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夢の中で


 いやぁ、驚いたね。凄く驚いた。

 殴られたカトレアは驚愕の表情を浮かべ、フェイちゃんは口を手で覆って固まっている。私は無表情だけど、内心はめっちゃビビっている。


「ふぅ。どうですか、カトレア様。これでも私が貴女に魅了されていると言えますか?」


 ネルルちゃんは一仕事してやったぜみたいに息を吐くと、笑顔でそう尋ねた。

 なんか、その姿がカッコイイを通り越して怖くなってきた。何の躊躇もなくカトレアを殴るネルルちゃん。殴った後、笑顔で尋ねるその姿。ネルルちゃんの肝っ玉は、一体どうなっているのだろうか。


「……いえ。思いません」

「そうですよね。カトレア様は確かに魅力的な女性だとは思います。美しく、笑顔を絶やさず、優しくて、時に蠱惑的で……皆の憧れの的で、それは間違いないです。もし貴女が私の前でピンチに陥ったら、命を懸けて守ろうとするでしょう。でも貴女のために誰かを裏切ろうなどとは考えません。本当に貴女の事が好きな人は、そんな事はしないものです。だから、自分を責めないでください」

「……でも……いえ、はい……」


 カトレアは尚も何か言おうとしたけど、言うのをやめた。

 その気持ちを私は理解できてしまう。今のネルルちゃんは、有無を言わさない迫力がある。それに何か反論したら、また殴られそう。だから黙ってネルルちゃんの言う事を受け入れて、正解だと思う。


「……」


 私は黙ってネルルちゃんの頭の上に手を置いて、その頭を撫でた。


「アリス様?」

「……ネルルは、凄い」


 本当にそう思いながら、彼女の頭を撫でる。

 ネルルちゃんは何故か意味が分かっていないようだけど、自分が本当にすごい事をやってのけた事を自覚してほしい。このメイドさんは、やっぱり優しくて可愛いだけじゃない。


「ぷっ、ふふ。あは、あははははは!」


 突然カトレアが笑い出した。今まで見た事のない、大爆笑の姿である。

 もしかして、ネルルちゃんに殴られておかしくなってしまったのだろうか。元々ちょっとおかしくな所もあったけど、ネルルちゃんの一撃がトドメになってしまったのかもしれない。


「私、生まれて初めて誰かに殴られましたわ。殴られるとこんなにも痛いのですね。でも不思議と癖になりそうな感覚です。でもまさか、ネルルに殴られるなんて思ってもみませんでした」


 そりゃあ誰もカトレアを殴ろうなんて思わないだろう。魅了のスキルのせいもあるだろうけど、そもそも大前提として彼女はお姫様だ。殴られる理由がない。殴ったら大変な事になる。

 まぁ食べ物がなくて皆が飢えているのに、パンがないならケーキを食べればいいとか言い出したら、殴られるだろうけど。


「あ……あ、あわ、あばばばば……」


 するとネルルちゃんが突然震えだした。ここまで堂々とカトレアを言いくるめ、殴った後も毅然とした態度だったのに、今更ながらに色々と気づいたようだ。

 自分がしでかした事の、重大さにね。


「も、申し訳ありません!私何も考えていませんでした!カトレア様のお顔をな、殴るなんて……死罪です!私死罪ですか!?」

「ふふ。勿論、無罪ですよ。ありがとう、ネルル。貴女に殴られたおかげで私も少しは気が晴れました。貴女が私の傍でメイドをしてくれている事を、私は誇りに思います」

「……」


 そう言われてもと言った様子で、ネルルちゃんの顔面は青ざめたままだ。だから私は彼女の頭を撫で続ける。


「夜風が少し冷たいですし、お部屋に戻りませんか?」

「そうですね。そうしましょう」


 フェイちゃんの提案に乗り、カトレアが上機嫌に歩き出す。

 それにフェイちゃんがついて歩き出し、私と顔面蒼白のネルルちゃんも続いて部屋に向かって歩き出した。

 どうやらカトレアは、吹っ切れたようだ。それもこれも、ネルルちゃんの強烈な一撃のおかげである。私としたキスよりも、カトレアにとってはたぶん強烈だったんじゃないかな。

 なんにしても、カトレアに元気が出たようで良かった。私はそこに一番安心する事が出来て、この後は何の憂いもなくよく眠れそうだ。

 一番の功労者のネルルちゃんは震えているけどね……。とりあえず今日は一緒に寝てあげて、慰めてあげようと思う。




 次の日の朝、私は人の温もりを感じて起きた。

 目を開けば眼前におっぱいがある。私はそのおっぱいに顔を埋めた上で、手で顔を抱き締められているようだ。視線をあげると、ネルルちゃんの寝顔がある。

 そういえば、昨日は震えるネルルちゃんと一緒に寝てあげたんだっけ。皆それぞれのベッドに戻って行く中、ネルルちゃんはどさくさに紛れて私のベッドに寝かせたら黙って一緒に寝てくれた。

 いや、本当は拒否されると思ってたんだけどね。よっぽどカトレアを殴った事がショックだったのか、私のベッドに寝かせても全くの無反応だったのだ。

 そして朝チュンだ。日が昇って明るくなった窓の外で、鳥さんがちゅんちゅん鳴いている。


「……ネルル」

「ん……アリス、様?」


 声をかけたら、ネルルちゃんが静かに目を開いて胸に抱いている私を見て来た。すると、その顔が見る見るうちに赤く染まって行く。


「アリス様!?」


 改めて私の名を呼ばれた。そして驚いたように私から手を離し、ベッドの端へと移動。その場に座り込み、自分の身体を掛布団で隠す。

 普段はメイド服姿の彼女が、今は寝間着の薄いパジャマ姿だ。メイド服姿が一番よく似合う彼女だけど、勿論この姿も可愛いし、ボタンが外れていてセクシーで食べてしまいたくなる。


「おはよう、ネルル」


 私は挨拶をしながら枕元に置いてあるフードを手に取ると、それを頭に被った。


「お、おはようございます……」

「よく眠れた?もう、震えてない?」

「は、はい。おかげさまで、気持ちよく眠れました……」

「なら、良かった」

「っ!わ、私、着替えて来ます!朝の支度をしなければいけないので!」


 顔を赤くしたまま、ネルルちゃんはベッドを飛び起きて更衣室へと行ってしまった。

 誰かと一緒に寝て、誰かと一緒に起きるのって久々だったな。リーリアちゃんと、もっと抱きしめあいながら眠りたい。そんな私の欲求を、私は身勝手にネルルちゃんにぶつけてしまったのかもしれない。

 でもまぁ、ネルルちゃんの抱擁も勿論気持ちよかった。良い匂いだったし、何よりネルルちゃんは密かにおっぱいが大きい。その胸に包まれると幸せな気持ちになれる。


「ぐへへ……アリス様……もっとたくさん、アリス様の可愛いお姿を見せてください……。どこにも逃げ場はありませんからね。どれだけ嫌がっても、私の好きにさせていただきますわ」

「んんぅ……だ、ダメですよ、アリス様。こんな所で、カトレア様とネルルさんと、そんな……え、えぇ?わ、私も?ダメです……わ、私はー……」


 まだ起きていない、カトレアとフェイちゃんの寝言が聞こえて来た。

 2人とも、一体どんな夢を見ているのだろうか。カトレアは枕をぎゅっと抱きしめ、フェイちゃんは掛布団をベッドの下に落とし、仰向けでおへそを出した状態で寝言を言っている。


 気持ちよさそうに寝ているので別に良いけど、夢の内容については触れない方が良さそうだ。


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