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七月三日(月) 午前六時 自宅

 ――ピピピ、ピピピ……。

頭の中がぼやけたまま右手をごそごそと枕のあたりまで動かす。すると、人差し指に何かが当たりガッと鈍い音が部屋に響いた。一定な音の繰り返しを周囲に放射しながら振動する物体。その上部についている突起をうっすら開けた目で確認し眉間(みけん)にしわを寄せながらカチリと押す。音は止み、部屋にふただび静寂(せいじゃく)がおとずれる。ふぅ、と一息ついてから大きく伸びをする。

目覚まし時計。朝の穏やかな時間はこいつを止めたところから始まる。


 それから、もぞもぞと布団の中で手足を動かす。体が温まり、ようやく脳が働きはじめたら、ベッドから起き上がり、クローゼットへのそのそと向かう。目覚まし時計は午前六時半を過ぎていた時刻をさしていた。

着替えながら窓の外を眺める。まだ町を歩いている人は少なく、電線にとまっているスズメの鳴き声が頭の中にたまった形容しにくいモヤモヤを払ってくれる。クローゼットから取り出された制服はすでに入学時の緊張感を失っている。母さんがアイロンをかけてくれた校章の刺繍が胸ポケットについているワイシャツに手を通して、退屈そうにうなだれている半透明のボタンを不器用につける。

(高校は私服登校できるところがいいな。あ、でも毎日着る服を考えないといけないのか、うーんむずかしいぞ。…パーカーとジャージのズボンでいいか。)


 部屋の扉と勉強机の間に立てかけられている鏡を使って、着替え終わった全身を写してみる。うん、これといって特徴(とくちょう)がない平凡な男子中学生がそこには立っている。学校指定のブレザーを違和感なく着れていることがせめてもの救いだ。


 着替え終わったら部屋を出て廊下(ろうか)をまっすぐ進み、突き当りの右側にある洗面所で顔を洗う。部屋に戻り、今日必要な教科書やノートを机の上からカバンに詰め込み学校に行く準備を整える。カバンのチャックを閉めて時計を見る。起きてからおよそ十五分。うん、いつも通りだ。それからは朝食の準備ができるまで、同じ委員会に所属しているクラスメイトから借りた本を読んでいた。ぼくは朝に予習や読書をすることが多い。寝起きの頭にすっと情報が入ってくるからだ。しばらく夢中になってページをめくっていると下の階から母さんの声が聞こえてきた。


 朝食が出来たみたいだ。読んでいた本にしおりを差し込んで閉じ、部屋を出て階段を降りていく。リビングには父さんが先に座っていて朝食を食べながら新聞を読んでいた。母さんはまだ洗い物をキッチンで片付けている。


「おはよう」


「うん、おはよう」


「おはよ。今日から朝はパンよー」


両親に挨拶をして、自分の席につく。


「いただきます」


テーブルに並ぶのはトーストやソーセージなどの一般的な洋食だ。

うちの朝食は一週間ごとに和食と洋食が交互に出ることになっている。これは、我が家にパン派とごはん派が均等にいることを受け、いざこざが起きた際に母が提案したものだ。正直、ぼくはどっちでもよかったんだけど、二つ上の姉がどうしても朝に洋食が食べたいというので、ぼくはパン派に所属している。姉という生物は本当に恐ろしいもので、パン派にならなければ家の手伝いを半年間押し付けるというのだ。そんな横暴許してたまるか!

弟に対してあまりにもひどい取引(もとい脅迫)なんだけど…、まだ力で勝てる存在じゃないから、ぼくはおとなしく姉の言うことを聞くことにした。まあ、母さんの作ったおいしいごはんが毎日食べられるならパン派でもごはん派でもなんだっていいさ。


 食卓に置かれている料理を見る。外はカリッと中はふわっと絶妙な加減で焼かれたトースト、黄身をスプーンで割るとトロッととろける目玉焼き、胡椒(こしょう)の効いたベーコンの香ばしいにおいが食欲をかき立てる。母さんは料理が得意だ。どうしてそんなに料理が上手なのか姉と聞いたことがあったがそのときは、愛の力が強いからかしら、と答えのような答えになっていないような曖昧な返答をされた。


