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七月三日(月) 午前七時四十五分 図書室

 図書室は学校の中でも特に好きな場所なんだ。昔からずっと使われている木製の机と椅子が日の光に当たり、くすんだ紙の匂いと共に居心地の良い空間を作り出し、埃一つない床に、さまざまな高さの本棚が並んでいる。地域の歴史や地理について調べることが出来る場所は図書室の一番奥に設けられており、地図帳を持ち出してスポーツや電気の本棚を横目に窓際の一番奥の席に座った。外から吹く風でカーテンが揺れる。遠くからからは吹奏楽部の演奏や運動部のかけ声が流れてくる。どの部活も大会が近いんだろう。けど来週にはもう期末テストが始まる。テスト一週間前になれば、どの部活も例外なく、活動ができなくなる。だから、朝の時間を使って練習しているみたいだ。まあ、ぼくには関係ないことだけど。


 地図帳をペラペラとめくっていると住んでいる町が出てきた。町を東から西にかける鉄道があり、北側は繁華街(はんかがい)、南側は住宅街とはっきり分かれている。そしてじっくりと眺めていると、この中学校の裏山に神社があることに気付いた。神社と神隠し、なにか関係はあるかな? そして、一体どんな神社なのか。山の中にある訪れたことがない神社に思いをはせていると、入り口の方からガタっと音が聞こえた。驚いて扉の方を少し見ると、ガラガラとドアはゆっくりと開き、一人の女子生徒が入ってきた。

ぼくはその少女に見覚えがあった。室内をきょろきょろと見回している少女はこっちに気が付くと、おどおどとした様子でこっちへと近づいてくる。同じクラスの新田 真弓(にった まゆみ)さんだ。図書委員として、放課後図書室に集まって教室に掲示する『図書だより』を一緒に作ったり、お互い本好きだということで、ぼくに本を貸してくれたりする子でもある。教室での彼女は耳より下で二つ結びにしている髪の毛が印象的で眼鏡をかけている物静かで本好きな子という印象だ。普段の彼女なら、この時間は教室の席で本を読んでいるはず。読みたい本を選びに来たのかな。


 ふしぎに思いながら視線を地図帳にもどすと、人がいない図書室に響く足音がだんだん近づいている。そしてぴたりと止む。彼女はぼくの隣までやってきていた。もう一度顔をあげる。いつもはおだやかな表情をうかべている新田さんだけどいまは少し、不安そうだ。何か用事かな。

貸してもらった本のことか、それとも委員会活動か。どんな用件なのかわからなくて話しだせず、お互いに無言の時間が続く。先に口を開いたのは彼女だった。それは、間近にいるこの距離でも、届くまでにかき消えてしまいそうな細い声だった。


「あの、夏木(なつき)さん見かけませんでしたか?」


「えっ夏木さん!?」


ここが図書室だということを忘れておもわず大きな声が出る。あの夏木さんを探している、それだけで信じられない気持ちになった。


「ぼくは見てないけど、夏木さんがどうしたの?」


「えっ…いや、なんでもないの。教えてくれてありがとう」


そういうと彼女はそそくさと図書室から出て行ってしまった。いったい何だったんだろう。その後しばらく地図帳や借りている本、理科の教科書を読んだけど、どれも頭に入ってこない。どうやら、さっきの会話で変な緊張感をもっていたからか、本を読むために使われていた集中力はどこかに飛んでちゃったみたいだ。このままここにいてもどうしようもないな、と読んでいた教科書をカバンにもどし、教室に向かおうと席を立つ。ふと窓の外に視線を移すと姉が学校の外周を走っていた。どうやら朝練には間に合ったようだ。宿題の方は……まあ誰かが助けてくれるだろう。姉は、ぼくとは違って社交的だし、友達も多くいる。…その明るさをちょっとだけうらやましく思う。


 地図帳をもどし、図書室を出ようとしたとき、推理小説のコーナーに一人の少女が佇んでいるのを確認した。その少女は背が高く腰までさらりと伸びた黒髪は透明感があり、小さな顔を引き立たせている。横顔しか見えないが、まるで絵画の世界から抜け出したかのような美しさにおもわず見惚れていると、少女はこちらに気づくことなく本棚から本をだしてもどして、人差し指を右へ左へと動かし次に読む本を品定めしている。目を引く本を見つけたのだろうか、人差し指をその本の上へと動かすと、くいっと引き手をからめ本を取りそのまま図書室を出ていった。教室がある方へと続くろうかを彼女が曲がってからようやく、あることに気付いた。


 (あの人、図書室の貸し借りカードに記録してない!)


図書室に置いてある本は図書室で読む分には自由に読むことができるのだが、教室や家に持ち帰って読もうとする場合には図書委員と貸し借りカードのやり取りを行わなければいけないことになっている。急いで出ていった後を追いかけたけど、昇降口まで続く廊下にはすでにいなかった。彼女は一体だれなんだろう?


