踏ん張りどころ
その気配は、アスラ神仰国に援軍に駆けつけ、バニシュさんと出会う前に感じていた気配に近い。この気配は何かこう……トラウマみたいな物なんだと思う。過去に私の命を奪いかけた物が、近くにある。それを感覚強化のスキルか何かが拾っているのだ。上手く言えないけど、たぶんそんな感じ。
「私も、山には嫌な気配を感じる」
「アリス様がそう言うなら、やはり……。神はもしや、魔法で山を崩すつもりなのではないでしょうか」
「ば、バカな事を言わないで!山が崩れる訳がない!」
「しかし山が崩れればクルグージョアはひとたまりもありません。そうなればカラカスという国は滅びてしまう。神にそう脅されれば、カラカス王様は従うしかないでしょう。そしてシェリーにお見合いを勧めた理由にも説明がつきます。カラカス王様は、貴女に遠くに行って欲しかったのですよ。神の魔の手もなく、山を崩されこの町が万が一山に飲み込まれても、貴女だけは助かるようにしようとしていたのです。それも、神に悟られぬようなるべく自然な形で」
「そ、そんな事……!」
「議論をするつもりはありません。山を調べましょう。今すぐにです」
カトレアは確信めいた物があるようだ。だったら、カトレアの言う通り議論している場合ではない。
「でもどうしますか?山の調査など、今の状況でカラカス王様が許すとは思えません」
ネルルちゃんが不安げに言うと、周りもそうだと頷いて同意。
「……別れるのは危険ですが、仕方ありません。別れましょう。私とアリス様は、シェリーにワイバーンで山に連れて行ってもらいます。ネルルとフェイメラは、兵士達とここに残ってください。何かあっても、自分の命を最優先に守る事をお忘れなく」
「は、はい。ネルルさんは、私が絶対にお守りします」
「任せた」
私は気合を入れるフェイちゃんの頭を触手でなでなでし、エールを送った。
けど内心はめっちゃ心配だ。もし私の留守中にこの子達に危険が及んだらどうしよう。ここは敵地だし、今のカラカス王様が何を仕掛けて来るかも分からないような状況だ。不安だ。できれば一緒に連れて行きたい。
でも無理なんだろうなぁ。乗員制限やら、集団行動で目立つ事を配慮して、大人数は避けるべきだから。
「そうと決まれば、すぐにワイバーンを用意するよ。でも目立たないように、ワイバーンになれるための新人訓練って事にしたい。それと、二人の顔も隠した方がいいね。アリス、様は顔はいいけど、触手を隠してもらって、カトレアは目立つから勿論顔を隠してもらう。いいね」
私は常に顔を隠している。だから顔バレの心配はほとんどない。ただ、触手は隠す必要があるだろう。こんなのオープンにしていたら、一発で私だとバレる。
一方でカトレアは、本当に目立つ。顔が割れていると言う事もあるけど、離れていてもその美貌はよく見えてしまうから。隠さないと本当にすぐバレるだろうね。絶対に隠すべき。
すべき事が決まった。一時はもうダメかと思ったけど、山に何かがあってカラカス王様が本当に脅迫されているのなら、それを何とかする事で戦いを止められる。
まだ諦めるのは早い。ここからが踏ん張りどころである。
シェリアさんの操るワイバーンに乗るに当たって、私とカトレアは変装する事になった。カトレアは、兵士を装うために鎧を着こみ、兜を被った女性兵士の姿に。私は全身を覆う程の長いローブを羽織った、女性魔術師の姿に姿を変える事になった。
カトレアは完璧だ。でも私は服の中で触手を身体に巻き付かせ、背中側が浮かないようにしていてかなり必死である。ギリギリ、かろうじて自然に見えるくらいになった上で杖を持てば、もう立派な魔術師だ。
変装して準備が整った私達は、シェリアさんに連れられてワイバーンが待機している場所へとやってきた。最初にこのお城を訪れた時と同じ場所で、お城に設置されたヘリポートのような円形の広場だ。
「なんとか誰にも怪しまれずに準備出来たけど、本当に山に何かあるの?」
