酔いたいワタシは唆す
「――さてと。じゃあここからは自由行動で」
簡潔にこれからのことを伝え、ワタシは彼に背を向けて歩き出す。
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 自由行動っていったって俺は図書館でやることなんて特にないぞ」
はずだったが、情けない声に引き留められる。
「君は一年生の…椿クンのところにでも行ってばれない程度にヒントになりそうなことでも言っていればいい。くれぐれもワタシの名前を出すんじゃないぞ。じゃあまた」
それだけ言うと足早にその場を去る。
「そんなこと言ってもな…」
ぼやいている彼の声が次第に遠ざかっていく。
今日はこの建物で調べものをするのだが……、安居院のお嬢様が夕方貸し切りにしたいと突然言ってきたので、対応に追われ、もう疲れがたまっている。
どうやら彼女は彼女で大変なことに巻き込まれているらしい。お互い、普通じゃない親を持つと大変だなと同情する気持ちと共に、忙しいときに急な仕事を増やしおってという弱音に近い恨みも抱いた。まあ、女史と買い物をする約束を取り付けられたので結果的には良しとしよう。交渉をする際に慌てていた女史の顔を思い出しおもわず笑みがこぼれる。そうこうしていると目的の場所につく。この小さな部屋の中で一人の少女と待ち合わせの予定がある。私は部屋内の文献を抜き取り待ち時間を適当につぶすことにした。
(まったく、彼女も難しいことを言うものだ。好きな人と距離を縮めたいから方法を考えてくれだなんて…。)
ペラペラと持っている本のページをめくりながら、先日部室に来た少女の姿を思い出す。
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「――あの、ここが《占い研究会》の部室ですか……?」
「おや、べっぴんさんが来たね。君の名前は?」
たどり着くことが至難な場所に、学校で噂になっている美少女が来た。それから幾度かの受け答えでお互いの簡単な自己紹介をすます。たわいもないやり取りだったが、彼女が学校内でいろんな人に好かれている理由が分かった。噂で聞いていた以上にやさしく穏やかな子だ。でも、自分の願いは絶対に叶えるという強い気持ちやしたたかさを持ち合わせており、それが、ワタシの興味を一層強く惹いた。
「……わかった。キミの願いを叶えようじゃないか。えーっと、確かここにあったはず…これさえ使えば、想い描ていた未来が叶えられるさ」
話題は相談ごとからとりとめのない学校生活のものへと変わっていき、そろそろお開きの時間が近づいていた。私は占い関連の書物や道具が置いてある机の引き出しから、白い粉を取り出し彼女に渡した。不安そうな顔で受け取る彼女に、そんな危ないものではないと説明をして、もう日が暮れるから帰りなさいと促した。
そう、弁当に混ぜてしまえばバレることはないということもしっかりと伝えた。
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「すいませんっ、遅くなりました!」
息を切らしながら小部屋に入ってきた、栗色のロングヘア―が似合う子はまさしく先日ワタシの部屋に来た少女本人だ。
「なに、かまわないさ。今日はこの後予定はないからね。それで、うまくいったのかい?」
「えぇ…。でも、こんな方法でよかったのかわからなくて。あっ、もちろん、うみ先輩のことを悪く言うわけじゃないんですけど、なんかこのやり方ってすごくずるくて卑怯なんじゃないかって考えちゃって」
「そうか……」
ワタシは少しだけほっとした。彼女がこのことをワタシに言うかどうかはわからなかった。半ば賭けのような状態だったのだ。
(やはりこれからは全部、満月の時に行うべきだな。こんな心臓に悪いことはやめてしまうに限る。)
「キミは彼のことが好きで、その気持ちには嘘がない。そうだろう?」
