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飴と鞭


 エルヘンドさんは、女王様だ。女王と聞くと、鞭を持ったボンテージ姿の女の人を思い浮かべてしまう。でも違う。国のトップの女性を示す、本物の女王様だ。

 彼女は会議の中では一番冷静な姿を見せていた。カトレアにチャンスをくれて、カトレアの援護をしてくれていた風にすら見える。

 でも最後にはカラカス王様や他の王様に合わせ、デサリットへの攻撃を支持した。正直、敵なのか味方なのかよく分からない。


「ど、どうぞ」


 訪れたエルヘンドさんに対し、ネルルちゃんが若干緊張気味にお茶を置いて彼女をもてなした。


「ありがとう」


 そして上品にお礼を言うと、上品な所作でお茶を口に運ぶ。


「とっても美味しいです。若いのに、凄いですね」

「あ、ありがとうございます!」


 うん。この人、良い人かもしれない。ネルルちゃん、褒められてとても嬉しそうだから。


「……良いのですか?私達が出す物を、毒見もなしに口にして」

「ここで私を殺すメリットが、貴女にはありません。そうでしょう?」


 その受け答えに、カトレアは笑顔で返した。

 私たちの部屋は、先程とはまた別の緊張感に包まれている。今ソファで対面しているのは、カトレアと、一国の女王様であるエルヘンドさん。カトレアと話がしたいとの事でやってきたんだから、何かここで重要な話がされるに違いない。。

 ちなみにカトレアの後ろには私とシェリアさんが立っている。座っていてもいいと2人に促されたけど、遠慮しておいた。だって、なんかこの間に混じりたくなかったから。シェリアさんも、たぶん私と同じ理由で断ったね。


「それで、お話、とはなんでしょう」

「……会議は滞りなく終わり、デサリットへの攻撃が決定しました」

「とてもではないですが、止められる空気ではありませんでしたから……驚きはしません。逆なら驚きますけどね」


 カトレアはそう言って、苦笑して見せる。

 本当は悔しいはずだ。カトレアは援軍を送らなかったザイール諸王国に対し、怒りの感情を抱いている。本来なら彼らに、謝って欲しいはずだ。それなのに謝るどころか糾弾され、むしろ向こうから攻め込もうとしている。

 なんだろうね、この状況。何も上手くいかず、何も理に適っていない。


「カトレア様は先ほどの会議、カラカス王様の様子をどう思いましたか?」

「カラカス王様らしくない……とだけ言っておきます」

「同感です。彼が変わってしまったのは、アスラ神仰国への対応でザイール諸王国連合会議が開かれた時から……当時から、デサリットへの援軍を渋ってサンド王国へと集結するよう諸王国を導き、デサリットの反感を買っていましたね」

「はい。エルヘンド様も反対意見を述べてくださりましたが、一国だけでは及ばず他と足並みを揃えざるを得なかった……。エルヘンド様のそのお立場は、理解しております」

「私の国……エリューソ王国は、諸王国を離れられる程の強さはありません。それにここで足並みを崩せば、今のカラカス王様ならエリューソ王国にまで攻め込んでくるでしょう」

「そ、そのような事は……!」


 さすがにそれには反論せずにはいられない、と言った様子で口を挟んだのは、シェリアさんだ。

 でも今はそういう事で議論している場合ではない。私は空気が読める子なので、シェリアさんの肩に手を置いて静かにするようにと訴えた。


「様子がおかしいのは、カラカス王様だけではありません。各国の王達が、あまりにも簡単にカラカス王様に流されすぎのような気がします」


 私が止めた事で、カトレアとエルヘンドさんの話は続く。


「私がここへ来たのは、その事についてお話しするためです。実は少し前にゴレッド王が口滑らせ、私にこう尋ねて来たのです。貴殿はカラカス王から何を貰ったのか、と。面白そうなので口裏を合わせると、面白い話が聞けたのです。どうやらゴレッド王国へ、カラカス王国から貴重な鉱物が秘密裏に支給されているようです。ゴレッドだけではなく、レオルース様のクラップランド王国には、貴重な財宝が……」

「その支援により、カラカス王の意のままに従っている、と」

「はい。一つ分からないのが、サンド王国へ対する、強力な戦士の支援という物です。ゴレッド王も詳しくは知らないらしく、首を傾げていました」


 強力な、戦士の支援……。思い当たる節が一つある。それが神様によって支配され、鍛えられた人間だったらどうだろう。

 神様はサンド王国に殉教者を潜り込ませる事ができ、サンド王国は強力な戦力を得る事になる。けど、サンド王国は決定的な間違いを犯している。殉教者を自ら国に潜り込ませるなんて、本当に愚かな事だ。得しているどころか、損に損を重ねて大損だよ。


「それについては思い当たる節があります。国王達は、カラカス王様から支援された物の見返りに、カラカス王様に同調する裏工作がされていた。エルヘンド様は物でなびくようなお方ではありません。しかし諸王国の決定に逆らう程の力がないと判断されたのですね」


 エルヘンドさんはそこで再びお茶に口をつけ、一口飲んでから話を続ける。


「実は、エリューソ王国にもカラカス王はある物をくれました。でもそれは飴ではなく、鞭です。もし協調しなければ諸王国から交易品を提供できなくなるとほのめかされたのです。諸王国の国々に囲まれたエリューソ王国にとって、それは生命線を絶たれる事と同義。従うしかありません」