「疑問を確証に変えるために、調べに行くのです。そこに何かがあれば排除し、何もなければその時は……別の何かを探しに行くだけです」
鎧姿でそう言うカトレアは、なんというかキレイだ。兜で顔を隠し、身体は鎧で覆われる事によっていつものカトレアとは全くの別物のはずなのに、何故か美しさを感じてしまう。
せっかく変装しているのに、何故かこの人はタダ者じゃないオーラが漂ってしまっているんだよね。不自然に服が浮いている私よりも、完璧と思われたカトレアの方がもしかしたらヤバイかもしれない。
「──シェリア様!」
「っ!」
そこへ、お城の中から兵士がこちらに駆けつけて来た。
シェリアさんの名前を呼びながら駆けつけた兵士は、シェリアさんの所へとやってきて敬礼をすると、それから用意されているワイバーンや、私やカトレアを見て不思議そうに首を傾げる。
「ど、どうした。用があるなら手短に。あたしはこれから、新人をワイバーンにならすために乗せてその辺を飛んでくる所なんだから」
「新人ですか?シェリア様のワイバーンに乗せてもらえるとは、なんと羨ましい……!」
兵士はそう言って、私とカトレアを睨みつけて来る。けど、カトレアを見てその動きが止まった。何故か若干頬を赤くし、見惚れているように見える。
「忙しいんだ。用件を、頼む!」
しかしその間に割り込んだシェリアさんが、彼の視界を遮ってカトレアを見れなくした。
ナイスだよ、シェリアさん。
「し、失礼しました。アンヘル様が、シェリア様をお呼びです!」
「アンヘルが、私を?何の用だ」
「カトレア様を交え、シェリア様とお話ししたい事があるとのことです」
「カトレアを交えて……?」
シェリアさんは変装してその話を聞いていたカトレアに視線を向けると、カトレアは首を横に振って応えた。
「……今は忙しい。アンヘルには私は新人の訓練のため出掛けたと伝えておけ」
「し、しかし……!」
「ワイバーンに乗れ、新人!ワイバーンを刺激しないよう、身体を軽く撫でてやってから静かに素早く乗るんだ!」
シェリアさんに指示されると、私とカトレアはワイバーンに駆け寄った。そしてまずは私が言われた通りワイバーンの身体を撫でると、委縮したようにおとなしくなって乗りやすいように身体を預けてくれた。
おー、凄い。撫でられると、おとなしくなるんだ。なんかこうして見ると、可愛いな。
私が乗り込むと、次はカトレアの番だ。同じく軽く撫でてから、私の後ろに乗り込んで私の背中に抱き着いて来る。というか密着して来る。けどいつも抱き着かれた時の、柔らかな感触はない。代わりに硬い金属が当たっている。ちょっと寂しい。
「では行くぞ!」
そこにシェリアさんも勢いよく乗り込んできて、私の前に座るとワイバーンの手綱を手に取った。
私は自然とシェリアさんに抱き着く形になるんだけど、鎧を着こんでいるシェリアさんもやはり硬い。お尻も硬くて、私は今猛烈に柔らかさを求めている。
「シェリア様、お待ちください!」
止めようとする兵士を無視し、シェリアさんはワイバーンを操って羽ばたかせると、ワイバーンが浮かんだ。そして高度をあげていき、空に向かって飛んでいく。
ここへ来る時の、馬車に乗せられて運ばれた時とは感覚が全く違う。直に風を感じ、直にスピードを感じる。凄く気持ちいい。
ネルルちゃんが乗ってたら、たぶん叫んでるね。
「このまま一気に山の方を目指す!しっかり捕まって!」
羽ばたいたワイバーンは更に高度をあげて、クルグージョアを囲う山の頂上の方へと向かって飛んでいく。
私はその時、2つの感覚を捉えていた。1つは、私達を見つめる視線。その視線の主がどこにいるのか詳しくは分からないけど、お城の方から感じる。嘗め回すような視線で、気持ちが悪い。
もう1つの感覚は、やはり山の方から感じる。この気配はやはりとても嫌な感じがして、鳥肌がたつ勢いだ。やはりこの山には何かがある。