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月夜の告白


 静かに涙を流していたカトレアの隣に並び、私もその景色を眺める事にする。

 月明りに照らされた町には黒い煙がたちこめていて、夜中だというのに何か燃やしているのかな。それともただ火を消していないだけ?


「起こしてしまったみたいですね。すみません」

「……何故、泣いてたの?」

「恥ずかしい所を見られてしまいました……。なんでもありませんよ。アリス様が心配するような事は、何もありません」

「……」


 本人がそう言うなら、深く追求するつもりはない。

 私は黙ってカトレアを同じ風景を見続ける。


「……嘘を、つきました。本当はかなり、ショックを受けています」


 やがてカトレアが自供した。

 まぁ知ってたよ。なんでもないのに泣くはずがないし、ショックを受けている事も分かっていた。だから私は心配で追いかけて来たんだからね。


「カトレアは、アンヘルが好きだったの?」

「アンヘル様を?いえ、そんな風に思った事は一度もありません。……でも彼の私に対する想いを聞き、私は自分という存在が嫌になってしまったのです」

「どういう事?」

「アリス様はお気づきかもしれませんが、私には特別な力が宿っています。その力はスキルと呼ばれているようです。古い文献に記載があり、それで知識を得ました」

「知っている。カトレアには、魅了やスキル感知のスキルがある。初めて会った時、私のアナライズのスキルをスキル感知によって察知していたと、そう感じた」

「はい。やはり、知っていたのですね。アリス様の言う通り、私はアリス様の他の者を見通す力を感じ取っていましたわ。でもスキル感知の能力に、特に問題はありません。問題は今アリス様が仰った、もう一方の魅了というスキルです。これは他を惑わし、他の者の人生を壊す魔のスキルなのです」

「人生を、壊す?」

「……魅了は、見る者の目を、心を奪うスキルです。魅了された者は私に目と心を奪われ、他に目を向けられなくなってしまう……。私は、私に目と心を奪われる者をずっと見て来ました。魅了された者は皆私の言う通りに動き、私に気に入られようとその身を破滅させてまで行動しようとしました。幼い頃は、それが当たり前だと。だって私はお姫様であり、皆に愛されるのは当然だと思っていましたから。けど違ったのです。それはスキルによりもたらされた、破滅です。私は無意識のうちに人々を操り、自分の道具にしていたのです。その事に気づき、恐ろしくなった私は人と会うのを拒むようになりました」


 カトレアはそう言うけど、カトレアが誰かを意のままに操っている所を私は見た事がない。また、魅了と言うけどどこまでを魅了されていると言うのだろうか。

 例えば私もカトレアの事はとびきりの美人さんだと思っている。それもまた、魅了されていると言う事なのだろうか。でもカトレアの言う事をなんでも聞こうだなんて思わないよ。もしそうなっていたら、私はもうとっくにカトレアの愛を受け入れている。


「その力は、今は?」

「スキルという存在を知り、意識する事で多少は制御できるようになりました。ただ、全てを抑えこめる訳ではありません。波長が合う方には制御しても無条件で魅了してしまいますし、誰も私を攻撃も口撃もしようなどせず、私を歓迎してくれます。会議の前に町の方々の前に立った時もそうでした。デサリットは悪でも、私の事は皆さん歓迎してくださり、温かい声を送ってくれていましたよね」


 確かに、あの光景は凄かった。何が凄いって、矛盾が凄い。私も魅了のおかげかなとは予想していたけど、まさにその通りだったようだ。

 もしあそこにカトレアではなく、デサリットの王様が立っていたらどうなっていたのかな。たぶん、ゴミとか飛んでくるんじゃないかなと思う。


「私は、自分が怖いのです。今回私のせいで、アンヘル様の人生を壊してしまいました。シェリーも気丈に振舞っていますが、彼女はアンヘル様の事を兄のように慕っていたので、きっと心に深く傷を負ってしまったはずです」

「……カトレアのせいじゃない」

「私のせいなのです!私がいなければ、アンヘル様はこのような行動をおこそうなどと思いませんでした!国を裏切る事もなく、きっと今も宰相の座についているはずです!そもそも私がいなければ、デサリットは狙われなかったのではないでしょうか!私がいなければ、フェイメラやアルメラのカヤック村も無事で済んで、二人はご両親と幸せに暮らせたのではないかと考えてしまうのです!」


 何かがカトレアの中で爆ぜた。涙を流しながら、まるで長年胸の内に秘めていた事を告白するかのように、胸を押さえながら町に向かって叫ぶ。カトレアが取り乱すその姿を、私は初めて見た。

