気になる事
部屋へと戻ってきた私たちの間には、重い空気が流れている。会議で決まった内容を聞いて皆絶望し、悲しんでいる。特に重くしている原因は、カトレアに元気がない事だ。彼女は会議を後にしてからずっと俯きがちで、とてもショックを受けているように見える。
デサリットからやってきた皆で彼女を心配しているんだけど、それ以外にも彼女を心配してくれる人がいる。シェリアさんもまた、様子のおかしいカトレアを心配して私たちの部屋にまでついてきてくれている。
でも彼女も会議の内容を聞いてショックを受けた様子で、元気がなくなってしまった。
誰かが落ち込むと、それは伝染していく。フェイちゃんも、ネルルちゃんも、そんな空気に耐えかねて俯いている。
これはあまり良くないね。なんとか空気を変えなければ、皆押しつぶされ、流されてしまう。
ここは私が、打開策を皆に示さなければいけない。
まずここまでを整理すると、やっぱり何かがおかしい。会議でザイール諸王国はデサリットに攻め込む事を決定した。中でも、カラカス王様が戦争を推して皆を焚きつけていたんだけど、その様子が特におかしくて違和感がある。彼は、神という存在を知っている。カトレアが神様について話しだしたとき、明らかに驚いていたからね。それと、去り際の神様を侮辱する台詞に賛同した、小さな言葉も気になる。
勿論彼は殉教者ではない。神の使者でもない。では何故、カトレアと敵対したがるのだろうか。
他の王様達についても、違和感があった。あまりにもカラカス王様の言葉に流され、賛同しすぎだ。これから大きな戦争が起きようとしているんだよ。戦争がおきれば、皆の国の人が命を落とす事になるのに……反対する者は誰もいない。そんなのおかしい。おかしすぎる。
神は、いない。でも神の意思は感じる。それはつまり──
「──カラカス王様はもしかして、神によって脅迫を受けているのでは?」
突然俯けていた顔をあげたカトレアが、そう言った。
今まさに、私が言おうとした事である。先に言われてしまい、私は大いに動揺した。見てよ。触手が震えている。
「……私もその可能性を考えていた。カラカスはカトレアの神様を侮辱する捨て台詞に対して、小さくこう呟いていた。そんな事は言われなくても分かっている、と。それと、カトレアが神様について話しだしたとき、驚いた顔をしていた」
「やはり、カラカス王様は何かを知っている……。けど、それを口に出す事は出来ない。そして誰にも相談できないまま、神の意思に従ってデサリットに攻撃を仕掛けようとしている。私の見当が外れました。神は、諸王国の上層部に紛れ込んでなどいない。神は、離れた場所でカラカス様を監視しているのではないでしょうか」
「そういえば、外で群衆を見下ろしていた時、おかしな視線を送る人がいた気がした。それが殉教者かどうかは分からなかったけど、関係あるかもしれない」
「だから、何か不満げに首を振って答えたのですね」
どうやらカトレアが元気がないように見えたのは、元気がなかったのではなく、考えていたからのようだ。
私は自分の耳や目で情報を得ていたけど、カトレアは私が得た情報無しでそこに辿り着けたんだからやっぱり凄い。
「王様が脅迫を受けているなら、その原因をなんとかすれば戦争をしなくて済む……という事ですか?」
「その通りですよ、フェイメラ。よく付いてこられましたね。偉いです」
「あ、ありがとうございます……」
「ですが、その原因をなんとかするのが難しいのではないでしょうか。一国の王様を脅迫し、意のままに操って戦争まで仕掛けさせるような脅迫……想像がつきません」
ネルルちゃんの言う通りで、まずどう脅迫されているのか分からなければ手の施しようがない。カラカス王様に聞いても答えられない事情がありそうだし、直接聞く訳にもいかないだろう。
「そうですね。それが難しい所です。が、なんとかしなければ大勢の血が流れる事となってしまう。避けるためには、なんとしてでも原因を探す必要があります」
「ちょ、ちょっと待ってよ。お父様が、神様……に、脅迫されてる?だから、デサリットに攻撃しようとしている?」
「その通りですわ、シェリー。この国は神によって支配されていなくとも、既に神によって操られているのです。カラカス王様は元々、聡明なお方だったはず。アスラ神仰国への対応は、保守的な対応だったと言えばまだ説明はつきます。しかし、今回のデサリットへの攻撃に関してはなんの説明もつきません。カラカス王様らしくない、短絡的で、馬鹿の一つ覚えのようにデサリットが悪いので攻撃するという意思表示の繰り返し……不自然です」
