我慢の会議
「ありがとうございます、エルヘンド様。まずデサリットとしては、先に裏切ったのはザイール諸王国だとハッキリと言わせていただきます。諸王国が援軍さえ送っていただければ、大勢の民が死なずに済んだ。デサリットを裏切り、大勢を死なせた諸王国には怒りさえ覚えています。この場を借りてお聞きしますが、何故援軍を送らなかったのですか?」
「……」
カトレアの問いに、皆は黙った。何も言い返せないと言う事かというと、そうではない。
サンド王様とゴレッド王様が、鼻で笑ってるから。何故、笑うの。今のカトレアの問いに、笑いで返す理由が見当たらない。
「その問いに対しては、既に何度も対面でも文書でも答えているはずだ」
答えたのはカラカス王様だ。低く唸るような声で、皆を代表してそう答えた。
「ザイール諸王国全ての兵力をもってしても、アスラ神仰国に完全なる勝利を収める事はできない。であるから、守りに有利なサンド王国にて連合はアスラ神仰国を迎え撃つ。デサリット王国もサンド王国に集結せよ。という内容の事でしょうか」
「その通りだ」
「まず、完全なる勝利できないと言うのが間違っていますわ。ザイール諸王国が力を合わせれば、奇襲や兵糧を断つ事によって戦力を削り、勝てた戦です。そしてサンド王国が守りに有利というのも違います。あの国は包囲戦に弱い。私達の住む場所、そして民を見捨てるように迫り、守りの薄いサンド王国に諸王国を終結させようとしたその理由は、いかがなのでしょう」
「サンド王国が守りに不利だと!?貴様、喧嘩を売ってるのか!」
カトレアの発言にキレたのはサンド王様だ。この人はカトレアの魅了にされていないのか、凄い剣幕で怒鳴り出した。
この人、見た目は威厳たっぷりだけど案外短気だね。短気は命を縮めるよ。
「事実を申したまで」
「この……!」
「まぁ落ち着いてください、サンド王様。サンド王国の守りは、デサリットに比べれば弱いと言うのは事実です」
「エルヘンド殿……!」
「私も、興味があるのです。何故集結地点がサンド王国になったのか……。前回の会議で、私も抱いて実際にお尋ねした疑問です。しかしサンド王国が守りに適しているから、という理由の一点張りでしたよね」
相変わらず、エルヘンドさんは落ち着いている。カトレアの分析を受け入れた上で、サンド王様が怒らずに済むように言い換えてなだめてくれて、場は落ち着いた。
この中で、今の所好感が持てる王様はエルヘンドさんくらいだよ。他の王様は、なんかもう食べたいちゃい。でも我慢、我慢。
「理由など、どうでも良い。しかしあえて挙げるとしたら今あなた自身が言った通り、サンド王国が集結し守るのに適していると皆が判断したからだ。オレの国は、サンドは守りに弱いなどそのような事はない。サンドに集結すれば必ずアスラを殲滅し完全なる勝利を掴んでいたはずだ。オレの国には、それだけの戦力が存在する。そもそも、皆で決めた事に今更になって異議を唱えるとはどうなのだ」
「当初も私は疑義を唱えていたはず。カトレア様も同じように会議で反対意見を述べていましたよね。しかし誰も聞く耳を持ちませんでした。そして私に、協調するように圧力をかけてきたのではないですか」
「だから、過去に皆で決めた事を、蒸し返す必要もなかろう……」
サンド王様に追従してエルヘンドさんに疑問を呈したのは、ゴレッド王様だ。
先ほどは喧嘩しかけていた2人なのに、急に手を組んで来たよ。いいから、カトレアの質問に答えて欲しい。
「まぁまぁ。落ち着いてください、皆さん。とりあえずカトレア様の問いに答えてあげましょうよ。ね、提案者のカラカス王様」
そうまとめたのはレオルースさんだ。
急にしゃしゃり出て来てまとめられるのはなんか鼻に付くけど、確かに今はカトレアの疑問に答えてもらい所だ。
「──……何度も述べている。サンド王国が守りに適しているからである。私はデサリットに集結し迎え撃つよりも、サンドに集結して迎え撃った方が犠牲も少なく勝てると踏んだのだ。それに賛同したのは諸王国各国。今更何かを言われる筋合いはない。それにカトレア様はデサリットに援軍が送られなかったと憤っているが、送ったではないか。我々はサンド王国に逃げ延びるように助言し、実際各国からサンド王国へと援軍が送られ、諸王国が集結しようとしていた。しかしデサリットは運良くアスラ神仰国を退ける事に成功し、無事だった。それで諸王国を抜ける理由が理解できん。怒りを、覚える」
ため息交じりにカラカス王が言って、最後は怒りの籠もった強い言葉で訴えかけるように言った。
彼の怒りの言葉で、空気が震えるようだ。
「そのような形で援軍を送ったなど、甚だおかしなお話だと思いませんか?だって、何にしてもデサリットという町と民を見捨てた形になるのですから」
「見捨てておらん。援軍は、送った。生きる道も指し示した。従わずに裏切ったのは貴様達だ。その上魔物を守護者に据え置き、魔族と手を組んだ貴様らは最早ザイール諸王国……いや、人間族全ての敵となったと判断しても良い。であるから、ザイール諸王国はデサリットに攻撃をすべきだ。この意見に反対意見のある者は述べてみよ」
