山喰いの悪魔
クルグージョアに襲い掛かった、災い。その災いを防いだのは、カトレアと一緒に密かにクルグージョアを訪れていた、魔物のアリス。公に私の名前が出され、人々は魔物である私に恐怖すしつつも、感謝の声をあげた。
やっぱり、第一印象って大事だね。初対面でいきなり人を食べたり、数万の軍勢を虐殺するとかダメだよ。そんな事したら怖がられるのは当然だ。
まぁ私が食べた殉教者や、アンヘルさんについて箝口令が敷かれたおかげでもある。
今は余計な混乱を生まないよう、カラカス王様が神様によって脅されていた事も伏せられている。ましてや、アンヘルさんがカトレアを手に入れるために国を売っていたなんて、言えやしない。
一部の人に話を聞かれてしまっているし、彼が自殺した所も見られているけどね。でも現状は噂程度で収まっており、時期を見てカラカス王様が正式に皆に発表するだろう。
「──本当にすまなかった。国を人質とられているとはいえ、私はデサリットを見捨てる愚かな選択をとった」
現在私たちに与えられた部屋に、カラカス王様がやって来てソファに座っている。
カラカス王様はここに来てから、カトレアに向かって何度も頭を下げた。彼は本心から申し訳ないと思っているみたいで、その様子から誠意は充分に伝わったよ。
シェリアさんもいるんだけど、一緒に謝りながらこんなに全力で頭を下げるカラカス王様を初めて見たと言っていた。
全てはカトレアの予想通りで、彼はアンヘルさんに監視されていて、彼に言われるがままに国を動かしていたのだ。会議でカトレアに聞く耳をもたなかったのも、そのせいである。
「貴方ほどの人間が、何故愚かな選択をとったのか……その理由がようやく分かりました。同じ状況にあれば私も同じようにしたでしょう。だから、謝る必要はありません。大切なのは、この先どうするかです」
彼を慰めるように言ったのは、エルヘンドさんだ。彼女には大切な情報を貰い、信用も出来そうなので一緒に話を聞いてもらっている。
他の国王たちはこの場にはいない。彼らはあまり信用できなそうだからね。
「その通りです。頭を下げるのは、もう止してください。私としては、今後神という存在に注意する事と、魔族と手をとって神に対抗するという意思を国として掲げてくだされば満足です」
「ああ。私も神という存在の恐ろしさを、嫌という程味わったからな。神なる存在を倒すのには賛成だ。それに加え、デサリットへの償いもしたい」
「それについては、結構です。ここで下手にカラカス王国に償いを迫り、カラカスが弱まればそれもまた神の思惑通りになってしまいますから。だから、結構です。その代わり、他の王国の監視を強化してください。特に、サンド王国への警戒を」
「……神が与えたと言う、強力な戦力についてだな」
「はい」
エルヘンドさんからの情報によれば、会議でカラカス王様に賛同する代わりに、サンド王国は強力な戦力という物を受け取ったと言う。それは殉教者や神の使いである可能性が凄く高い。カトレアはそれを気にしているようだ。
「私もアンヘルの言いなりになっていただけで、詳しくは知らんのだが……山を崩す程の魔法を使えるような連中がよこした戦力だ。相当な実力者である可能性が高いな」
「その通りです。恐らく並の兵士では相手になりません。サンド王国の出方次第ですが……今後も神に従うようなら戦闘になる可能性も……」
「そちらについては、カラカス王国がなんとかすべき問題だ。全ては、私がアンヘルに脅されていた事から始まった事。責任はとる。しかし物に惹かれて愚かな選択に賛同する王達には、思う所がある。諸王国への対応や、自分に対する罰について等々、今後の事はじっくり精査して考え行動に移したい」
もし殉教者がかなりの高レベルだったら、カラカス王国だけでどうにか出来るのだろうか。そこはちょっと心配だ。
私としては、手伝う事もやぶさかではない。だって相手が殉教者なら、食べればけっこうな経験値になるからね。不味いけど、こちらとしても美味しい部分はあるのだよ。
