欲求不満
クルグージョアを囲う、2つの山の1つ。その頂上に向かい、私達は空を飛んでいる。
山はそれほど高くはない。ただ、切り立った山はまるで剣のように鋭く、迫力がある。この山が崩れるようには思えないけど、私は常に嫌な気配を感じ続け、カトレアと一緒に感じる方向をシェリアさんに示す事で嫌な気配の正体を探している。
私のその嫌な気配と、カトレアの魔力感知のスキルが示す方向は同じだ。2人で同じ方向を示し、シェリアさんはその方向にワイバーンを駆る。
「アリス様、鼻の方はどうですか?」
「……まだ、きかない」
鼻がきけば、山に殉教者がいるなら臭いを辿ってすぐに発見できる。町から少し離れたものの、眼下には黒い煙がたちこめる町があり、鼻は麻痺したままだ。
「……アリス様に、お伝えしておきたい事があります」
「どうしたの?」
「実は……私は自分の人を見る目に自信を失いかけています。それと、自分自身にも……もしかしたら……いえ、可能性の一つであり、確定した訳ではないのですが……」
「方向はこっちでいいんだよね!?」
「……はい!合っています!」
カトレアが私の耳元で何かを言おうとしたけど、その声はシェリアさんの声によってかき消された。そしてカトレアの話は途中で自然消滅となってしまった。
自分の人を見る目に自信を失いかけている?続きが気になるよ。
「シェリー、あそこの岩山のてっぺんに着地できますか?」
「ちょっと無理そう。でもその下の開けてる場所になら着地できるかも」
「では、一旦そこに着地しましょう。着地して周囲を見てみたいんです」
「了解」
カトレアのお願いを聞き入れ、シェリアさんは開けた場所にワイバーンを着地させた。
陸路でここまで来るには、ロッククライミングのプロじゃないと無理だね。だってこの場所、断崖絶壁に囲まれてるから。
足を滑らせれば、百メートルの滑落は避けられないね。この山の形は、人を受け入れる形をしていない。
「……」
私は先にワイバーンから飛び降りると、手を広げてカトレアを受け入れる体勢をとった。そこに、カトレアが飛び降りて来たので私は両手で受け止める。
鎧や兜で身体の感触が分からないのが、本当に残念。ただただ硬いだけで、女の子の身体を感じられない。せっかく、こんなに密着して抱き着かれているのに……て、私は一体何を考えているんだ。
リーリアちゃんと相思相愛状態になって以来、妙に女の子の身体を意識してしまう自分がいる。なんか、女の子が完全に恋愛対象になってしまった感じ。いや、元々男よりは女の方が好き目ではあったんだけど、それに拍車がかかったというかなんというか……。
悪い事とは思わないんだけどね。でも私はそうさせたのはリーリアちゃんな訳で、本来であればこの欲求はリーリアちゃんが解消させる義務がある。でもそのリーリアちゃんは、強くなるために私の前からいなくなってしまった。
……私ってもしかして、欲求不満?
いやいやいや、別に私は女の子とエッチな事をしたい訳ではない。いや、ちょっとはしたいかも……しれないけど、違うんだよ。
とにかく、リーリアちゃんが私の下を去ったのが全て悪いのだ。
「……感じます。アリス様、あちらの方から魔力が漂ってきますわ」
私はカトレアを抱き締めたまま、そんな事を悶々と考えている時だった。カトレアは私に抱かれたまま神経を研ぎ澄ませていて、魔力を感じる方向を指し示した。
それは先ほどカトレアが着地しようとした場所で、そこもまた崖の上にある。ただ、開けた場所がなくてワイバーンでそこに直接行くのは不可能。どうにかしてこの崖を上る必要がある。
「私も、あっちから何かを感じる。二人とも、こっちに来て」
私はローブの中から触手を解放した。
ここには人の気配はない。誰にも見られる訳がないのでもう隠す必要もないからね。
「わっ!?」
私はワイバーンから降り立ったシェリアさんを触手で巻き上げて拘束し、引き寄せた。
それから、魔法のフィールンで別の触手から糸を吐き出し、崖の上に固定。自分の身体と、抱いているカトレアと触手で拘束しているシェリアさんを糸を使って引き寄せ、一気に崖を上る事に成功した。
上った先は、足場が極端に少ない。2人が足を滑らせて下に落ちないよう、私は触手を2人に巻いた状態にしておいた。
