を淹れていて、そのお茶を優雅に飲んでいる。
王様の事は無視しておいて、私はカトレアの隣に座った。すると、カトレアがイスを動かして私との距離をすかさず詰めて来た。そしてさりげなく私の手を握って来る。
「……」
なんていうか、嬉しいんだけどちょっと恥ずかしい。
私に表情があったら、赤面して俯いている所だ。
「なぁ、アリス。答えてくれ。フェイメラとアルメラが──」
でもカトレアと反対側に王様がイスを近づけて距離を詰めて来て、更に顔を近づけて来たので台無しだ。私は王様の顔を触手で押しのけながら、イスも触手で動かして自分から遠ざけた。
そして更に触手を伸ばすと、テレスヤレスを引っ張って来てそこに配置しておく。これで王様が私と距離を詰められなくなった。これでよし。
「アリス!答えてくれ!ワシは真剣なんだ!」
テレスヤレスの向こうで王様がまだ騒いでいる。目が血走っていて、本当に本気で思い悩んでいる事が窺い知れる。
王様の、フェイちゃんとアルちゃんに対する溺愛っぷりはけっこう凄くなっている。
特に私やフェイちゃんがいない間は、アルちゃんを寂しがらせないように王様がずっと構っていたと、テレスヤレスが言っていた。でもアルちゃんは王様を拒否するようになり、代わりにテレスヤレスと遊ぶことが多かったらしい。てっきり、フェイちゃんに強くなれないと強く言い放ったテレスヤレスを避けていると思っていたんだけど、そうでもなかったみたい。おかげでテレスヤレスも遊んでもらったと、喜んでいた。
それでまぁ王様の事だけど、たぶんベタベタしすぎなだけだと思うよ。王様は、2人にとってのおじいちゃん的な存在に成り下がっている。それはいい事だとは思うよ。2人を大切に想い、扱い、受け入れてくれているって事だからね。
では何故避けられるかというと、おじいちゃんなんだよ。年頃の、特に女の子はベタベタとしてくるおじいちゃんを避けるようになる傾向がある。王様はそれに該当しているんだと思う。
そんなおじいちゃんが、孫のご機嫌をとるためにとる行動はただ一つである。
「簡単な事。好きな物を買ってプレゼントすればいい」
「そ、そうは言うがな……年頃の女子の好みなどワシには分からんぞ。昔カトレアにプレゼントした、町で流行りの恋愛小説を渡した時は無言で死んだ魚のような目をされたし」
「そうなの?」
「はぁ……どこの世界に、年頃の女の子に官能小説をプレゼントする父親がいるんですか。しかも、登場人物が主人公とくんずほぐれずした後に何故か九割方非業の死を遂げる、意味の分からない官能小説ですよ。ただ、プレイ内容は参考になる所も……じゃなくて、アリス様は娘にそんな本をプレゼントする父親をどう思いますか?」
「死ねって思う」
「ですよね!」
過激な事を言ったけど、ホントそれくらいヤバイよ。もし王様がフェイちゃんとアルちゃんにそんな物をプレゼントした暁には、もしかしたら私怒って王様を食べちゃうかもしれない。
……でも、カトレアその本をちゃんと読んだんだね。もしかして、おませさんだったんだろうか。当時のカトレアも、見てみたかったな。そしてお姉ちゃんが色々と教えてあげたかった。
「昔の事はいいだろう!?とにかく何をプレゼントすれば良いか教えてくれ、アリス。アリスだけが頼りなのだ」
「……そういえば、アルちゃんがその王冠が欲しいと言っていた」
「これか!?これをプレゼントすれば、アルメラはワシにぞっこんか!?」
「父上?まさか、代々我がデサリット王家に伝わるその家宝を、本気でプレゼントするおつもりではありませんよね?」
「そ、そんな訳がないであろう。これは家宝だからな。ダメだ。やれん。……だが少し貸すくらいなら──」
「……」
「ダメか」
カトレアに無言で睨まれた王様が、項垂れた。
「心配しなくとも、アルメラさんは王様の方の事が好きですよ」
「本当か、テレスヤレス!?」
「はい。だって、よく王様の方の事を話していますから」
「そうか……!では後はフェイメラだな!フェイメラとも仲良くなれなければいかん!」
まぁ最近はお城で遊ぶ友達もたくさんできたし、たぶんそれで王様をかまう時間がないだけだろう。テレスヤレスの言う通り、たぶん嫌われたりはしていないはず。
「ちなみにアルメラは、父上の事をなんと言っていますか?」
「口が臭い、とか、肌の感触が気持ち悪いとか、ベタベタしないで欲しいとか、汚いとか、ですね。よく言っています」
子供って、そういう事ストレートに言うよね。私もし自分がアルちゃんにそんな事言われたら、ショックで寝込むわ。
でも王様はテレスヤレスからアルメラが王様の事が好きだと聞かされ、有頂天でそんな話は耳に入ってこないらしい。フェイメラちゃんをどうするか頭の中で画策しており、その事で頭がいっぱいだ。
聞こえていないなら、知らない方がいいだろう。実際テレスヤレスからもたらされたその情報は、嘘ではないとは思う。アルちゃんもフェイちゃんも、おじいちゃんの事は好きなはず。ただ、ベタベタしないでほしいだけである。
お年頃だからね。そればっかりは仕方ないんだよ。
「あの、ところで、お話があって皆さんにお集まりいただいたのでは……?」
「そうでした……」
ネルルちゃんが恐る恐る手をあげて言うと、カトレアが手に持ったティーカップを置いて話とやらを思い出した。
「父上がおかしな事を言い出したせいですね。すみません、アリス様。テレスヤレスさん」
「ワシのせいか!?」
「はい」
カトレアはきっぱりとそう言い放った。
王様は悔し気にするけど、何も言い返せない。私がこの部屋に訪れた瞬間から、嫌われたのがどうのこうのって騒いでいたからね。言い返しようがないよ。
「話とは?」
「実は、次のギギルスからデサリットへの交易隊に、魔族の方々が同伴するようなのです」
「……遊びに来るの?」
「半分は、交流が目的ではありますね」
「残りの半分は?」
「デサリットの護衛のためです」
「護衛?」
「はい。実は、ギギルスに来て欲しいと魔王様からの文が届いておりまして」
「レヴから?それはつまり、ギギルスにリーリアちゃんがいると言う事?」
私は食い気味にカトレアに向かって尋ねた。すると、カトレアはちょっと困ったような顔をして私に向かって微笑んだ。
「そこにリーリアさんがいるかどうかは分かりません。どうやらカラカスでの一件や、アリス様不在の中でのこのデサリットへの攻撃が上手く行かなかった事により、神に大きな動きがみられたようなのです。その対応を協議するため、ギギルスに集まって欲しいと言う事ですわ。詳しい話もそこでと書いてありました。ギギルスには、私とアリス様とテレスヤレスさんが行く予定です。そしてお二人がいない間の戦力の補填を、魔族の方々にお願いする……という形になります」
一瞬テンションがあがりかけたけど、そのテンションはすぐに下がった。でもギギルスにリーリアちゃんがいないと決まった訳ではない。期待はできる。
「分かった。行く」
だから答えは、勿論こうだ。
でも私とテレスヤレスがいないっていうのはちょっと心配だね。先日はまさに私の留守中を神様に狙われた訳だし、今回も留守を狙われる可能性がある。やっぱり私かテレスヤレスのどちらかは残った方がいいのではないだろうか。そこは、この町にやってきた魔族の戦力次第だね。