ヤバイ
骸骨の巨人は一体だけではない。一体食べた所で別の骸骨が大きな剣で襲い掛かって来て、私を殺そうとして来た。
私はフィールンで糸を伸ばしてその攻撃をかわすと、距離をとってステータスを覗いてみる。レベルは先ほどの骸骨と変わらない。スキルも同じだね。つまり格下という訳だ。
なぁんだ、つまらない。彼らになら、先ほどは偉そうなおじさんによって防がれた魔法が通用するかな。ちょっと試してみよう。魔法の経験値も稼いでおきたいしね。
テラ!
魔法を発動させると、骸骨の地面が隆起して骸骨に襲い掛かる。地面の先端が骸骨達にヒットすると、彼らは苦し気な声をあげるけどそれほどダメージは通っていないようだ。
剣で隆起した地面を払い、攻撃を防いでからこちらに向かって駆け寄ってくる。
ダメージが入っていない訳ではない。証拠に、HPは少し減っている。本来はこうやって地道にHPを減らしながら倒す物なんだろう。
スキルイーターが強すぎて、攻撃が効いていないように感じてしまうんだよね。
ま、面倒だし魔法はここまでにして食べちゃおうか。
「──待て」
偉そうなおじさんの命令を受けて、私に向かって来ようとしていた骸骨の動きが止まった。
君たち、犬か何かなの?せっかく私を殺そうとしてるんだから、意思を曲げずにそのままおいでよ。食べてあげるから。
「ただの醜悪な魔物に、これ以上部下をやらせる訳にはいかないのでね。仕方ないからオレがやるから下がってろ」
「はっ……」
命令を受けた骸骨たちが引き下がり、代わりに偉そうなおじさんが私に向かって歩いて来る。
骸骨は雑魚だけど、このおじさんは間違いなく強い。気を引き締めなければやられるのは私の方だ。構えて睨みつけていると、おじさんの姿が視界から消えた。
──え?
次の瞬間に、身体に衝撃を受けた。気づけば私は勢いよく高度をあげていき、そして天井に激突。
その際に見下ろすと、私がいた場所に偉そうなおじさんが立っている。どうやら私はおじさんに、サッカーボールのように蹴り上げられたようだ。
そして再びおじさんが姿を消した。気づけばおじさんがジャンプして目の前にいて、その鋭い爪を構えている。
ガオウサム!
私は蜘蛛の毒を食べて覚えた魔法を放つと、私の周囲を緑色の毒霧が包んだ。でも当然のようにおじさんには効かない。怯んだ様子も見せない。
そして気付けば爪が振りぬかれていた。動きが速すぎて、何も見えやしない。何がおこったのかも分からないけど、確かなのは私の身体が切り裂かれ、腕が一本斬り落とされたと言う事。
「──む?」
だけどただでは終わらない。私はおじさんの構えから爪が来る方向を予測して、口を開いて待っていたのだ。その予測が的中し、口に入ってきた爪を食べると残る先端側の爪がポロリと落ち、おじさんは爪を一本を失った。
それで怯んだのか、おじさんは私を再び蹴り飛ばして今度は地面に叩きつけて来た。自らは私から少し離れた所に着地し、一旦距離を取ってくる。
地面に叩きつけられた私は、ガバリと起き上がるとおじさんの姿を見据えてすぐさまファイティングポーズをとった。一瞬でも見逃したら、どこにいるかも分からなくなってしまいそうだからね。いや見てても分からなくなるんだけど。でもこちとら必死です。
しかも先ほどおじさんに切られた腕が、中々回復して来ない。あのたったの一撃でHPをごっそりと
持っていかれてしまったので、再生が間に合わないのだ。
あと、蹴られた所がめちゃくちゃ痛い。痛すぎる。もしかしたら凹んでいるかもしれない。いいや、絶対に凹んでるね。
ヤバイ。ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイ。
私の頭の中はもう全てがその文字で埋まっている。
まず、動きが速すぎるのがヤバイ。攻撃が見えなければ食べて防ぐ事も難しい。先ほどのはただのまぐれである。爪の切れ味もヤバイ。見てよ、天井を。大きな爪痕が残っており、でも爪の切れ味が鋭すぎるせいかその傷跡はキレイで、骸骨の攻撃によっておきたような崩落がおきる気配もない。
私はミスを犯した。この偉そうなおじさんとのレベル差は、まだまだあまりにも大きすぎる。喧嘩を売るべきではなかった。早計だったのだ。
ここは、逃げるべきである。
復讐なんてまた今度で良い。ここで殺されたら、復讐するどころではなくなってしまう。私はおじさんを見つつも密かに周囲を見渡しながら、逃げ道を探す。
「醜悪な化け物ごときが、オレの爪を食いやがった……。ゆるせねぇな、おい」
ひっ。
空気が変わった。これまで感じた事のないような大きな恐怖心が全身を包み込む。その恐怖心を生み出させているのは、私と対峙する偉そうなおじさんだ。おじさんの全身から黒い瘴気のような物が溢れ出し、彼の怒りがその見た目や空気から私に伝わってくる。
彼は私に爪を食べられてしまった事を、大変怒っていらっしゃるようだ。私を殺気の籠もった目で睨みつけ、何がなんでも殺してやろうと言う気迫を感じる。感じてしまう。
先ほど手に入れた、『感覚強化』のせいかな。感覚がいやに研ぎ澄まされて、おじさんの迫力だけで気絶してしまいそう。
おじさんがゆっくりと動きだすと、突然おじさんの長い爪がポロリと剥がれ落ちた。それでおじさんの手が普通の人の手のようになる。
と、次の瞬間、おじさんの目の前の空間に黒い穴が開いた。私はそれを知っている。それは亜空間操作だ。中に色々と詰め込んでおける、便利スキルである。
おじさんはその中に手を突っ込んで出すと、その手に剣が握られていた。穴から出て来た剣は黒く禍々しい剣で、それを掴んで使うために偉そうなおじさんは爪を外したんだね。
ていうかその爪、外せるのね。だったら一本くらい私に食べられたくらいでそんなに怒らなくてもよくない?
「細切れにしてやる」
おじさんがそんな不気味な事を呟くと、突然私の視界が激しく揺れだす。身体の中を、何かが通り抜ける。何度も、何度も。何度も何度もだ。それはまさに一瞬の出来事であり、何もかもが目で追えるような物ではなかった。
やがてボトリと地面に落ちた私の身体は、肉片と化していた。
ああ……。私、おじさんに斬り刻まれてバラバラになったんだ。そこに至り、ようやく私は理解した。
そして前と同じようにおじさんに見下される。ゴミを見るような目。そしておじさんの足に踏みつぶされ、私の視界は暗闇に包まれた。