 カトレアは、いつもニコニコしていてその笑顔を崩さない。私はその笑顔の中に黒い何かを感じていて、不気味に思う事もあった。でもカトレアと接するうちに、彼女は頭がよく、とても優しいお姫様だと理解する事ができた。とてもキレイで、とても強く、皆を導いてくれる存在……それが、私のカトレアに対するイメージだ。


「カトレアのせいじゃない」

「私のせいです!」

「違う」

「違いません!私がいなければ、皆幸せに──」


 子供のように泣き、子供のように否定するカトレアを私は抱きしめた。

 このお姫様は、強そうに見えて実は弱い。町を守るために見捨てた村の事をいつまでも想い、自分を責め、自分の存在を否定する。

 開き直ってしまえばいいんだよ。守るためには仕方なかった。相手が勝手にやった事だから私は知らないよってね。でも彼女はそれができない。いつまでも自分を責め、泣いて、傷ついている。


「……私は、カトレアといられて幸せ」

「嘘です。アリス様は、リーリアさんの事を一番に想っているはずで、私の事なんて……」

「確かに私はリーリアの事が好き。でもカトレアや、ネルルもフェイも、皆の事が好き。皆と過ごせる時間が私にとって幸せで、そんな幸せな時間をくれる皆を守りたいと思っている。思うようになれた」

「私も……勿論、アリス様と過ごせる時間は幸せです。私はアリス様を、心の底からお慕いしています。本当のことを言うと、最初はこの強大な力を持つ魔物を魅了のスキルで言いなりにしようと考えていました。ですがアリス様に魅了は効かなかった。それどころか、私の求愛をスルーしましたよね」


 私の胸の中で、カトレアがとんでもない発言をした。

 私を魅了しようとしていたんだね、この子は。恐ろしい。


「私はグイグイ来られるのが苦手」

「そうですね。気づいた時は割と手遅れでした。でもいつしか私は、アリス様を本当の意味で自分の物にしたいと思うようになったのですよ。貴女のその、美しさと強さと優しさに、私は心を奪われたのです。貴女を魅了しようとしていた私が、逆に貴女に魅了されてしまったようです」

「カトレアの、私に対する想いは嬉しかった。こんな魔物の私を受け入れてくれて、しかも仲良くしてくれて本当に嬉しい。時々カトレアの行動に困る事もある。でもそれは私へ対する好意からくる物で、だから私も……嫌じゃなかった。むしろカトレアには感謝している。カトレアが私を受け入れてくれたから、私には居場所ができた」

「……」


 私のカトレアに対する想いを伝えると、突然カトレアが私の胸に手を置いて押しながら、離れた。一旦は後ろを向いて私から顔を背け、私からやや離れたところで振り返り、顔を上げて私の顔を真っすぐに見据えて来る。


 その表情は、笑顔だった。月に照らされた、妖艶で、美しい、魔性の笑顔だ。


 これこそが、魅了のスキルによる力だ。彼女から、目を離せなくなった。そのあまりの美しさに、私は彼女を何がなんでも食べたくなる衝動にかられる。


「……やっぱり私は、貴女が欲しい。今、アンヘル様がどうして私を手に入れるために愚かな行動をとったのか、理解できてしまいました。私はアリス様を手に入れるためなら、どんな事だってしたい。例え国を裏切る事になろうとも、貴女を手に入れたいと思います。たぶん、神がそういって手を差し出して来たら、私もその手を取るでしょう」

「……」


 本気っぽくて、私は開いた口が塞がらなくなってしまった。


「ふふ。冗談ですよ。半分くらい」


 なんだ、冗談か。良かったよ。いや、半分本気って事……?マジで?


「私は、貴女が守ろうとしてくれた物を守りたいと思います。貴女がいてくれたから、私もデサリットの民も、今笑顔でいられるのです。でもやはり、その民が傷つく原因が自分だったと思うと……ショックです」

「カトレアのせいじゃない」

「私のせいです」


 最初に戻ってしまった……。


「どうしたらカトレアのせいじゃないと認めてくれる?」

「……抱きしめてください」


 カトレアが甘えるように私の方へ手を広げ、そう言って来た。

 さっき、もう既に抱きしめてあげたんだけどなぁ……。心の中でそう愚痴りながらも、女の子を抱き締めるのは割と好きだ。その柔らかさや良い匂いは、私を幸せな気持ちにしてくれるから。

 だから私は彼女に歩み寄り、その身体を抱き締めようとした。けどそこでカトレアが予想外の行動に出た。

 彼女は無警戒に近づいて来た私の頬を両手で挟み込むと、私の顔に向かって自らの顔を近づけて来て、そして私の唇に自分の唇を重ねて来たのだ。


 何も出来ず、固まる私。でも文字通り眼前にいるカトレアは、やはりキレイだなと思った。


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