「そういえば、アリス殿にはまだ礼を言っていなかったな。このカラカス王国を救ってもらった事……誠に感謝している。ありがとう」
カラカス王様が突然立ち上がると、私に向かって深々と頭を下げて来た。
私は新調した服に、いつも通りフードを被って顔を隠している。さすがにいつまでも背中を晒している訳にはいかないからね。というか前の方もいつ丸見えになってもおかしくなかった。なんとかもってくれて良かったよ。
顔を隠すためにかぶった兜は、シェリアさんに返しておいた。その際良い匂いがしたと感想を伝えたら、顔を真っ赤に染めて恥ずかしがっていたっけ。ちょっと可愛かった。
「……別に、いい。私にとって神様は敵で、神様にとって私が敵だっただけ。でも、これから何かあった時は協力してくれたら嬉しい。魔王レヴにも、出来れば協力してほしい」
「ああ、勿論、協力させてもらう。しかしそれで恩が返せるかといえば別だ。……そうだ。アリス殿功績を称え、二つ名を与えよう。そうだな……山喰いの悪魔とかどうだ!?」
「いらない」
センスが絶望的過ぎて、私はカラカス王様に即答したよ。
山喰いの悪魔って……その名前って、称えてる?町を救ったんだから、まず悪魔から離れようよ。そんな風に呼ばれるなら、滅殺の悪魔の方が百倍イイ。
「そ、そうか……では、国を挙げてアリス殿を称える祭りを開くのはどうだろうか!」
「それいいね!私もアリス様に感謝を捧げたい!」
「お待ちください。アリス様は目立つのを嫌うお方なのです。なので、そういった催しはご遠慮ください」
「そ、そうなのか?しかしだな──」
私の事をよく知っているカトレアが、盛り上がるカラカス王様とシェリアさんの2人を止めてくれた。
ありがたい。このままの勢いだったら私は押し切られ、なくなく自分を称えるお祭りに出される事になっていたかもしれない。想像しただけでゾッとする。
その後も細かい話は続いたんだけど、おおまかにデサリットへの謝罪と、町を守った私への感謝の気持ちが主な話題だ。他は知らない。私は途中で退散させてもらったからね。いやほら、あまりにも話が長すぎてね。私はこう見えても怪我人なのだよ。消滅魔法をくらい、巨大な岩を全力で受け止めた事によるダメージを負っている。だからおいとましてサボって眠らせてもらった。
いや、もうとっくに治ってるんだけどね。ただの言い訳です、はい。
この日も、色々あった。頑張ったのは私だけではなく、カトレアは勿論の事、ネルルちゃんとフェイちゃんも頑張ってくれたよ。皆でこの国とデサリットとの戦争を止めたのだ。
そしてその夜、皆が寝静まった頃だった。
誰かが部屋から出て行く気配に、私は気づいた。話し合いをサボって昼間にたくさん寝ていたせいもあって、眠りが浅かったんだよね。起き上がって部屋の中を見渡すと、カトレアの姿がない。
カトレアは、アンヘルさんの死を見てから様子がおかしかった。あれからいつもみたいに私にくっついて来ないし、元気もなくて塞ぎこんでいるみたい。それでも、話し合いとかはちゃんとしていたけどね。
カトレアはアンヘルさんの事を信用していたみたいだし、その彼が裏切っていたと分かり、ショックが大きかったのかもしれない。も、もしかして、実はアンヘルさんの事を好きだったとか……いや、それはないか。アンヘルさんがハッキリ否定していたし。
まぁ何にせよ心配だ。私はベッドから出て立ち上がると、部屋を出てカトレアを追いかけた。
カトレアがやってきたのは、お城の出っ張りになっている部分の、ヘリポートのような部分だ。夜風が吹くそこにやってきて佇むカトレアは、元の美しさに加えて月明りに照らされ、幻想的に見える。彼女の魅力のスキルのおかげか知らないけど、その姿は本当にキレイで……惹き込まれそう。
しばらくその姿を遠目で見ていると、やがてその目から涙が溢れ出した。
その姿を見た私は、彼女を遠目で見ている場合ではないと思った。すぐに彼女に歩み寄り、声を掛ける事にする。
「カトレア」
声を掛けられたカトレアは、涙を流したまま私の方を向いて驚いた顔を見せた。