七月三日(月) 午後五時 自室
「楓さん!?」
「わっ花梨ちゃんだ! 久しぶりだね!」
ふたりは両手を会えてうれしかったのか両手をつかみながら部屋のなかをぴょんぴょんと跳ねている。ぼくは姉と友達が知り合いだったことにびっくりしてその場から動けなかった。
「二人は知り合いだったの……?」
「そりゃあ、美少女が入学してきたってクラスで話題になったもん。慌てて会いに行ったよね。そしたらおそろいの趣味で意気投合してね。でも、まさかつばきの彼女だったなんて……」
「それはちがう!」
「だったら、なんで家にいるのよ?」
不思議そうにぼくらを見てくる姉に花梨が柔らかな声で言った。すこし寂しそうな顔で花梨が答えた。
「駿英が椿くんの家で勉強会をしようって言って、それにわたしもついてきたんです」
「…なるほどねー。駿英も来てるんだ。それで二人はどうしてパパの書斎に?」
「姉ちゃんは知らないの? 朝にあった掲示板の張り紙を」
「掲示板…ああ、なんかあったかもしれないけど詳しくは知らないわ。モカの答えを写すのに忙しかったから気が付かなかったの。それがどうしたの?」
この姉…! 当たり前のように宿題の答えを写してるぞ。モカ姉もなんでこんな走ることしか頭にない陸上お化けと仲良くしてるんだろう……?
「じつは――」
姉に対して今朝の張り紙騒動について話す。そして誰が貼ったのか、どうして貼ったのか、誰に向けて貼ったのか、知っていることがないか姉に聞いてきた。
「う~ん。なるほどね」
「それでわたしは水平線が見える場所とかにヒントがあるんじゃないかなぁ、って思ってるんだけどどう思いますか?」
「確かに、空に波が届くの部分には当てはまると思うけど。この辺に海がないからどこのことを指しているのかが絞れないんじゃないかな。あたしは、これは誰か一人に向けた警告文なんだと思うんだけどさ、勝手に持ってきてもよかったの?」
「紙も何枚かあったから、いいかなーって」
ふと思う。一人に向けたものだとしたら、どうして何枚も紙があったんだろう?
「じゃあ問題もないわけか……。まあ来週から期末テストも始まるんだしほどほどにねー」
「……じぶんが一番危ないくせに」
「椿? なにかいったかしら?」
「ナンデモないですヨ!」
姉が笑顔で聞いてくる。花梨がいなかったら問答無用でゲンコツが落ちていただろう。
……すこし! 少しからからかっただけじゃないか!!
「でも二階に戻る前に、花梨ちゃんには来てもらおうかなー」
「なんですかー?」
「まあ、いいからいいからっ!」
心臓をバクバク鳴らしているうちに花梨は手を引っ張られてリビングの方へと行ってしまった。途端に静寂に包まれる。書斎はきれいにしたし、本も渡せた。ぼくも自分の部屋に戻るか。
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花梨ちゃんの腕を引っ張って連れていき、あたしたちはリビングのソファに隣り合って座った。
「どうしたんですか? いきなり……」
「ねえ、花梨ちゃん。あなた椿のことが好きなんじゃない?」
「えっ……? どうしてわかったんですか」
オロオロと驚きの様子が隠せていない。その姿はまるで隠していた餌を見つけられたウサギの様だ。
「やっぱり! なんかこう…キュピーンっと来たのよ。いやー青春してるねー」
「理由になってませんよもぅ…。あのつばき君にはこのこと――」
「わかってるって。あたしもそこまで野暮じゃないわ。でも、気を付けてね。姉の私が言うのもあれだけど、あの子そこそこモテるのよ。うかうかしていたら、誰かとくっついちゃうかもね」
「――っ! はい! ありがとうございます!」
「あたしが言えることはここまで。誰かに肩入れはしないから安心してね。さあ、花梨ちゃんも椿の部屋にもどりな。どうせ駿英は寝ているんだろうし…。二人で彼の勉強を見てあげてね」
「わかりました! 楓さん、ありがとうございます!」
「はいはーい。そうだ、つばきとデートに行くなら人があんまりいないところがいいかもね」
二階へと向かう花梨ちゃんの背中にアドバイスを上げる。すると、少しだけ振り向いてペコっとお辞儀をした。
(まったく律儀なんだから。かわいくて性格もよくて……椿はいい子に好かれていてうらやましいわ)
「……はぁ、あたしにもいい人が見つからないかなー」
天井を仰ぎため息交じりの愚痴をこぼす。
(さてと、椿はいったい誰とむすばれるのかな……花梨ちゃんのことはあの子に伝えておいた方がいいよね)
携帯電話をとりだして一人の少女に連絡をする。あたしはこの恋の中には入れない、弟が幸せならそれでいい。それでも甘酸っぱいオレンジのような恋心を持っている女の子たちのことは平等に応援したいじゃん。だから……ね?