「はい…それはそうですけど」
「だったら、今日の夜、この部屋から始まる体験を恐れないこと。キミたちの安全は保障されているからね。これだけ守れば大丈夫さ……安心しきって怪しまれる行動はしないように」
「……わかりました。でも本当に二人はこの部屋に来るんですか」
信じられないという気持ちを彼女は抱いているのだろう。まあ無理もない。なかなか占いなんてものは受け入れがたいものなのだから。
ワタシは幼少期から、人の未来を断片的に見ることが出来る。どういう原理がはたらいているのかはわからない、が、これがまた良く当たる。
きっかけは幼稚園にいたときだった。引っ込み思案だったワタシは、休み時間、外で遊ぶことはせず部屋の中で一人おままごとをして過ごしていた。そのとき、おままごとに使っていた人形を一人の男の子に奪われてしまった。取り返そうと、その男の子と人形を引っ張り合い、男の子が急につかんでいた力を緩め、ワタシは後ろへと転んだ。そこからどうやって家まで帰ったかは覚えがない。気が付くと家で寝ており、最初に目にしたのは横にいた妹の顔だった。
妹は幼稚園に入園してきたばかりだったためまだ幼く、そのため当時の記憶もあいまいなはずだが、このことは、はっきりと覚えているらしい。起きたワタシは、彼女に向かって「うでいたい、いたいの?」と聞いた。頭を打って気を失っていた姉から、起きた直後にこんなことを言われてとても困っただろう。だが、このときワタシは彼女が腕から血を流している光景が頭の中に浮かんでいたのだ。事実、妹は数日後に山で滑り左腕が真っ赤に染まるほどの大怪我を負った。最初こそ新鮮な体験であり、嬉々として周りの人間の未来を見通そうとしていたが、悲しいかな、そんなにいい瞬間を皆から見れるわけではなく、妹のようにつらい出来事もたくさん見てしまったため恨めしい気持ちの方が強くなっていった。次第に、「なぜ、こんな能力があるのか?」と考え込むようになり、自分の状況を納得することができなかった。全部、ただの偶然だと信じて居たかった。この得体のしれない奇妙な力を気味が悪いとさえ思った。受け入れるとして、自分を納得させるための理由が欲しかった。
そして、占いの分野に手を出した。予言や運命といったことを扱うここでなら、もしかしたら、自分が未来をみてしまうの理由をみつけられると思ったからだ。自分の力が何かに当てはまるかと思ったワタシだが、占いは統計学に基づいた大まかな診断であり、時を超えるとか、そんなに便利なものではなかった。
でも気付いたことはあった。それは、ワタシの人の未来をみる力は、タロット占いと相乗効果があるということだ。満月に近い日の予言はかなりの確率で当たるというものだ。それに気づいたのは小学五年生のころ。このころには、力の正体は不明ではあるが、ある程度抑制が出来るようになっていたこともあり、よほど対象者のことを考えない限り、将来は見えなくなっていた。完璧に使いこなせるようになったのは中学に入ってからであり、この頃にはもう自分自身の力に慣れてしまい楽しんでいた。そして面白そうという理由だけで、一カ月のうち月が満ちている五日だけ稼働する占い研究会をつくり学校の中で噂になっていた。だが、最近では――。
「――先輩、うみ先輩っ!」
彼女の声ではっと我に返る。どうやら昔のことを思い出してぼーっとしてたらしい。
「ごめんよ、少し懐かしい記憶の旅にでてたみたいだ」
「いえ、気にしないでください。あの、そろそろわたし行かないとなので失礼しますね」
左腕に着けている時計を確認すると時刻は午後一時半を指していた。そろそろ、駿英クンと椿クンの二人がこの部屋に来る時間だ。
「ああ、わかった。また何かあったら気軽に相談においで。今度は二人っきりでゆっくりお茶でも飲みながらね」
「はいっ! ありがとうございます。それじゃあ、行ってきます」