「お、おとなしく待っててね!」
崖を上りきると、シェリアさんは下にいるワイバーンに向かってそう声を掛けた。
ワイバーンは鳴き声をあげて返事をしたんだけど、もしかして言葉理解してるの?だとしたら、頭が良い。
「近いです。やはり魔力はこの辺りで感じます」
「……」
カトレアがそう言ったんだけど、私も同感だ。この場所の近くに、何かがある。
ここはほぼほぼ山のてっぺんだ。一番高く、一番険しい場所にある。余程物好きな人間しか訪れる事はないだろう。
山に登る理由?そこに山があるからさ。てタイプの人だけ、ね。
そんな場所なんだけど、唐突に人が姿を現わした。
「──おや、このような山奥に人がいるとは珍しい」
男の人が、岩の上に立っていた。無精ひげをはやした、痩せたおじさん。体調が悪いのか、肌の色もあまりよくないね。しかも何故か、普通のシャツに、普通のズボンという服装だ。とてもではないけど、山男っていう感じはしない。
怪しいので、すぐにアナライズを発動させて彼のステータスを調べてみた。
名前:ボルグ・ウォルテ 種族:人間
Lv :101 状態:精神支配
当たりだ。殉教者がここにいると言う事は、やはりカトレアの読み通り、神様はこの山に何かを仕掛けている。
「カトレア」
私はカトレアを呼ぶと、彼女に向かって頷いてみせた。
「誰だ、貴様は!このような場所で何をしている!」
「私はただの登山家です。貴女はもしや……シェリア様ですか?カラカスの、姫騎士の」
「だから何だ。いいから、私の質問に答えろ。貴様はここで、何をしている」
「貴方達こそ、ここで何をしているんですか?まさか、誰かにここを調べるように言われたのですか?例えば、そう。カラカス王に頼まれて、ここへ?だとしたら、いけない。凄くいけない。約束を守らぬ者には、神の天罰が下る。そう警告されているのにも関わらず、よりによって娘のシェリア様を寄越すとは……愚かな王だ」
「何……?どういう意味だ!」
「シェリー、気を付けてください!アレは殉教者!神に従う人間です!」
「殉教者!?アレが!?」
カトレアが叫ぶと、殉教者の男はニヤリと笑った。
すると突然私たちのいる場所が揺れだし、足場が崩れ出した。何かの魔法が発動したのだ。発動させたのは、あの男の人?或いは、元々そこに仕掛けられていた物が発動したのかもしれない。
カトレアが感じた魔力は、この足場を破壊した魔法だった?いや、そうであるのと同時に、違くもある。カトレアはこの魔力を感じつつここへと私達を導き、その奥に更に別の何かを感じているはずだ。
私が感じる嫌な気配は、未だに山の中から漂ってくるからね。
「死ね!神の意思を邪魔する愚か者ども!」
足場はやがて全て崩れ去り、私達は真っ逆さまに……とはならず、私は2人を抱いたままフィールンで糸を伸ばす事により、全く落ちなかった。
「ククク!さすが、デサリットの滅殺の悪魔!これでは死なないか!」
彼は笑うと、飛び退いてその場を後にした。
滅殺の悪魔って、久々に聞いたよ。神様たちの間でもそう呼ばれてるのね、私。
ていうか、私を見て驚きもしないの?シェリアさんに対してはちょっと驚いていたみたいだけど、私はむしろいるのが当たり前みたいな感じだったよね。……何かがおかしい。
「アリス様!」
分かっている。アレを逃がす訳にはいかない。だから私は彼がいた場所に触手から糸を吐き、身体を引き寄せて彼を追いかける体勢を取った。
彼が元居た場所に降り立つと、彼が飛んで行った方角を見据える。そしてすぐに洞窟を発見した。周囲にあの男の人の姿はないので、あの洞窟の中へ逃げ込んだに違いない。
私は2人を担いだまま洞窟の方へ糸を飛ばし、更にひとっ飛び。洞窟の中へと躊躇なく突撃してみせた。
洞窟の中へと入ると、嫌な臭いを感じ取る事となった。ここには外の臭いが入って来にくいようで、私の鼻復活である。
洞窟の中は、やはり殉教者の臭いが漂っている。それに加え、何かが腐敗した臭いも漂っているね。それも、たくさんの何かが腐った臭いだ。まぁそこまで強烈な物ではない。腐りたてか、腐ってから時間でも経っているのかな。
この中でなら、殉教者がどこへ行っても私から逃げる事は出来ない。失敗したね、殉教者。地の果てまでも追いかけて、食べてやる。