騎士様みたい
男達が去っていき、店内は静かになった。でも机がいくつか破壊され、よく見たら床板も壊れて穴があいている。
ミルネちゃんの心にも傷を負わされ、中々の被害だ。私のお店じゃないのに、腹がたつ。
「あ……べ、弁償させないと!」
「いいよ、もう」
男達を追いかけようとしたミルネちゃんを、女将さんが首襟を掴んで止めた。
「で、でも……私のせいで、お店が……!」
ミルネちゃんは涙ながらに女将さんに訴えかけるけど、ミルネちゃんのせいというのは違うだろう。見てたのは途中からだけど、男達が悪い。それでも自分に責任を感じてしまうのは、彼らがミルネちゃんが獣人族である事を責めるような事を言ったせいかな。
「一体何があったんだい?」
「……あの人たちが、今日泊まってやるから宿代を安くしろって。出来ませんって言ったら、急に怒鳴り出して……私のせいで臭いから、安くしないのはおかしいって言って……!」
「それじゃあやっぱり、あんたは悪くないじゃないか。臭くもないし、適当な事を言うアイツらの事を気にする必要なんかないよ。……怖かったね。大丈夫かい?」
「……はい」
女将さんがミルネちゃんを優しく抱きしめ、そして慰めてあげる光景は見ていて安心できる。
ミルネちゃんは、本当に良い人の所で働けているんだね。奴隷だった彼女は今、優しく接してくれる人の下で働いていて、だから周囲にも明るく接する事が出来るのかもしれない。
「で、この人たちは?子供と……滅殺の悪魔──いや、アリス様だよね」
「そ、そうでした!アリス様と……えっと、私をあの人たちから庇ってくれた方です!」
ネルルちゃんは女将さんの抱擁から抜け出すと、恥ずかしそうに顔を赤く染めながら私とフェイちゃんを女将さんに紹介した。
「アリス様の弟子の、フェイメラと申します。お店の前を通りかかった時、大きな声が聞こえてきて中を覗いたら大変な事になっていそうだったので……差し出がましいとは思いましたが、間に入らせていただきました」
お、おおう……。なんか、礼儀正しくしっかりと受け答えをするフェイちゃんを見ていると、自分という存在が小さく思えて来た。私には、とても真似できないような立派な受け答えだよ。それを私よりも年下の女の子がしてみせている。
「アリス様の、弟子……!」
「え、えと……」
ミルネちゃんが輝いた目でフェイちゃんを見て、尻尾を振りだした。どうやら興味を持たれたらしい。
「ミルネから話は聞いてるよ。前にアリス様とお出かけをしたって、楽しそうに話してくれた。この子と仲良くしてくれて、ありがとね。あと、この子を助けてくれた事も、ね」
「……別に、いい」
「しっかし、アリス様って案外普通だね!とんでもない化け物だと思ってたけど、こうやって間近で見ると可愛いじゃない!」
女将さんが私の肩に手を回してくっついてきた上で、頭をちょっと乱暴に撫で回して来た。
ちょっと驚いたね。私とこんな風に接して来るのって、カトレアとリーリアちゃんくらいだから。しかも初対面でとなると、カトレアくらいか。
「お、女将さん!アリス様に失礼な事しないでください!」
「おっと、ごめんごめん」
そんな女将さんの行動を、ミルネちゃんが間に入って引き離す事で止めてくれた。そして自分はさりげなく私の腕を掴み取り、くっついてくる。
そして改めて思った。先ほど男達は、ミルネちゃんの事を臭いのどうのと言っていたけど、本当にそんな事はない。
「ミルネは、とても良い匂い。とても美味しそう。私が保証する。だから、男達の言葉は気にしなくていい」
「え、えへへ。そうですか?」
「あんた……ミルネを食べるつもりかい?」
「っ!」
女将さんの質問に、照れていたミルネちゃんの身体がビクリと震えた。そしてかろうじて腕にくっついたまま潤んだ目で私を見つめて来る。
「食べない」
私の答えを聞いて、ミルネちゃんは胸を撫でおろした。
そりゃあ、出来る事なら食べてみたいけどね。でもそれは私のポリシーに反する。絶対に、断固として食べない。だから安心してほしい。
