もやもや
男の人の無礼な発言に、場には嫌な空気が流れる事になる。予想はしていたけど、カトレアに喧嘩を売ると言う事は私に喧嘩を売ると言う事だ。
ここからはその覚悟で発言してもらわなければいけない。なので私はカトレアの前にたち、男の人を睨みつけた。
「貴方に言われるほどの根性ではないと思いますけどね」
嫌味にカトレアが嫌味で返すと、男の人は静かに笑った。
でもすぐに真顔に戻ると、私の方を見て来た。
「……噂には聞いている。触手のはえた人型の魔族がデサリットを救ったと。あんたがそうなんだろう?名前は確か、アリスだったか」
「ええ、その通りです。この方が、デサリットの守護者アリス様。とてもお強いので、発言には気を付ける事をオススメします」
「さすがに数万の大軍を一人で退けたと言う化け物に、喧嘩を売るつもりはないよ。しかしなぁ、魔物も連れ込むとか勘弁してくれよ。というか、連れて来るなら連れて来ると前もって言ってほしい。こちらにも色々と準備というものがあるんだから」
「この方が驚くかと思いまして」
「ああ、驚いたよ。でもボクは来てくれると思っていた。むしろ来ると思っていた。君はまったく変わらない」
「……」
どうやら最初のトゲのある言葉は、冗談だったようだ。私は彼の事を敵対的な存在として認識しかけていたけど、その必要はなさそう。むしろカトレアと話す彼の様子はなんだか親し気で、カトレアに対する何か特別な感情を感じさせる。
カトレアは私の物ではない。だから誰が彼女の事を好きなろうと、カトレアが誰を選ぼうと私には関係がないはず。でも何故か心がもやもやする。
「ふふ。アンヘル様は、カラカス王国の宰相ですわ。若くしてその重役を任される、とても頭の良いお方です。私とはシェリーを交えて昔から交友があり、見知ったお相手。なので、信用しても大丈夫です」
私のもやもやを察した訳ではないだろうけど、私の腕に抱き着いて来たカトレアが、そっとそう教えてくれた。
「……分かった」
「そちらは分かっても、こちらは分からん。何故カトレア様ともあろうものが魔物にひれ伏す。国を救われたからか?だとしても、決定的に何かが足りない。ザイール諸王国を捨てる程の価値が、この魔物にあるというのか?」
私の目の前で、私の価値を問うとは良い度胸だ。
その言葉は冗談でもなんでもなく、本気だ。本気と言う事は、それだけカトレアの事を心配しているって事だね。そこには好感が持てる。
「アリス様は、デサリットを救ってくださいました。そして守護者として君臨する事で、他の脅威からも守ってくださっています。それに、とても美しく優しい方なんですよ。その魅力には底が見えず、今現在私はアリス様の魅力に深々とはまっている状況です」
「魔物に魅入られるのは危険だ」
「アリス様なら大丈夫。諸王国よりも信頼のおける方ですよ」
「……ふっ。笑ってはいけないが、笑ってしまう」
「そうだね」
この場で笑っているのは、カトレアとシェリアさんと、男の人だけ。3人にだけツボに入る何かがあったみたいで、私には理解できない。
とりあえず、外で立ち話もなんだからと言う事でお城の中へと通された。通されてから道中お城で働くカラカスの人たちから話しかけられる事になるんだけど、皆がカトレアに対して好意的。カトレアの身を案じ、カトレアの事が大好きだという事が伝わってくる。
意外だったね。最初の、男の人……アンヘルさんみたいな事を言われても不思議ではない状況なのに、誰一人として敵対的な人はいないだから。
カトレアの、皆に愛される美しいお姫様像が眩しく見えるよ。
でも、だけどさ、皆不思議がってるよ。なんでカトレア、魔物の腕に抱き着いてるの、ってさ。
おかげで私に向けられる視線が痛い。私の姿を見て皆が怖がるのは勿論のことなんだけど、通り過ぎたあとに聞こえてくる会話がちょっとむかつく。
あの魔物、もしかしてカトレアに何かしているのではないかと勘繰られているね。人の精神を操る神のように、私が人の精神を操る存在として見られるのは嫌なんだけどなぁ。私にそんな能力はないからね。