元気よくお辞儀をすると、扉を開き彼女は出て行った。
(うむ、これで彼女はお祭りのとき椿クンと一緒に回ることが出来るだろう。……だが、その先はどうかな? 彼を取り巻く環境は非常に不安定だ。秋になると……その先のことはワタシにもわからないねぇ。)
この部屋はワタシたちの歴史だ。ずっといられる安心感と心地よさがある。でも今日はそうは言ってられない。
(さて、じゃあ私は本来の目的を遂行しようかな。)
まだ山本クンにも、花梨クンにも実の妹にも伝えていない目的、それは昨今この町を騒がしている、死体遺棄事件、その犯人を捜すこと。翔にはこの図書館が閉館したタイミングで今日の目的をつたえる予定ではある。彼には、三人の保護という大事な役割があるからだ。
この死体遺棄事件、犯人はまだ捕まっていない。しかし妙なことにこの事件が起こってから、この図書館で怪奇現象が多く起こっている。曰く、一階を徘徊している黒い幽霊がいる。曰く、誰もいないはずの館内を車いすが動いている。――どこから出てきたかわからない噂ばかりで信ぴょう性は皆無だが、一つだけ耳を疑うようなものがあった。それは、図書館の地下に白髪の少女が監禁されているというものだ。最初は、よくあるオカルト的な作り話かと思っていたが、ここ最近は特に、その話題が増えている。ワタシとしては、この噂だけは調べずにはいられない。なぜなら、まったく同じ噂が近所で広がったときがあったからだ。
――それはワタシたちの母が失踪したとき。そのときもこの図書館で少女を見たという目撃談が相次いだ。そこでワタシはもしかしたら、母がいなくなったときとこの事件、二つの出来事はつながっているのではないかと考えたのだ。……まったく、テストで忙しいときに、こんな好奇心がくすぐられることが起こったら、優先するのはどっちかなんて言わなくてもわかるだろう? 噂を調べるため彼女に続いて部屋をでる。
……といっても同じ扉でからではない。
(床のこの場所にはあとで本を積んでおこう。話によると椿クンは頭の回転が速いというじゃないか。ワタシが探索している最中に、鉢合わせしたくないし、彼らと会うのは今日じゃない。それに、簡単に見つけられても面白くないから…ね。)
懐中電灯を片手に部屋の隅にあるハッチを開けて地下へと向かう。はしごを下りると、そこはひんやりとした空気が立ち込めており、どこか不気味な雰囲気だ。
(おかしい……この間ここに来たとき、倉庫内の本を湿気から守るために、すべての扉を開きっぱなしにしていたはずなんだが。誰かがいたずらで入ったのか? もしかすると誰かがいる……うーん、上に戻るべきだろうか。いや、この機会を逃すわけにはいかない。少し捜索をしよう)
ワタシはゆっくりと通路を歩き出す。通路に接している部屋の扉をすべて閉めて回るが特におかしなことはなかった。一か所だけ、最初からしまっていた扉もあったのだが、どれだけ力を込めてもびくともしなかった。一カ月前は問題なくあいたはずなのだが。
扉の中は簡素な作りなのだが、大量の本が所狭しと並べられている。ここは地下全体が丸々書庫の役割をしているのだ。何事もなかったのを確認し、もと来た民俗風習のコーナー部屋へと戻る。腕時計をみると花梨クンと別れてから、一時間が経っていた。眠っている三人を起こさないようにハッチを閉め、本棚から何冊か引き出して、地下に続く扉の上に積み、静かに外から部屋に鍵をかける。すでに館内は閉館しており、安居院のお嬢様と付き添いの黒服が何人かいるのみだ。彼らと簡単に挨拶を済ませて、入り口の方まで戻る。そこで、山本と会う予定だったが来ない。そこで閉じ込めた彼らが荷物を持っていなかったことに気付き二階へとのエレベーターを使っていくことにした。
(山本クンはテラスで彼らの荷物をみているのだろう。やれやれ、どこまでやさしいんだか。)
そのときだった。私がこの図書館内で起こっている異変に気が付いたのは。