 図書室から一年生の教室までは階数の違いもあり距離が遠い。なんて不便な場所にあるのだろう、もっと使いやすくしてほしい、頭の中で文句を言いながら階段をのぼっていると、がやがやとした声が聞こえてきた。始業の時間が近づいているからか、校内の人の数も増えてきている。教室で睡眠不足を補うように机に突っ伏している人、廊下でほかのクラスの友達と話している女子の集団や、紙くずを丸めてノートで打つやんちゃな男子など朝の過ごし方は十人十色だ。


 それを横目に三階へと向かう。三年生だけは職員室と同じ二階に教室があるけど、それはきっと進路のことを相談する機会が多いからなんじゃないかな。教室の隣が職員室というかわいそうなクラスもあるらしい。ああ、あと二年したらまた受験生か……。はぁ、とため息をこぼしていると後ろから肩をポンと叩かれた。


「よっ、朝からそんな浮かない顔してどうしたんだ?」


「駿英。ちょっと進路について考えてたんだ」


そう言うと、白いワイシャツから小麦色に焼けた腕をのぞかせる少年は苦虫をかみ潰したような表情をみせ、すぐに口を開いた。


「おいおい、まだ一年生の七月だぜ? いくらなんでも考えるのが早すぎやしないか?」


「いや、そんなこともないよ。志望校について考え始める人たちだっているさ。去年みたいなことにはなりたくないしね」


「うーん。まあ、ほどほどにしとけよ。おまえ、一つのことを考えすぎると周りが見えなくなるんだから。また小学校のときみたいに一緒にサッカーしようぜ!」


ニカッと(さわ)やかな笑顔を見せてくれたこの少年は小学校からの親友でボクの数少ない話相手の一人である。名前は姫井 駿英(ひめい しゅんえい)。小学校に入学した直後にできた初めての友達で、明るくてスポーツ万能で誰に対しても優しい。てきぱきと行動できるのだが抜けているところもありそこも魅力だと思っている。中学では小学校の頃と同様に、サッカー部に所属し、レギュラー入りを目指し日々練習にいそしんでいるらしい。


「二人ともおはよう!!」


「おう、おはよー」


「花梨なんかテンション高いね」


「えっ、いやーそうでもないよ?」


「顔がにやけてるんだよなぁ」


後ろから元気よく挨拶してきた少女は、追いつくために早歩きで階段を上がってくる。彼女の名は宮鳥 花梨(みやどり かりん)。透き通るような栗色のロングヘア―、琥珀(こはく)色の瞳やスラっと高い鼻が西洋人形のような可愛らしさを生み出し入学当初から男女問わず人気を集めている。また駿英とは家が隣同士の幼なじみだ。すろと前を歩いていた二人が三階に続く踊り場で立ち止まっている。どうしたんだろう?


「二人とも立ち止まってどうしたの? もうそろそろ予鈴が鳴っちゃうけど」


「いや、なんかさ……」


「おかしな紙が貼られているのよ。これなんだけどね」


二人の視線は、踊り場の壁にある掲示板に向けられている。保健室の先生が書いた、保健だよりや今月の目標など色々なものが貼られている。部活動紹介の紙も貼られたままであり、あまりきっちりと管理されている感じはしない。そんな掲示板の右下にひっそりとA4サイズの紙が何枚か重ねて貼られている。表には短く、


”日常をもっと楽しみたい方へ、お気軽にご連絡ください”


とだけ書かれていた。


「どこかの部活の勧誘か……それにしては、何部とも連絡先さえ載ってないな」


そう言って駿英はその紙の左隣にある、上側を両端止められている透明のファイルから紙を一枚手に取った。どこにでもあるコピー用紙。紙を裏返すとそこに書かれている内容を見て二人は思わず声を上げた。


「えっ……!?」


「一体どういうことだ……?」


二人が困惑している中、間から覗き見て紙に書かれた文字を目で追った。


”貴方はその女の恐ろしさを知らない。空に波が届き貴方は()い殺されるだろう。悲劇を止めたいのであれば、()()()()()()()()()()に黄昏の山へと迷い込みなさい”


文字はパソコンで作られた文章をプリントアウトされている。筆跡からだれがこの掲示物を制作したのかを見つけ出すのは不可能だろう。言葉の意味もわからず、白い紙にそれだけがポツンと書かれていることも不気味さを増す原因になっているのは間違いない。


他の生徒たちが教室へと急ぐなか、ぼくたちだけが踊り場から動かない。いや、動けない。


「……どうせまた、オカルト研究会が何かやってるんじゃないのか? 学校の七不思議を解明するとかなんとか言ってたし」


駿英がつぶやく。うちの中学校は生徒の活動が盛んで非公式で活動している部活がいくつか存在している。そのうちの一つがオカルト研究会だ。主に地域で噂となっている都市伝説? について調べているらしい。入学当初からその熱心な部員勧誘を学校のいたるところで見てきたけど、活動内容があまりにも胡散臭(うさんくさ)すぎて入った新入部員はごくわずかだ。なんか色々残念な部活って思ってたっけ。今回のこれもたしかに彼らの活動のように突拍子のないものだとは思う。だけどこんなわかりにくい活動をオカルト研究会がするとは考えられない。


「……ってやべぇ! もうこんな時間だ。さすがにそろそろ行かないと予鈴がなる! 急ぐぞ!」


「とりあえず一枚貰っておこうかな……いったいどういう意味なんだろう」


ぼくは掲示板に貼ってあった紙をカバンに詰め込み、階段を一段飛ばしで進む二人の後に続いた。平穏な日常に現れた突拍子のない怪文(かいぶん)の出現は、ぼくのなかの好奇心とそれに似たなにか別の感情を刺激するには十分だった。

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