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お姫様に必要な物


 私たちの前には、朝っぱらから食べるにはちょっとキツイ量のご飯が並べられる事になった。次から次へと運ばれてくる、女将さんの料理。料理はミルネちゃんが手際よく運んでくれて、私たちの前に置かれた机の上は、美味しそうな料理で埋め尽くされる事となった。


 どうやら、女将さんのスイッチが入ってしまったらしい。

 最初は笑顔でたくさん食べろと冗談ぽく言っていたけど、全てを作り終わってからちょっと作り過ぎたと呟いて、今は私達と同じ机を囲んで座って一緒にご飯を食べている。ミルネちゃんも、ね。


「女将さんのご飯、相変わらずおいひいです……!」


 ご飯を食べるミルネちゃんはスプーンを手に、本当に美味しそうな満面な笑みを浮かべている。その耳をパタパタとはためかせ、尻尾はふりふりと振られていて感情が顔以外にも溢れてるね。

 本当に、獣人族って可愛い。

 どうやらこの世界には、一部の人間が獣人族を差別する訳の分からない習慣が身に付いているみたいだけど、私には考えられないね。こんなに可愛い獣人族を差別とか、本当にありえない。むしろ私なら、存分に可愛がりたいと思う。


「そうかい?ほら、もっと食べな。フェイメラも、遠慮するんじゃないよ。ミルネに食べられないように、たくさん食べな」

「は、はい!いただきます!」


 フェイちゃんも、ミルネちゃんに負けじと美味しそうにたくさん食べている。

 きっと、女将さんの料理は本当に美味しいのだろう。今の私にはよく分からないけど、2人を見ていれば分かる。


「アリス様も、遠慮しなくていいんだからね。ほら」

「……ありがとう」


 女将さんが、大皿から小皿に大量に移して乗せたピラフのようなご飯を、私の前に置いてくれた。前の世界なら、卒倒する量だね。でも今の私なら全然食べられる。味は良く分からないけど。


「あー……えっと、アリス様。カトレア、様は……元気かい?」

「カトレア?」


 突然、聞きにくそうに女将さんに尋ねられ、私は食べるのを中断して首を傾げながら聞き返した。

 このタイミングでカトレアについて聞かれるとは思わなくてね。だって女将さんは宿の女将さんだし、カトレアはこの国のお姫様。2人に接点なんてなさそうだし、だから不思議だった。


「そう、カトレア。様」

「……元気」

「そうかい、元気かい。なら、良かった」

「……」


 元気と聞いて、それだけで女将さんは満足だったようだ。ニコやかにご飯を食べるのを再開し、私も手に持ったスプーンで目の前の山を崩して食べ始める。


「いやいやいや、女将さんお姫様とお知り合いなんですか!?」


 黙って食事を再開した私たちの代わりに、ミルネちゃんが凄い勢いで女将さんに迫ってそう聞いた。


「ん?そだよ」


 そして驚いているミルネちゃんに対し、当然の事のように答える。

 接点はなさそうだけど、同じ町に住んでるなら知り合う機会もあるんじゃないかな。私も別に驚くような事でもないと思う。


「カトレア様と、その……女将さんは、どのようなご関係なのですか?」

「そういえばまだ名乗ってなかったね。あたしの名前は、イギータ」

「イギータさん」


 名前:マリダス・ダリーシャ・エンシェント 種族:人間

 Lv :177  状態:普通


 女将さんは、イギータと名乗りつつステータスにうつる名前は違う。そしてレベルがめっちゃ高い。ただの人ではない事が私には丸わかりである。

 まぁ偽名を使っている理由は分からないけど、イギータと名乗るなら彼女はイギータさんと言う事にしておいてあげよう。私優しいので。


「ん。聞きたい?あたしと、カトレアの関係を」

「興味あります!」

「私も知りたいです!」


 ミルネちゃんとフェイちゃんは、興味津々だ。それに気をよくした女将さん改め、イギータさんが私の方を見て来た。


「十年くらい前になるかね。この宿を開いてまだ間もない頃、あたしの店の前に一人の小さな女の子がいたんだ。その子はアリス様みたいにフードを被って顔を隠していて、それと何かに酷く怯えていた。その内雨も降りだしちまったから、あたしはその子を店の中にいれてやったんだ。それで飯を作って食べさせてやった。美味いって食べてくれたよ」

