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普通だよ


 机の上に置かれたご飯は、いっこうに減る気配がない。皆一生懸命食べているけど、その限界は近づいていた。

 そこで私は触手を繰り出し、一気にご飯を食べて行った。せっかく作ってくれた物を残すのはもったいないからね。まぁ私が食べるのももったいない気がしないでもないけど、捨てられるよりはいいだろう。

 その食べっぷりを見て、イギータさんは私の頭を撫でて喜んでくれた。


 食べ終わったら本当は修行に出かけたい所だったんだけど、ミルネちゃんとフェイちゃんが話し込んでしまい、言い出せなくなってしまった。

 2人はさっきも言っていたけど、同年代の女の子が知り合いにいない。だから互いに対して興味津々で、話のネタが中々尽きてくれないのだ。

 フェイちゃんはお城で見ているので、同年代の友達がいないのを知っている。けどミルネちゃんもそうなのは意外だ。明るく社交的なミルネちゃんなら、同年代の友達くらいたくさんいてもおかしくはないと思うんだけど。


「イギータさん」

「ん。なんだい、アリス様」


 楽しそうに会話をしている2人を遠巻きに見ていたイギータさんの隣に、私は座りながら話しかけた。

 私も先ほどまでは2人と一緒に話していたんだけど、若い女の子の会話にいつまでもついてはいけない。だから退散して、大人のペアを作らせてもらった。


「アリスでいい。様はいらない」

「……本当に?」

「いい」

「……カトレアも呼び捨てにしておいてなんだけど、滅殺の悪魔を呼び捨てにするのはさすがに怖いね」


 彼女の様付には、違和感がある。だから私は自分からそう提案したんだけど、彼女自身が拒否反応を示した。

 滅殺の悪魔、か。私としてはそんなあだ名で呼ばれる方が失礼に感じるよ。ダサいし、まったくかっこよくない。


「ま、本人がそういうならそうさせもらうよ、アリス。という訳で、あたしもイギータでいい。さんはいらない」

「分かった」


 彼女はなんとなく、さんて感じだからそう呼んだんだけど、それは拒否られた。だから彼女はこれからイギータである。


「それで、何か用かい?」

「ミルネは、学校とかには行っていない?」

「学校ねぇ……。確かにあの子くらいの年の子は、学校で勉強の基礎を習うのが普通なんだろう。けどあの子自身がそれを望んでいない。そもそもあの子には身寄りがない。自分自身で稼ぐ必要があるのさ。と、思い込んでる。勿論、衣食住はあたしが保証してるよ。けど、あの子はそれで満足して働くのをやめて、自由に生きるって言う選択肢を選べない子なのさ。真面目なんだよ。子供なんだから、もうちょっと甘えてくれてもいいのに」

「イギータは、ミルネの保護者?」

「名目上はね。……カトレアに保護を頼まれて、正直最初は面倒な事に巻き込まれたと思ったよ。元奴隷の獣人族の女の子の保護とか、あたしには荷が重すぎる。でもとりあえず一週間だけと言われて預かったのが運の尽きだったね。何事にも一生懸命で、必死で、明るいあの子を見て、あたしはあの子の事を好きになっちまったのさ」


 ミルネちゃんのケモミミと尻尾の魅力を感じたのは、私だけではなかった。家族になれば、あのケモミミと尻尾は触り放題の、ナデ放題である。一週間……それはモフモフが手放せなくなる身体になるのに、充分な時間である。

 いや、イギータさんがそこで決め手になったのかどうかは分からないけどね。少なくとも私はあの動物的な魅力にやられているからさ。


「特にあの耳の触り心地が良いんだよ。あたしが寝てると、笑顔でさりげなくくっついて横に寝転がってくるのもいい。癒される」


 やっぱりイギータも私と似たようなもんだった。


「イギータは、一人でこの宿をやってるの?」

「ああ。元々この店は親戚のおっさんが一人でやってたんだけど……死んじまってね。あたしが受け継ぐ事にしたんだ。最初は上手くいってなかったけど、料理が評判になってね。今じゃ宿はオマケで、料理がメインで稼がせてもらってるよ」

「……これは、提案。もしお店が困ったり、イギータに反対する理由があるなら断っていい」

「なんだい、改まって」

「フェイは学校には行かず、お城で勉強している。そこに同世代の子はいない。こうやって仲良く話しているフェイとミルネを見ると、同世代の子と一緒に勉強が出来たら、いい刺激になるんじゃないかと思った」

「それはつまり……お城でミルネに勉強を教えてくれるって事かい……?」

「そう。お金はたぶん、いらない。もし必要になっても、私が出来る限りは支援する」

「金の心配はしてないよ。あたしに反対する理由はない。……あの子は、獣人族だ。獣人族のあの子が学校に通い出したら、あの子自身が傷つけられる可能性がある。あたしはその可能性も考慮して、あの子が望まないなら学校なんて行かなくてもいいと思ってた。けど、城で教えてくれるってなら反対する理由はない。フェイメラもミルネと仲良くしてくれそうだし、願ったりかなったりだ」