 ふと、この人の魅力がわかった気がする。カトレアと比べ、年を重ねた女性。だけどその所作は不思議と美しく、喋り方から何まで、人を惹き付ける何かがある。この魅力は、年を重ねた女性にしかない物だ。


「時に、貴女がデサリットの守護者アリス様ですね」


 突然、そんな魅力たっぷりなエルヘンドさんの視線が私を向いた。

 突然の事で驚いたけど、私は静かに頷いて肯定する。


「数万の軍勢をたった一人で退けるような力を持った魔物の貴女が、何故デサリットに味方を?」

「……最初は、成り行きと気まぐれ。でも今は、友達の国だから守ってる。もしデサリットと貴方たちの国が戦争になれば……私は容赦なく命を奪う。例えそれが神の思惑通りだとしても、デサリットを守るためなら仕方がない」

「なるほど、分かりました。どうやら貴女は、信じても大丈夫そうですね」

「私は、魔物。そんなに簡単に信じていいの?」

「何故カトレア様が魔物を選び、魔物に国を守らせる道を選んだのか……正直最初は、私もカトレア様が乱心したのだと思いました。でも貴女の様子を見ると、そのような事はないと分かります。それに今の発言。友を守ろうとする者は、信じる事が出来ます。少なくとも物に釣られて戦争を起こそうと言う者よりも。そして出来れば私も、貴女とは戦いたくありません。というのも、こうして貴女と話しているだけで、何故か身の毛がよだつのです。それは貴女がハッタリでもなんでもなく、相応の力を持っているから……ですよね」


 エルヘンドさんは、鑑定系のスキルを持っている訳ではない。でも感覚強化を持っていて、そのレベルは5だ。五感以外の、動物的な直感で私の強さを感じ取っているのだと思う。


「アリス様の持つ力は、エルヘンド様の想像を遥かに上回ります」

「……神なる存在には、私も気を張って取りつかれないようにしてみます。アリス様に攻撃されるのは、嫌ですから」

「でしたら……この印を身体に刻む者にお気を付けください。この印を身体に刻む者は、神に支配されし殉教者……。強力な力を持っている可能性があるので、排除する時はお気を付けください」


 机の上に置いてあるペンを手に取ると、カトレアが紙に神の印を描いた。

 人の目を囲うように火があり、その目にトゲが突き刺さったようなデザインの絵だ。この印を身体に刻んでいる人間は、カトレアの言った通り殉教者の可能性が高い。


「神に従いし者の印、ですか。分かりました。気を付けてみますね。では、私はこれで。長居をすればカラカス王様に怪しまれてしまいますから」

「はい。情報を、ありがとうございました」

「いえ。何かするおつもりなら、頑張ってください。私も出来る限りは協力させていただきますので。しかしこのまま諸王国とデサリットが戦争になれば……その時は諸王国に歩調を合わせ、相まみえる事になるでしょう」

「そうならないように、少し動いてみるつもりです」

「期待しています」


 エルヘンドさんは最後にこちらにお辞儀をしてから柔らかな笑顔を見せ、去って行った。

 エルヘンドさんのおかげで、王様達がカラカス王様の意見に同調する理由が分かった。見返りのために、正常とは思えない判断に賛成して戦争をおこすとは……王様として失格だと思う。デサリットの王様を見習ってほしい。彼ならどのような見返りを提示されても、大勢が死んでしまうような戦争に参加する事はないはずだ。たぶん。


 でも同時に私は、自分の不甲斐なさを感じる。デサリットには私が守護者として君臨している。その強さは、アスラ神仰国の軍勢数万を相手にして圧倒できるほどの力だと。そう周囲に伝わっているんだけど、現実味がないせいか私という存在が軽んじられている気がする。

 一応、牽制的な効果はあるだろう。けど、実際私の戦いを目にしていない人々にとって、数万の軍勢を退ける程の力は現実味がないのかもしれない。だから軽んじられる。

 エルヘンドさんのように、五感で感じ取ってくれれば簡単には攻撃して来ないんだろうけどね。でも皆が皆でそう言う訳にはいかない。


「……アリス様」

「何?」

「カラカス王様は、国民の事を大事に想っているお方です。娘のシェリーも、とても大切にしています。財宝に興味を持つような方ではなく、名声にもあまりこだわりのないお方。そのような方を言いなりにするためには、どうしたらいいと思いますか?」


 突然のカトレアの質問。私にはよく分からないけど、欲がなくとも大切な人はいるのだから簡単だ。


「人質を取ればいい」

「その通りです。ずっと考えていたのですが、もしこのクルグージョアが神によって人質に取られているならどうでしょう。カラカス王様は、国を守るためにどのような事にも手を染めるとは思いませんか?」

「クルグージョアを、人質に……?どういう意味だ、カトレア」

「……魔力を、感じるのです。この町を囲う山の方から、本当に僅かに。最初は自然の中で溢れている魔力の一部なのかと思いましたが……今の状況を鑑みて、それが怪しいと判断しました」


 そういえばカトレアは、魔力感知のスキルを持っていたね。だから魔法的な物の気配を感じれば、その魔法の出所が分かってしまう。

 スキルを持っていない私も少しは分かるんだけど、カトレア程分かる訳ではない。それにスキルとして形にないので、カトレアと比べれば味噌っかすみたいな物なんだと思う。

 でもカトレアのその発言に、私は驚いた。私も、山から何か嫌な気配を感じていたから。私が感じるそれは魔力とかではなく、とても嫌な感じの気配だ。


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