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部屋に戻ってきた花梨と目が合うとさっと視線をそらした。……あの姉め。きっと僕の悪口を言ったに違いない。
「おー、かりん。もどってきたか」
「あれ、アンタがまじめに勉強してるなんて。ねえ、椿くん何があったの?」
「いや、さっき部屋に戻ったときにまーだ寝てたから、飛び乗って起こして苦手な理科の勉強をさせてる」
「……椿くんって意外とアグレッシブだよね。それでどんな感じなの?」
「う~ん、まあ今日の分の勉強は終わってもいいかな」
「や、やっとおわった」
「そんな恨めしそうな顔でこっちを向くな。そもそもお前が毎日宿題くらいでも勉強していたら全く違ったぞ」
「そうは言ってもなー。おれ、お前と違って部活もやってるんだよなー。家に帰って勉強なんて疲れてやる気も起きねーよ」
「まあまあ、ここは椿くんの言うとおりのペースで勉強しよ? 一学期から先生に目を付けられたくないでしょ。わたしも手伝ってあげるから」
「わ、わかった。やるよ! 中学一年の夏で置いていかれたくないからな! お前らの話についていけるようになりたいからこれから頑張るぜ!」
「おお、よく言ってくれた駿英! それじゃあ今週はこの量の勉強をしておいて」
そういって一枚の紙を駿英の前に差し出した。紙をとった駿英はそこに書かれている内容を見て汗をかいている。おかしいな、この部屋は今エアコンをつけているんだけど。
「ばっか、冷や汗だ! ほんとにこの量をやれって言っているのかつばき?」
「まあ…一週間だけだから。それにさっきの言葉は嘘だったのか。ぼくはあの言葉すごくうれしかったんだけどな」
「ぐっ、……わかったよ。やってやる! よし決めた! つばきからもらった紙以上に勉強して、お前たちにテストの点数で勝ってやる!!」
やる気になった駿英は、その勢いのまま理科のワークへと突っ込んでいった。おお、すごい勢いで問題を解いていくぞ。
「ぼくたちよりも上となると……」
「それはもう“奇跡”としか言いようがないわね」
「うるせえ! やってみないとわからないだろ!」
「えーと。椿くん、このあいだのテストの合計点と順位を教えてくれない?」
「たしか……合計点数は四八〇点で順位は二位だったかな」
「…………え?」
「わたしも点数はそこまで高くないけど、順位は一ケタだったよ」
「………………」
部屋の中に沈黙が訪れた。
「駿英もこれから頑張れば二学期期末までには…きっと結果が出てくるよ!」
「おれは…おれは……」
みるみるうちに問題を解くスピードが遅くなっていく。
「土曜日は図書館で張り紙の謎を解くこともかねてまた、勉強会を開いて質問にも答えるよ。あと駿英は数学も苦手だからワークは一緒にやろう」
「わかった…。勉強をしてお前たちに勝つことに地道な努力以外の方法はないってことか。よし、後は家に帰ってからやるよ」
「図書館で勉強会をするときはみんなでお弁当食べよ! ふたりとも、私が作ってくるから楽しみにしててね」
「楽しみにしてるよ!」
「おう、…頑張れよ」
それからぼくたちはしばらく談笑した後に解散した。駿英は自分で決めたことを曲げることはしない。一度やると言ったらやりきる性格だ。だから、部活でも熾烈なレギュラー争いに食い込むことが出来ている。きっと勉強も頑張ってくれるだろう。土曜日になるのが楽しみだ。花梨が選んだマンガ、彼女はキラキラとした目で受け取ってくれたけどあうだろうか。
二人が家から帰ると同時に父さんも家に帰ってきた。仕事の気分転換に散歩をしていたっぽい。父さんに部屋の中を整理したと言ったら大変喜ばれた。なんでも、時間が取れなくて後回しにしていたらしい。ぼくは知ってる。後でやるっていう人はだいたい屁理屈をこねてなかなか動き出さないことを……。
でも掃除をしてくれたお礼に、もしも次の期末テストでいい点をとったら何でも買ってあげると言われた。やったね。姉からはニヤニヤといやらしい視線がとんできたが花梨になにを言ったのかを聞く勇気はなかった。
それから金曜日までいったん怪文のことは忘れて、ぼくたちはそれぞれ勉強を頑張った。週の最初では漢字の小テストで〇点を取っていた駿英も金曜日にはなんと八〇点をとるまでに成長した。ひょっとすると本当にぼくたちに勝てるかも……? もちろんぼくと花梨もお互いに負けないようにするために必死だ。各々が怪文からはいったん離れて金曜日まで過ごした。そして明日は図書館に行く日だ。怪文の謎が解けるといいけど……。