 傷つけられる可能性とは、虐められる可能性と言う事だろう。私には本当に理解しがたい話なんだけど、獣人族差別がミルネちゃんには付きまとう。

 そこまで考慮して、イギータはミルネちゃんを学校に通わせる事に否定的だった。


「でも問題はミルネが行ってくれるかどうかだね……」

「ミルネは学校に行きたくない?」

「さっきも言ったけど、あの子は真面目だ。働かないと、ここに住む資格がないと思い込んでる節がある。あたしはまだ、真の意味であの子の家族にはなれていないんだよ。あたしはもう、家族のつもりなんだけどね。……ママって呼ばれたい」


 おおっと……。最後のイギータの願望は聞かなかった事にしておこう。


「ミルネ。ちょっとこっち来て」

「はい!なんでしょう、女将さん」


 イギータが声を掛けると、ミルネちゃんは軽快な動きでやって来た。そしてイギータの前に立ち、イギータの顔を覗き込むようにして首を傾げる。


「えっとね、ミルネ。あんた、城で勉強を習うつもりはないかい?」

「お、お勉強ですか?お城で?」

「そう。フェイメラが城で勉強してるんだけど、そこであんたにも教えてもらえるらしい。アリスからの提案だ」

「ミルネちゃんも一緒にお勉強できるんですか!?」


 そんな提案に一番目を輝かせたのは、フェイちゃんだ。

 でも一方でミルネちゃんの表情は暗い。耳はたれ、尻尾も垂れ落ちている。


「私は、女将さんのお手伝いをしてお金を稼がなければいけないので……ごめんなさい、アリス様」

「いい機会だから、言っておくよミルネ。あたしはあんたを、家族だと思ってる。ここで店を手伝ってくれるのは嬉しいし、あんた目的で来る客もいるからあたしも嬉しく思う。たまに変な客もいるけどね。だから、あたしが何を言いたいのかって言うと……働くとか働かないとかじゃなくて、あんたは大人になるまで、家にいてくれればそれでいいんだ。子供って、そういうもんだろう?」

「……私だって、女将さんの事は大好きです。でもいきなりこんな……獣人族が一緒に住む事になって、ご迷惑をかけて申し訳ないです。家に置いてくれるだけでも嬉しいのに、それなのに自分は勉強をするとか、我儘です」

「あんたが家に来てから、一度も我儘を言った事がないじゃないか。あたしはあんたが勉強したいというならそうさせてやりたいし、でもあんたの自由を奪うつもりもない。我儘も、ちょっとくらい言ってもらいたい。ただ、傍にはいてほしいと思うけどね。いい機会だし、あんたがよければ勉強を受けさせてもらっていいと思う。……どうかな?」

「……」


 ミルネちゃんは俯き、黙ってしまった。耳は垂れ下がり、尻尾は時折立ち上がるけど、すぐにシュンと垂れ下がってしまう。


「ミルネは、勉強したい?」

「したいです。バカにされないよう、賢くなりたいです」

「じゃあ、そうすればいい。イギータも、ミルネがそうしたいと思うならそうするように望んでいる」


 ミルネちゃんが、静かにイギータの方を見た。イギータは笑顔で頷いてミルネちゃんに応えると、ミルネちゃんの覚悟が決まったようだ。


「本当に、いいんですか?お仕事をしないで、お勉強をして……」

「ああ。でもちゃんと毎日ここに帰って来ておくれよ」

「は、はい!帰って来ます!お勉強が終わったら、お仕事もします!」

「それは嬉しいけど、無理はしなくていい。疲れたらちゃんと言うんだよ」

「はい!」


 話は決まった。ミルネちゃんはフェイちゃんと一緒に、お城で勉強を受ける。まだちょっと負い目はあるみたいだけど、それは始まってしまえばさしたる問題だろう。


「アリス様!私、お勉強をしてみたいです!どうか、よろしくお願いします!」

「あたしからも、よろしく頼むよ」


 それからイギータとミルネちゃんが、私に向かって深々と頭を下げて来た。

 別に私が勉強を教える訳ではない。なので頼まれるのは私じゃないんだけどね。でも提案した手前、責任はあると思う。


「うん。頼まれた」

「やった!ミルネちゃんも、私と一緒にお勉強できるんですね!」

「うん!楽しみ!」


 話がまとまると、フェイちゃんがミルネちゃんの手をとって喜んだ。ミルネちゃんもその手を握り返し、2人で勉強できることを喜び合う。

 なんて美しい光景なのだろうか。2人は是非ともこれからもっと仲良くなってもらい、手を繋ぎ抱き合いそしていつしかちゅーまで……なんか、最近自分の性癖が歪んできた気がする。リーリアちゃんやカトレアとそういう関係になってからだ。

 ま、別に問題はない。可愛い女の子が仲良くする姿を望んで想像しただけだからね。普通だよ。普通。


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