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七月三日(月) 午前七時半 通学路

 ドタバタと音がする姉の部屋の前を声をかけられないようにそろ~っと気づかれないよう歩き階段を下りる。玄関へ向かうと母さんが玄関前に立っていてその奥に、もぞもぞと背中を丸め、靴を履く父さんが見えた。


「あら、ツバキ。パパと一緒に家を出るの?」


「うん。そうしようかな。宿題が終わっていない姉ちゃんと一緒に行くと押し付けられそうだし」


ぼくの言葉に、まったくあの子は、と額に手を当てながら母さんは苦笑いを浮かべた。その後ろで靴を履き終えた父さんがこちらを見てくる。……少し顔がうれしそうだ。慌てて靴を履き、行ってきます、と父さんと声を合わせ母さんに言い一緒に家を出た。


「いやー最近、椿が父さんの部屋に全然来てくれないから嫌われたのかと思ってたんだ」


ぼくは中学校、父さんは駅までの道。家の門を閉めて歩き始めた父さんがぽつりと言った。


「そんなわけないよ。……クラスメイトから借りている本があるから、まだいいかな」


「そうか、本を読む友人がいるのか。椿、父さんの書斎は日々、本が増えているんだ。いつでも呼んでいいぞ。本は良いものだ、たくさん読んでも悪いことなんてないんだから」


「その前にもともとある本の整理をしてよ。足の踏み場がなくて困ってるんだから。……まあ、そのうち連れてくるよ」


声のボリュームが下がると同時に、会話も途切れる。父さんの書斎には、本が大量に置かれている。天井まで届きそうなほど大きい本棚にびっしりと並べられている様子はまるで小さな図書館だ。中学校に上がるまでは図鑑や絵本、児童向けの小説などを読むためにちょくちょく足を運んでいた。もちろんそれ以外のジャンルの本もあるのだが、興味がないのと、難しそうという理由で気分が進まない。


「じゃあ父さん。学校、こっちだから」


通っている中学校までは、十分も歩けば着く。家を出て、右手の方向にまっすぐ進むと少し大きな道につながる。この道は左に曲がれば中学校、右に曲がると駅に続く商店街通りに進むT字路になっている。電車に乗って会社へと向かう父さんとはここで別れる。


「おう。気を付けてな。……なあ、椿。学校は楽しいか?」


「うん…? まあ、そこそこ楽しいよ」


「……なら、いいんだ。もう少し学校内で活動をしたらどうだ、なんて立派な親みたいなことを言おうとしたがこれはおせっかいだったな」


そういって父さんは背中を向けると、左手に着けた腕時計を確認し、おもったよりも時間に余裕がないことにびっくりした様子で、小走りで行ってしまった。


(学校内…ね。あいかわらず父さんは鋭いな)


どうしたものか、と顎に手を当て考えながら歩く。でもこの問題は考えても、考えても、答えは出ない。そんなことは知っている。ただぼくは学校での楽しみ方がわからない。

部活には入っていない。自分の時間を作るためだ。友達も少ない。…これも自分の時間を作るため、いや、ただ人と話すのが苦手なだけだ。そんなこんなで中学生になってから、放課後はすぐに家に帰って授業の予習や復習をしていた。別に勉強で一番をとりたいからではない。勉強をして賢くなって、教養やマナーを付けてぼくは早く大人になりたいんだ!


(はぁ。とりあえず図書室に行こう。…そうだ、新田さんにおすすめする本を探すのもいいかも。)


いままで正面を見て歩いていなかった(危ないからみんなは前を見て歩こう)が、すでに中学校の正門が三十メートルほどの距離まで近づいていた。まだ朝も早いからか登校している生徒もまばらだ。…姉は部活の朝練に間に合うのだろうか。ぼくらの中学校には正門と裏門の二つがあり、裏門は緊急(きんきゅう)時以外の使用が禁止されている。というか入学してから四ヶ月が経つけどどこにあるか見たこ

とすらない。


 そして学校の奥にはたくさんの生き物が生息している裏山も見える。秋になるとところどころ紅葉して町の景色をにぎやかにしてくれるが一度も入ったことがない。それはこの地域で有名な話だけど、神隠しの噂があるからだ。神隠しが本当か嘘かはわからないけど、子どもの頃、親から叱られるときには裏山に捨てるぞと言われたことがある。それほどだ。きっと何か怖いものがあるんだろう。でも、行ってみたい。ぼくだってもう中学生だ。ある程度のことは一人でできる。迷子になって帰れない、なんてそんなことは、ない。正門を通り過ぎ、下駄箱までの道を歩いているとあることを思いついた。


(この裏山のことを調べて、中に入ってみたら面白いんじゃないか――そうだ! これを八月にやれば少しは充実した夏休みになるんじゃないか? 昆虫や植物も多いだろうし、近くの公園とは比べ物にならないほど広い! それに秘密基地を作って裏山で生活してみたい!)


そうとなれば善は急げだ。図書室には地域に関係する資料がある。下駄箱で上履きに履き替え朝の見回りをしている教師に、怒られない程度に大股でせかせか歩き、冷めない好奇心に動かされながら図書室のドアを開けた。図書室の奥からガタンって音が聞こえて来たけどなんだろう?

今思えば、このときの好奇心があったからこそぼくは、…いや、()()()()()()()()()()()()()()()()()()。でもそれは、少し遠い未来の話だ。


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