「おはよー。ふぁ~眠いねー」


朝の至福の時間を堪能していると、まだパジャマ姿の姉が大きなあくびをしながら、のそのそと階段を下りてきた。椅子に座ると机に置いてあるコップを勢いよく掴み、牛乳をグビグビとのどに流し込んだ。


「あ、そっか! 今日から一週間は洋食だったね。んぐっ…んぐ、ママいつもありがとね!」


「こらこら、ちゃんと噛まないと喉に詰まらせちゃうわよ」


「全く…そのせっかちさは一体誰に似たんだか」


「父さんでしょ。今日もシャツのボタン一個かけ間違えてるし」


「なにっ?! ……椿(つばき)、そういうことは早く言ってくれ」


「はいはい」


姉が来ると、場が一気に、にぎやかになる。父さんに注意されても姉は口いっぱいにトーストをほおばるし、父だって読んでいた新聞から顔を上げ、会話に参加する。弟に暴力をふるう姉だが、なんだかんだ尊敬しているし好きだ。朝の心地の良い空気の中で父さんが何かを思い出したように口を開いた。


「そうだ、二人とも。まだ犯人は捕まっていないから夕方までには家に帰るんだぞ」


「あらあら、まだ捕まってなかったの? おっかないわね」


「警察頑張ってほしいなー。それのせいで部活も夕方までしかできなくなっちゃったし」


「椿も気を付けるんだぞ」


「いざとなったら、お姉ちゃんが駆けつけてやるわ!」


「……その前に警察に連絡するよ」


 数日前、住む人々を震撼(しんかん)させる事件があった。この町の自然公園から男性と思われる死体が発見されたというのだ。損傷が激しくまだ身元は明らかになっていないというのだが、このあたりが閑静(かんせい)な住宅街ということもあり皆が大きなショックを受けた。被害者の年齢も性別もわかってはいない。それでも現場の状況から殺人事件と断定され、今もなお捜査が続いている。

猟奇的(りょうきてき)な殺人鬼の可能性もあるし、怨恨による犯行という線もある。

新聞やテレビでそのニュースを知ったとき、なにかモヤモヤ引っかかる気持ちになった。でもそれがなぜかはわからないまま。犯人の目的は一体何だろう?


「おっと、もうこんな時間か。私はそろそろ行かないといけないな」


父がテレビの上にかけられている時計を見て立ち上がる。どうやら今日は外でお仕事があるみたいだ。


「あっ! 今日は朝練があるんだった!」


それに続き、姉もドタバタと自分の部屋に戻っていった。

音を出さないといけないゲームでもやっているのかと思うほど姉は朝から騒がしい。


「椿はどうするの?」


「ぼくも、もうそろそろ学校に行こうかな。教室で勉強でもしてるよ」


「そう……気を付けてね」


「はいはい」


 いったん自分の部屋に戻り、忘れ物がないか確認する。朝読んでいた本をカバンに入れ準備は万端(ばんたん)だ。一方、姉の部屋からは「あーいそがしいー」、「げっ、数学の宿題やってなかった! ……椿に解いてもらおうかな」といった声が聞こえてきた。ずいぶん慌てているようだ。まったく、今年は受験生なんだからもう少ししっかりしてほしいものだ。


(中学三年生の問題は解けないな……。教室で勉強していたら、姉に宿題を押し付けられそうだし、朝は図書室にいよう。ちょうど読みかけの本もあるし)


時計の時刻は朝の七時二十分を指していた。

目覚まし時計は悪くない……。起きれない私たちがわる……いや、すやすやの眠りを妨げる目覚まし時計が悪い! きっとそうだ!

さて、殺人事件が身近で起きることなんてめったにございません。(切実にそう願いたいものです)

ただ、もし起きたとして我々は即座に、身の回りを警戒することが出来るでしょうか? これはとても難しい問題です。ましてや人生経験が浅く、経験値も少ない子供たちがです。まだ主人公もどこか遠いところのように考えていますよね。映画やドラマ、はたまた漫画のようなフィクションのようなものから、一気に現実のものだと思わされる瞬間は、……いつ来るのでしょうかね?

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