「ところでその武器は?」
フェイちゃんの足元には、先ほどの男達の武器が置かれている。宿には似つかわしくないゴツイ武器達は、さすがに目立つ。
「先ほどの方たちの、忘れものです」
「ふぅん。丁度良いや。それを売って金にしよう。そうすれば店の中を直して釣りが来そうだ。迷惑代って事で、全部もらっておこう」
「い、いいんですか?そんな事をして……」
「いいんだよ!忘れて行ったアイツらが悪いんだし、それに店を壊したのもアイツらだ。相応の罰を与えないとね!」
「私も、それくらいいいと思う。彼らはそれくらいの事を、このお店とミルネにした」
「話がわかるね、アリス様!ちょっと飯食っていきな!すぐに用意するからさ!」
女将さんは笑顔でそう言うと、有無を言わさずお店の奥へと消えて行った。
なんか、良い性格の女将さんである。ミルネちゃんには優しいし、やる事は豪快で話を聞いているだけで面白い。
「すみません。女将さん、勝手な人で……」
確かに勝手ではあったけど、今日は偶然朝ご飯はまだ食べていなくて、町中をぶらぶらしながら何かを食べる予定だった。なので、フェイちゃんも問題ないはず。むしろお腹がすいているはず。
「別にいい。少しだけ、お世話になる。フェイも、それでいい?」
「は、はい。アリス様がいいなら、私も大丈夫です」
「……」
「……」
私は店内の空いている適当な席に座っていると、気づけばフェイちゃんとミルネちゃんが対面して立ったまま黙ってしまっていた。
2人とも、私と同じコミュ障という訳ではない。むしろ私と違ってコミュ力のある陽キャである。特にミルネちゃんはね。
だから、そんな2人が緊張した面持ちで何も喋れず見合ってるのは、新鮮で面白い。
「ミルネは、獣人族の女の子。この宿で働いてる。フェイメラは、私の弟子の女の子。王族ではないけど、訳があってお城で一緒に住んでる」
仕方がないので、助け舟を出してあげた。2人の名前を教えてあげて、それで様子をうかがう事にする。
「み、ミルネさん……」
「フェイメラさん……」
「よ、よろしくお願いします、ミルネさん」
「こちらこそ、よろしくお願いします!私同世代の女の子と話す機会があまりなくて、どう話したらいいか分からなくて……し、失礼しましたっ」
「謝る必要なんてありません!それは私も同じで……なんというか、緊張してしまいました」
「同じ、だったんですね!えへへ、良かった」
「はい!えへへ」
フェイちゃんとミルネちゃんが、緊張の解けた様子で笑い合う。
2人とも、ただ同年代の女の子を前にして緊張していただけだったようだ。話し出せばすぐに緊張も解けて、普通に話し出している。
この2人、案外相性がいいのかもしれない。まだ出会ってほんの数分しか経っていないけど、笑い合う様子を見て私はそう思った。
「改めて、お二人とも助けてくれてありがとうございました。本音を言うと、凄く怖かったのでお二人が助けに入ってくれて、凄く嬉しかったです」
「悪いのはどう考えてもあの人たちだったので、私は当然の事をしたまでです」
「ありがとうございます。フェイメラさん、まるで騎士様みたいでカッコよかったです!」
「騎士……!私が……!」
そう褒められ、フェイちゃんが心をときめかせている。
フェイちゃんは、大切な人を守る事ができるナイトのような存在に憧れを抱いている。憧れの存在みたいと言われ、喜んでいるようだ。
そう思われる事ができたのは、フェイちゃんの努力のたまものだ。フェイちゃんは修行は勿論、勉強も頑張って来て今に至っている。彼女の努力が報われたみたいで、私も嬉しい。
「……良かったね」
「……」
褒めながら触手を伸ばし、触手で頭を撫でてあげると、フェイちゃんは顔を伏せながら頷いた。
その顔は見る事が出来ないけど、でもきっと照れて喜んでいるはず。
でもまぁ、本当に騎士様になるには、もうちょっと強くならないとね。ここで調子に乗っていたらダメだよ。
そんな余計な事は言わないで、今だけは彼女の頭を撫でて褒める私であった。だって、照れるフェイちゃんが可愛いので。