シェリアさんには、神様について既に話してある。でも彼女は半信半疑で、私たちの話を信じてくれている訳ではない。だから私達が彼女の前で繰り広げた話もまた、彼女にとっては信じがたい話なのだろう。
でも、信じてもらうしかない。じゃないと、本当に戦争が始まってしまう。私は別に良いんだよ。デサリットを守って大勢を食べるだけだから。でも神様の思惑通りというのは気に入らないな。カトレアは友達のいるこの国との衝突を望んでいない。シェリアさんも同じ想いだ。フェイちゃんもネルルちゃんも、大勢が死んでしまう戦争を望まないだろう。
なら、結局は阻止しなければいけない。そのためにはシェリアさんの協力も必要だと思う。
「……本当なの?神様をどうにかすれば、デサリットと戦争をしないで済むの?」
「本当です。私は神という存在を、神に操られる人間を見た事があります。とても残虐で、正気を保っているとは思えないような人間でした。アリス様がいてくれなければ、今頃デサリットは神に支配される国に変わっていたかもしれません。私も、神の崇拝者になっていたかも……。そうなれば、シェリーとは二度とまともに会話をする事すら叶わなかったと思います。私を信じてください、シェリー。今カラカス王様を助けられるのは、私達だけなのです」
シェリアさんは、真っすぐなカトレアの目を見返した。シェリアさんは相変わらずゴツイ兜で顔を隠していて、その表情を窺い知る事は出来ない。
「……分かった、とりあえず信じる。カトレアにそこまで言われたら、信じない訳にはいかないよ。けど、信じた所でどうすればいいの?」
「ありがとうございます、シェリー。時間がないので、まずどういう脅迫があるのかを考えてみましょう。私よりも近くでカラカス王様を見ていたシェリーは、何か気になる事はありませんか?些細な事でも構いません」
「ええっと……急に言われてもなぁ」
「なんでもいいのです」
「なんでもって言われても……そういえば、最近妙に私の事を褒めて来る。ベタベタくっついて来て、かわいいでちゅねーとか言われる」
「……」
あの顔で?あの王様が?まさかの超娘大好きパパだったみたい。だけど全く想像できない。
「カラカス王様が貴女を溺愛している事は、周知の事実。何も不思議な事でなくいつも通りです」
いつも通りなんだ……。
「そうなんだけど、最近は前にも増してって感じでね……。あ、そういえばお父様、最近やけにお見合いを勧めて来るようになった。近場の国じゃなくて、遠くの国の王子様とかを推して紹介して来るんだけど、今あたしには結婚する意志がない。だから断らせてもらってる」
それも父親なら普通でしょ。普通過ぎて、何の情報にもならない。というかもうちょっと真面目に考えて欲しい。
「それは確かにおかしいですね」
おかしいんだ。カトレアが同意したので私は思わずずっこけかけた。
「でしょ?しかもいやに必死で、断っても断っても勧めて来るんだもん。嫌になっちゃう」
「ち、父親が娘のお見合い相手を探すのは、不思議な事ではないのでは……?」
と、意見したのはネルルちゃんだ。私もそれを聞きたかったので、代わりに聞いてくれたネルルちゃんの背後に触手を回り込ませ、うんうん頷かせて同意しておいた。
「良いですか、ネルル。カラカス王様は、超がつくぐらいの娘溺愛者です。そのような人物が、わざわざ自分から娘をお見合いに差し出すような行為を、すると思いますか?下手をすれば娘が親元を離れてしまうんですよ?」
「うん、あり得ない。あたしも最初、凄く驚いたもん。やっと娘離れしてくれたのかなと思ったんだけど、でも違くて、それ以外はいつも通りのお父様だから、何か違和感がある」
「そ、そうなんですね……」
カトレアとシェリアさんが力説し、それに圧倒されたネルルが納得した。
一体どれだけシェリアさんを溺愛しているのだろう。あの王様が、どうシェリアさんに接しているのか興味がわいてきた。
「もしかして──」
カトレアが仮定を述べようとした時だった。部屋の扉がノックされ、私達に緊張が走る。
私達は今、敵地のど真ん中にいる事になる。下手をすれば、この場で襲われる可能性だってあるのだ。だから警戒をしなければいけない。
フェイちゃんもそれを理解していて、剣に手をかけて警戒している。
「どうぞ」
カトレアが返事をすると、部屋の扉がゆっくりと開かれた。
そして姿を現わしたのは、意外な人物。エルヘンドさんだった。




