七月八日(土) 午後八時半 図書館
もしそうだとしたら、ぼくたちの命の危険とが身近に迫っていることを示す。最善の選択はなんなのか、どうすればいいのか考える。周りの状況がどうなっているかよりここから逃げることを優先にしよう。
そう決意し、顔を上げると二人の視線がこちらに向けられていた。
「つばき、お前何か知ってるのか?」
暗闇にそれぞれ慣れてきたようで、このまま会話することにした。駿英は、彼が電気を消してから黙っていたぼくのことが気になったみたいだ。
そのまま真実を言うとこの状況からパニックになるおそれがあるから、言葉を選ぼう。そう決めた。
「悪いけど、今言えることはない。でも……さっきの人には助けを求めない方がいいかもしれない」
「……わかった。お前がそういうなら、これ以上は何も聞かない。きっとそれが一番いい方法なんだろう? でも、そしたらここをどうやって脱出する?」
付き合いの長い駿英は、なんとなくだが察したみたいだ。こういうとき、こっちが言ったこと以上に踏み込んでこないのは正直助かる。
「それは……、静かにこの部屋を探るとかかな?」
「ほかにできることもないからね」
「まあ地道にやってくしかねえか」
ぼくたちは音を立てないように気を付けながら、それぞれ部屋の中を探ることにした。明りもない中で作業するのは大変だけど、万が一を考えるとつけることもできない。部屋の探索は思ったよりも何倍も時間がかかった。
「――あ、見て二人とも! ここに扉があるよ!」
花梨が目を輝かせながらこう言ってきたのは探索を開始してから二十分近くが経った頃だった。外からは音が聞こえてこない。この時間でわかったことが一つある。それは、足音はさっきの一つだけだということだ。足音の正体はわからないけど、エレベーターをつかっていないかぎりはまだ二階にいるはず。
花梨が指をさしたのは床の端だった。積み上げられていた本が不自然だったから、どけてみたら扉を発見したらしい。こんな非現実的な空間の中で、ぼくは父さんの書斎にもさすがに地下室はなかったななんてことを考えていた。扉の大きさからしても、通気口じゃなくって、たぶん地下の空間に出るものだ。
「ほかに調べられそうな場所もないし、もうこの中を調べていこうぜ」
「慎重にいくぞ」
駿英の言葉に頷いて、手探りで扉の取手を探し出してつかむ。金属でできているからひんやりしていて冷たい。そして、目の前の扉を手前側にゆっくりと開いた。開いた扉に近づいて下に向かって少しだけ顔を覗かせる。だけど、暗くて何も見えない。でも空間は思っていたよりも広い。二人を部屋の中に残して慎重に壁をつたって下まで降りる。幸いなことにはしごがあったから、安心して下りることが出来た。一番下の足場から、地面までは少し距離がある。音を立てないで少しジャンプした。空間は暗いけど人がいる気配はない。ぼくは二人にこっちに来るように言った。花梨、次に駿英の順番で降りるとき彼に扉を閉めてもらった。
明りになるようなものを持っていないか聞くと花梨がスマートフォンをポケットの中から出した。
うぅ~、さっきの部屋で気付いてほしかったけど……みんな気が動転していたし仕方ないよね。周囲を確認してわかったことがある。
どうやら図書館の中には地下通路があり、一定間隔でぼくらが来たところと同じような出入り口があるようだ。いったい、この空間はいつから存在するんだろう。
さらに照らされた地下の様子を確認してみると、ここは一本道で狭い通路が奥の方まで続いていることが分かった。後ろは、閉じ込められていた部屋が図書館の敷地の端っこギリギリだったこともあり行き止まり。道は前にだけ続いている。高さはだいたい二メートルくらいで、幅は三人が並んで歩いても十分なほどに広い。
ぼくらは恐る恐る足を踏み入れていく。壁に沿って進み始めると頭上からコツコツと足音が聞こえてきた。ひょっとしたら、上の足音は殺人鬼のものでぼくたちが部屋にいるのか確認しに来たのかもしれない。少しずつ足音は小さくなっていったけど、聞こえているうちは生きた気がしなかった。そして数メートル先には扉があった。それは上に続く扉ではなく、横へと続く扉だった。
別にここまでの通路でも何か所か横扉はあった。でも、さっきまでの扉の奥はおそらく本や資料などをしまう倉庫だろうと三人で納得できた。扉の横に保管番号みたいなものが書かれていたからね。
でも、この扉だけは明らかに異質だった。この周囲でなぜか鼻がもげるような悪臭が漂ってきたからだ。それはさっきの予想が一気に現実に近づいてくる感覚、殺人鬼がこの状況を楽しんでいるところまで想像できちゃった。
(もしかして……ほんとうに、本当に殺人鬼?)
まだ、夜の図書館に侵入した不審者の方がやさしい。非現実的な恐怖は時間が経ってからの方がこわい。地下通路の異様な雰囲気と緊張感はぼくの後ろを歩く二人にも伝わったみたいだ。