でも誰かに抱き着かれるのは悪い気分じゃない。それどころかなんか最近、誰かに抱き締められる事が好きになっている。もしかしたらそれも、リーリアちゃんがいなくなってしまった穴を埋めるための行為なのかもしれないね。
……冷静に分析して、なんかちょっと悲しくなってきた。
「──この部屋は、自由に使っていただいて構いません。しかし本当にお部屋は一つで良いので?」
カトレアと腕を組みながら案内された部屋は、豪華な4人部屋だ。一人で眠るにはデカすぎるベッドが4つと、机やらソファやらが置かれているんだけどそれでも尚空間が余っている。ここは寝るための部屋で、隣にはくつろぐための部屋もあるんだよ。更には更衣室があるんだけど、そこで生活ができてしまいそうなくらい広い。
「ええ、構いません」
「ですが、一国の姫がメイドや護衛と……ましてや魔物と同室で寝泊まりするなど、破天荒がすぎるのでは?」
「うるさいな、アンヘルは。カトレアがいいと言っているんだから、いいだろう」
「お前みたいに雑な扱いをする訳にはいかないんだよ。何せカトレア様は、一国の姫なのだからな」
「あたしだって、この国の姫だ。同じ扱いをしろ」
「そうして欲しければ、相応の行動と気品を身に付けろ」
「アンヘルに口うるさく言われる筋合いはないよ。もうお父様の所に戻りなよ。最近いつもずーっとお父様と一緒にいるのに、今日だけ皆を出迎えに来て、かと思えばわざわざカトレアを部屋にまで案内するとからしくない。ちょっと気持ち悪いよ」
「せっかく友人が来てくれたのだから、出迎えくらいするだろう。お前はそう言う所が──」
「うるさいなぁ!」
私達を案内してくれたアンヘルさんとシェリアさんが、私たちの目の前で口喧嘩を始めてしまった。
カトレに期待してカトレアに目を向けるも、カトレアも止めようとはせず、ベッドに枕を2つ並べてご満悦。そのベッドで一体誰と誰が寝るのかな。
仕方ないので、私が止める事にした。触手でアンヘルさんとシェリアさんを拘束して引き離し、間に入って静かにするようにジェスチャーで訴えかける。
「くっ……なんという力だっ」
「……」
アンヘルさんが身をよじり、私の触手拘束を解こうとするけどビクともしない。それよりも強い力で触手を解こうとしているのが、シェリアさん。静かに力をいれているけど、こちらもビクともしない。
「……私達は、長旅で疲れている。とりあえず静かに、休ませて」
そう訴えながら触手拘束を解くと、2人は謝罪してからこの部屋を去って行った。
さて、ようやく静かになった所で、私はベッドにダイブ。その布団の柔らかさを確かめる事にする。悪くないね。寝心地は抜群に良さそう。この長旅の疲れを取るのに一役かってくれるだろう。
「……アリス様、フェイメラさんが」
ネルルちゃんに呼ばれて目を向けると、フェイちゃんがイスに座って眠っていた。どうやら疲れがたまっていたようで、目的地に着いた途端に電池が切れてしまったと。
まぁずっと気張って、剣士としてのお仕事と言いながら見張りもしてくれていたからね。
私は触手で優しく彼女を抱き上げると、ベッドに誘導して寝かせてあげた。ついでに硬い防具も取り外してあげると、薄着になってしまう。その姿を見て、何かムラっときた。
いやいや、私ロリコンじゃないからね。すぐに布団をかけて寒くないようにしてあげるとその場を後にする。
「とりあえずは、落ち着けましたね」
「はい。お茶を淹れますか?」
「お願いします」
カトレアにお願いされると、ネルルちゃんは馬車から持って来た荷物の中から茶道具を取り出し、部屋を後にした。
「アリス様。現状は、どうですか?神に支配された者の気配は感じますか?」
あまり、人に聞かれたくない内容だからだろう。カトレアはベッドに座る私の隣に腰かけると、身を寄せてきた上で耳元で話しかけて来て、ちょっとくすぐったい。
でもおかげで言いそびれていた事を思い出した。私の鼻についての事である。