「もしかしてそれが、カトレア様だったんですか?」

「ま、そういう事」

「へー!カトレア様、お姫様なのにお城を抜け出して来たんですか!?」

「……カトレアにも、事情があるんだよ。あの子には特別な力が宿ってる。その力が暴走して、周りを不幸にしちまったのさ。それで怖くなって、お城を抜け出してあたしの店の前にいたって訳」


 イギータさんは、もしかしたらカトレアの魅了の力の事を知っているのかもしれない。今の台詞からそう感じ取れる。


「あの子は凄く良い子だよ。周りの不幸で、あそこまで傷つける子はそういない。でも優しいが故に、苦しかったんだろうね」

「カトレア様に、一体何があったんですか……?」


 フェイちゃんが恐る恐るそう尋ねた。私たちの知らないカトレアの過去を、カトレアの許可を得ずに知るのはいいのだろうかという迷いはある。

 けど、私も知りたい。他でもない、私が好きなカトレアの事だからちゃんと知っておきたい。


「……この国じゃ、ちょっとした有名な話さ。カトレアと将来結婚する相手の話で、貴族同士が言い争いをして殴り合いに発展。その争いは貴族同士の権力争いにまで広がって、血が流れた。カトレアはその事がショックで、家出してきたんだよ」

「十年前って、カトレア様が何歳の時なんですか?凄くお若いというか……幼いと思うんですが……」

「そうだねぇ。フェイメラとミルネよりも若くて、小さかったよ。そんな子の結婚相手で争うなんて、ホントどうかしてると思う。けど本当にあった事なんだよ」

「それ、知ってる。ロリコンっていう奴ですね!」


 ミルネちゃんが頬に食べかすをつけたまま、ドヤ顔でそう言い放った。

 その顔は反則可愛すぎる。そんな顔されると、持って帰ってたっぷりと愛でたくなってしまうじゃないか。


「ぷっ。そうだね。けど貴族たちは別に自分が結婚したい訳じゃなくて、たぶん幼いながらも美貌を兼ね備えたカトレアをその手に収めたかっただけなんだよ。……いや、それがロリコンっていうのか」


 イギータさんはそう言って笑いながら、ミルネちゃんの頬の食べかすを取ってあげた。そしてその食べかすは自分の口の中に放り込む。

 それを見てミルネちゃんは照れたように笑った。

 イギータさん、まるでお母さんのようだね。


「ま、そんな事があったんだけど、この宿で飯を食ったら元気になって城に帰って行ったよ。実は、それからもちょくちょく顔を出すようになってね。ミルネがうちで働くようになったのも、カトレアとの繋がりがあったからさ」

「そうだったんですね!」


 そう聞いて、ミルネちゃんは嬉しそうに笑った。

 カトレアとイギータさんの出会いがなければ、イギータさんとミルネちゃんの出会いもなかったという訳だ。そう考えると、奥が深い。


「……アスラの連中が攻め込んできた時、カトレアはこの町の人が助かる方法を必死に探してくれて、最善策をとろうとしていた。けど、あの方法だと大勢の命が失われていた事には変わりない……アリス様がこの国を助けてくれて、あの子は本当に救われたんだよ。それでもたぶん、あの子の事だから失われた命に心を痛めているだろう。あたしがこういうのもなんだけど、アリス様。あの子を支えてやってよ。あの子はきっと、あんたみたいなのが守ってやらないとダメな子なんだ」

「……」


 カトレアは、私と初めて出会った時から私に対する好感度が高かった。彼女は無意識に寄り添える人を求めていて、私と出会う事によって寄り添える人を見つけた。

 あの猛アタックは勿論感謝の印もあるんだろうけど、彼女の本能がそうさせた一種の防衛行動なのかもしれない。最初はちょっとヤミ気味で怖いお姫様だと思ったけど、そういう事情があったんだね。そう思うと、更にカトレアの事が可愛く思えて来た。帰ってたくさんちゅーをしてあげたいと思った。


 もしかして、ついに私もカトレアに魅入られてしまったのかな。……今更か。


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