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酔いたいワタシは考える

 当たり前のことだが、放課後のもう日が暮れる前の校舎に生徒はいない。遊ぶ奴らはさっさと学校を出て大型のショッピングモールがある隣町まで行くし、部活動だって運動部は校庭や体育館で練習をしている。文化部は校内で活動をしているのだろうが、旧校舎(あっち)の部室棟での活動がメインだろうから新校舎(こっち)にはいない。そういう俺も部室に向かうために教室をでてから渡り廊下を歩いている最中だ。校庭を覗くとサッカー部が練習をしていた。そういえばクラスのサッカー部員が、大会が近づいてきたからいつもより練習が厳しくて大変だと話していた。何でも今年入部したての一年生が上手いらしい、負けないように自然と練習にも熱が入るとテンションを高くして言っていた。上手い後輩が入ってきて嬉しいのだろう。


 俺が所属しているオカルト研究会は変な奴らが多い。学校にある開かずの裏門の原因を探ったり、廃ビルで目撃された赤いワンピースを着た女を調べたり、巫女服姿の鬼が市内を徘徊していると法螺を吹くやつが居たり、部室にさえいれば何回見ても聞いても飽きない体験談や経験談を知れる。真面目に聞くには馬鹿馬鹿しいが読書をしながら小耳にはさむ程度ならそういった雑音はちょうどいい。

今日はどんな話が聞けるのか期待しながら歩いていると前から一人の少女が歩いてきた。左手には本を持っている。何か考え事をしているのだろうか、うつむきがちな姿勢をしていて周りが見えていないようだ。このままではお互いにぶつかってしまう。うーん仕方ない。ここは先に気付いた俺がよけることにしよう。来ていることに気がついているのに避けないなんてのはダサいからな。少女をさっとよけ、そのまますれ違い、何事もなく部室に向かう。後ろに背負っているリュックの中に入っている魔法瓶。そこに入れているあたたかいほうじ茶を部室で飲みながら塾で出された課題をする。よし、俺のプランは完璧だ。――だがそれは失敗に終わることになった。なんとすれ違いざまに少女に制服をつかまれたのだ。そのまま二人して固まる。依然として少女は下を向いたまま顔を上げない。いったい何を考えているのだろうか?


「来て」


どこからか、そう声が聞こえてきた。耳触りのいい声だ。だが今この廊下には俺と少女しかいない。つまり…、と、そこまで考えていると体がグイッと引っ張られた。


「あ? あぁ……って、えっ!?」


俺は引っ張られながら少女の後ろをついていく。人を惹きつける声、すらっとした身体に映える鮮やかな黒い髪。俺は少女の正体に気付いた時、冷や汗が止まらなかった。腕を掴んだまま彼女はこちらを振り向くこともせずにすたすたと廊下を突き進んでいった。


「な、なんだ?」


階段で三階まで上がると人気のないトイレの前で立ち止まった。そして、いきなり俺の背後に周り後ろから背中をどついてきた。おもわず体勢を崩して前方に倒れそうになる。だけど、そこには扉が……やむを得ない。手で扉を押して中に倒れこむ。いきおいがついていたから扉はバンッと大きな音を立てた。てのひらが痛い。


「いってぇ! ……なんだよ?!」


振り返るとそこにはいたずらが成功したこどものように、にやりというな笑みを浮かべている少女が立っていた。手に持っている本の表紙には『Closed(クローズド) Rooms(ルームズ)』と書かれており、檻の中で少女が体育座りをしている状況を横から見たものが描かれている。


「やあこんにちは。さて、突然だけどここがどこか、わかるかな? うん、キミは知っているよね、ここが女子トイレだってことを。あーあ、入っちゃったねー。男の子なのにねぇ。あれ、知らないのかい? 女子トイレに男子は勝手に入っちゃいけないんだよ?」


天使のように整った顔からはとても想像がつかない下衆びた言葉が、彼女の口から楽しそうにぺらぺらと出てくる。放課後だがここは部室棟だ。この付近で活動している生徒もまだたくさんいる。誰に見られるかわからない状況なのになんでこいつは楽しそうなんだ?


「突然のことで困惑しているみたいだねキミにもそういう感情があるとは……。ああ、そんなに身構えなくてもいいよ。危害を加えるつもりは今のところ一切ないし」


えっ? いま、俺、突き飛ばされなかったか? あれは危害じゃないと?