「……」
カラカス王の問いかけに、誰も何も述べようとはしない。つまりそれは、反対意見がないと言う事だ。
「お待ちください、カラカス王様。援軍を送らなかった事は、百歩譲って貴方が正しい事だとします。しかしデサリットは、諸王国に攻め込む意思などありません。デサリットの守護者となったアリス様も、魔族も、魔王様も、人族を攻める意思はなく、とても友好的な方々です。それを攻めると言う事は……自ら大勢の命を奪い奪われると言う行為。メリットはどこにもなく、無駄な血が流れるだけ。聡明な貴方には、とてもでありませんが相応しくない愚かな判断です」
「ほう。では魔物になびき、魔族と手を組む事は愚かではないと言うのか?我々を裏切り、人々の住む地を脅かし人々の命を奪う魔物と、人族と大きな戦を繰り広げ未だにその遺恨が残る魔族と組むのは、愚かではないと。貴様はそう言うのか!」
まるで話にならない。彼の中では、そもそも魔物と魔族は敵。だから、敵と組んで自分たちと組まないデサリットは敵だと言う訳だ。
これでは、何を言っても無駄になってしまう。
「……カラカス王は、神という存在を信じていますか?」
「……」
私の目には、ハッキリと映った。薄暗く、各国の王の表情がうかがえにくいこの場で、彼の表情が驚きの表情に変わったシーンがね。
これでも真っ暗な洞窟出身で、暗闇耐性のスキル持ちなのだよ。だから見逃さずに済んだ。
「現在この世界は、神という存在によって支配されつつあります。アスラ神仰国は神に支配される事により、その魔の手をザイール諸王国に伸ばして来たのです」
「いきなり何をとち狂った事を……。お主、魔物に魅了され本当に頭がイカれてしまったか?」
口出ししたのは、ゴレッド王様だ。今カトレアが重要な事を言おうとしたタイミングなのに、うるさいなこの人。食ってやろうか。
「神という存在は、この世界の人々にとっての敵……その存在を認知できない者は、今後神々によって支配されるだけの家畜となってしまいます。単刀直入に聞きますが、この中に神と繋がりがある者はおられますか?実は私がこの会議に参加した目的は、ザイール諸王国から神と繋がりのある者を排除する事なのです」
「……もう、黙れデサリットの姫カトレア。皆の者、聞いたな。カトレア様はゴレッド王の言う通り、魔物になびいて頭がイカれてしまった。美しきザイールの宝石は、もう存在しない。しかし我等は結託し、敵であるデサリットを滅ぼそう!魔族と手をとり、我々の脅威となった存在を殲滅するのだ!アスラにされたように先制攻撃を許すまでもなく、こちらから攻撃をする!今がその時だ!賛同する者は、拍手を!」
カラカス王様に賛同し、拍手が送られた。その拍手を送ったのは、ゴレッド王様。続いてサンド王様も拍手を送る。更にレオルースさんも拍手を送った。
「……エルヘンド殿は、賛同してもらえないのか?」
「……」
カラカス王様に促される形で、少しの間沈黙してからエルヘンドさんも拍手を送って賛同。カトレア以外の全ての王が、ここにデサリットへ攻撃する意思を示した。
「お待ちください!皆さん、神は──」
「時間の無駄だったな、カトレア殿!少しはまともな話が聞く事ができるやもしれんと思い招待したが、全てが無駄だった!貴殿の国デサリットは敵であると、ここに確定!確定したからにはこの会議に参加させる理由はもうない!ザイール諸王国はデサリット王国に宣戦布告をし、貴殿の参加権を剥奪する!退場を!」
「……最後に、一言だけ言わせてください」
「……いいだろう」
「神は、人々にとって最低最悪の存在。滅ぼすべき、ゴミです」
「ほほ。そうだな。分かったからもう去れ、カトレア殿。聞くに堪えんわ」
カトレアの捨て台詞に対し、ゴレッド王様の反応はそんな感じ。サンド王様も、レオルースさんも、呆れたように鼻で笑うだけ。
一方でエルヘンドさんはノーリアクション。カラカス王様も何も言わなかった。
ただ、一人。アンヘルさんの様子が少し気になった。何も言わない。何もしていないけど、どこか笑っているように見える。もしかしたら、殉教者を求めるあまりそう見えてしまっただけかもしれない。
「……」
結局期待していた反応は、この中からは生まれない。もしこの中に神様と関係がある者がいたら、今のカトレアの台詞に何らかの反応を示すはず。それすらもない。私はアナライズで調べ済みだから分かってはいたけど、改めてカトレアがこうやって反応を伺っても何もないと言う事は、本当にここに殉教者はいないのだ。
だったら、神様の危険性の証拠を示す方法もない。
カトレアは落胆し、黙ってその場を立ち去ろうと歩き出したので、私も続いて歩き出す。
「──……そんな事、言われなくても分かっている」
でも去り際に、そんな声が聞こえて来た。本当に小さな声で、聴覚強化のスキルがなければ聞こえなかったかのような呟き。
その呟きは、カラカス王様の声だった。