弱気な台詞
シェリアさんが去った後、その日はカラカスのお偉いさんへの挨拶回りに翻弄される事になった。
カラカスのお偉いさんは、皆ニコやかにカトレアに挨拶をする。中にはカトレアに対し、やらしい目つきを向けるおっちゃんもいた。それでも基本、皆カトレアには好意的だ。だけど口ではデサリットの悪口を言うのが不思議だ。
でも、そう言う事かと、私は気づいた。
カトレアは魅了のスキルを持っている。そのスキルは他人を魅了するスキルで、カトレアはそのスキルによって他人を魅了しているのだ。皆に愛されるお姫様像も、他国のお偉いさんから口撃されないのも、スキルから来ている物なのかもしれない。
その発動条件は分からない。私やリーリアちゃんが彼女に魅了されている気はしないから。そもそも魅了って凄く曖昧だ。カトレアはなんかこう、魅了する事によって人の心を惑わすような感じもないし、ただ好意を向けられているだけな気がする。
ま、それもこの美貌があってこその物だね。カトレアはキレイだから。ひいき目なしで言ったら、間違いなく世界で一番キレイだと思う。私の中でね。
……これももしかして、魅了されてると言えるのかな。分からないけど、これが魅了なら悪い気分じゃない。
魅了の事はひとまずおいておいて、ようやく挨拶回りが終わると私達は自室に戻って来て各々の時間を過ごせるようになった。
「はぁー……疲れました」
一通りの挨拶が終わったのは、日が暮れ始めたころだった。
しっかりと付いて来ていたフェイちゃんが、机に突っ伏してようやく息を吐く事が出来た。ずっと立ちっぱなしだったし、ご飯も軽食で早食いで済ませ、ずっと気張ってカトレアの傍にいたからね。疲れるのも当然だ。
私なんか耐え切れず、途中で寝てたもん。魔物と関わりたくないのか、誰も私に話しかけたりして来ず放置プレイ状態だったからね。話の内容もつまらない物だったので子守唄に丁度良い。それでもカトレアが私を紹介して回ってたけど、引いた顔をされたのはちょっとだけ面白かった。
と言う訳で、フェイちゃんよりは私の方が疲れていない。でも疲れた。私はベッドでもなんでもなく、妙に寝心地の良い絨毯の上に突っ伏してだらけている。
大勢の知らない人とかわるがわるご挨拶。しかも、愛想笑いを浮かべてその笑顔の裏に何かを隠した大人達。気持ちが悪い。けどまぁ、私が主な相手じゃないので耐える事が出来た。
本当は付いて行くのも嫌だったんだけど、この目で見て殉教者かどうかを確かめる必要があるので、付いて回ったんだよ。いや本当……私の鼻を返して?臭いで分かればこんな苦労をする事なかったんだからさ。この国にはそこだけ文句を言わせてもらいたい。
それにしても、カトレアは凄いよ。あんなのを相手にして笑顔を崩さず、今も余裕の笑顔を浮かべて優雅にイスに座っているんだから。
「皆さん、お疲れさまでした。これでとりあえず、この国の方への挨拶は終わりです」
「こ、この国の方……と言う事は?」
フェイちゃんが恐る恐るカトレアに尋ねた。
私も聞いていて、そこが怖かった。
「まだザイール諸王国に所属する、他の五つの国の王との挨拶は残っていますが、恐らくそちらは拒まれるでしょう。だから、退屈な挨拶回りはお終いですので安心してください。しかし、カラカス王まで挨拶を拒否するとは思いませんでした。これでも私達は、会議のために招かれた貴賓。その貴賓が挨拶に訪れたのを断るとは、非礼に非礼を重ねた行為……それ程までに、デサリットを恨んでおいでのようですね。もしかしたら、ザイール諸王国との戦争は止められないのかもしれません」
「……」
カトレアがぽつりと零した、弱気な台詞。その台詞に、私たちの疲れが一瞬にして吹き飛んで彼女に視線が集まった。
「お待たせしました。お茶が入りましたよ」
そこにネルルちゃんがお茶を淹れて部屋に戻って来た。彼女も私達に帯同していたはずなんだけど、元気そう。
「ありがとうございます」
ネルルちゃんが皆の所にお茶を置いてくれた。私は突っ伏したまま触手でコップを受け取り、触手でお茶を飲ませてもらう。
「そ、その触手、器用ですね。というかお茶も飲めるんですね……」
ネルルちゃんに若干呆れ気味に褒められたけど、褒められるのは嫌いじゃない。なので照れておく。
「ところで、今日会った方の中に殉教者はいましたか?」
「いなかった」
「私も、怪しいと思った方はいませんでした」
今の所、殉教者も神の使いもいない。安心はできるけど、誰がそうなのか分からない不安はある。
けどまぁ、いないものを心配しても仕方がない。今はとりあえずいないと言う事で、平和を満喫しようじゃない。
結局その日も挨拶まわりの疲れですぐに眠りにつく事になり、一日が終わって行った。
次の日になると、この町を一緒に目指していた兵士達が陸路で到着し、彼らもこのお城に滞在する事になった。陸路だと私達も今日到着していた事になる。
当然疲れているだろうなと思っていたんだけど、カトレアが労って迎え入れると、デレデレしてた。元気そうでなにより。
こうしてデサリットを出立した全員が揃うと、その日、シェリアさんからザイール諸王国連合会議の開催日時を告げられた。
それは、明日──会議場で開かれる。
忙しくなるだろう。兵士達は今日辿り着いたばかりなのに、休む間がなくてかわいそう。でもカトレアに労われただけでデレデレする元気はあるみたいだから、きっと大丈夫。
その日は明日に備えて休憩する事になった。でも私達は別れず一緒に過ごしたよ。離れたら神様に手を出された時に守ってあげられないかもしれないからね。
ご飯を食べるのも一緒。お風呂に入るのも一緒。寝る時も同じ部屋。まだちょっと早いけど、楽しい生活だった。
ここにリーリアちゃんもいればなと考えてしまう。リーリアちゃん、何をしているんだろう。元気かな。怪我してないかな。
デサリットで、一人で買い物に出掛けてリーリアちゃんのために買って来たコップを亜空間から取り出してみる。リーリアちゃんが喜んでくれるかと思って買った、ピンク色のコップ。ネコの模様が描かれているんだけど、もしかしたらこのコップもミルネちゃんを意識しているのかもしれない。このコップを使って飲み物を飲むリーリアちゃんの姿を想像し、嬉し悲しくなる。
会いたいな……。