困惑している俺を横目に彼女はペラペラと話を続ける。


「じゃあ、本題に入るとするかな」


手を広げ腕を開き、俺を見下すような格好だ。ムカつくけど様になっている。


「ワタシはかわいい。あ、勘違いしないでくれよ。別に調子に乗っているつもりはない。客観的に見てのことさ。そして、キミも端正な顔立ちをしている。……行動はお年寄りみたいだけど」


口をはさむ間もなく少女は話す。自分で言うなとか、余計なお世話だとか言いたいことはいろいろある。だけど、彼女の行動や話していることの意味が分からず、口をだせない。このまま彼女の話を遮ってはいけない、そんな気さえした。


「そんなキミが、さ、仮にだよ。女子トイレに侵入したなんて話、学校中で噂になるには十分な内容じゃないかな?」


ここまで聞いてようやく彼女の言いたいことがなんとなく理解できた。それと同時に彼女の頭には悪魔のつのが生えているようにも見えた。……彼女は俺を脅迫しているのだ。だがわからない。俺たちはクラスメイトだが特別なにか接点があるわけでもない。何か彼女の気に障ることでもしたっけ? なんのためにそこまでして彼女が俺を貶めようとするのか全くわからない。見上げると彼女は満面の笑みで言った。


「今の状況を理解してくれたようで助かるよ。だからさ、ワタシに協力してよ。ほんの少しの間でいいから」


口角はやや上がりうっすらと開かれた目はまさに“何かを企んでいる笑み”だ。


「……ワタシを学校の七不思議にしてくれない?」


「はぁ!?」


突き飛ばされたまま水色のタイルに膝をつく俺を上から見下ろす少女はしばらくの沈黙から放たれた衝撃の言葉。最初自分の耳を疑った。だが、その刹那思い出した。目の前にいるのは()()だ。うん、それだけなのに、いや、それだけでもう十分だ。常識など通用しない。だけどなぜ七不思議なんだ?

考えが全く分からない。一体そんなことして何になるのだろうか?

それにそもそも……。なんで俺なんだ?

他にももっと相応しい人物がいるはずだろう?

俺なんかよりも遥かに適任な人物が(そいつはそいつでヤバい奴だろうなきっと)。……いや、考えるだけ無駄か。今俺の目の前にいる少女は学年主任どころか、校長でも手に負えないトンデモナイやつだ。そんな奴の考えることなんて俺にはわからない。俺は潔く、彼女に協力することにした。……まあ普段、授業中に退屈そうな顔をして外を眺めているこいつが楽しそうにしているんだ。それに乗っかるのもこれから来る梅雨のじめじめとした気分を取っ払うにはいいんじゃないかと思っただけだ。


「……わかったよ。協力すればいいんだろ?」


「やった!」


少女は心底嬉しそうにぴょんと跳ねて、俺に抱き着いた。こいつの考えていることが全く分からない。こっちは思春期の健全な男子だぞ。そんなことされるとドキドキしちまう! どう反応していいかわからずあたふたしていると、スッと彼女は俺から離れて説明を続けた。


「じゃあ、早速だけどこのあと教室に戻ってもらえないかな? 詳しいことはそこで説明するよ」

そう言うと、少女は足早に女子トイレを出ていった。


「……はあ」


どっと疲れがわいてきた。今日はもう部室に行く元気はない。教室でアイツと話してさっさと帰ろう。誰か外にいないか慎重にドアを開けてそそくさと女子トイレから退散した。さっきも通った新校舎と部室棟をつなぐ連絡通路からは、変わらず生徒たちの元気な声が聞こえてきた。だけど、言葉は右から左へ流れていく。冷静になって考えてみるが俺は一体これからどうなるんだろう?


(まあ、後悔だけは…したくないしな。こうなったらもう、どうにもならないし楽しむか)


 教室に戻ってきたが誰もいない。アイツは一体なにをしているんだろう。


(塾の課題でもやって待ってるか)


自分の席に座り、リュックからテキストを取り出す。学校で習うよりも少しだけ難しい内容が書かれている。次の塾の授業まではまだ余裕がある。別に問題のレベルとしては解けないこともなく時間もかからないが、少しでも楽をしたいので開いている時間で予習をしている。


「――ふぅー。これでよし、と」


予習も終わりアイツがくるまでの時間を持て余しかけていたそのとき、あることに気が付いた。机の中に何かはいっているのだ。机の中に手を突っ込む。すると思ったより浅いところで右手に硬いなにかが当たった。それをつかんで机の上に置く。それは一冊の本だった。タイトルは『これでキミも共犯者!』。

……この本大丈夫か?


(ま、アイツのしわざだろうな。読んでおけってことか)


そのまま本をペラペラとめくる。真ん中のあたりに栞が挟まれていて、【週末の土曜日、午後一時に図書館前の公園に集合】と達筆で書かれていた。


「あれ、もう見たの? はやいね」


うしろをパッと振り返るとそこには……思わず俺は叫びそうになった。どういう芸当なのかわからない。今いる空間が現実から引き離されたかのような感覚に陥る。

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