七月八日(土) 午前十一時 公園
「――ちょっと張り切っちゃったかな?」
公園へとやってきたぼくたちは、駿英が持ってきたレジャーシートを広げて三人で弁当を加工用にして座っている。照れ笑いをしながら花梨がお弁当を見せてくれた。そのお弁当は見た目からしてとても綺麗で、卵焼き、ミニトマト、タコさんウィンナー、鶏のからあげなど、たくさんの種類があってどれも美味しそうだ。
「さすが花梨だな。全部うまそう!」
「自分で作ったの? 花梨は料理が上手なんだね」
「あ、ありがと……」
か細い声が帰ってくる。うつむいているから表情は見えないが頬は赤く染まっているようだ。
「さ、さあ二人とも食べて! 多く作りすぎちゃったから満足するまで食べて!」
花梨は、はにかみながら言う。この笑顔だけで彼女に心奪われる男子もいるんじゃないだろうか?
「「いただきます!!」」
ぼくたちはさっそく箸で各々食べたいおかずをつまむ。ぼくは花梨の作った卵焼きを口の中に運ぶ。甘みのある優しい味が口に広がり幸せな気分になる。甘めの味つけでとても美味しい。それになんだか優しい感じのする味わいだ。そんな様子を花梨は不安そうに見ている。どうやら食べた感想を待っているらしい。
「おいしいよ花梨!」
「うますぎるっ!! いっぱい作ってくれてありがとな!!」
「ほんと!? よかった~」
花梨は安堵した様子を見せる。この様子だと誰かにお弁当を作るのは今回がはじめてのようだ。初めてでこんなにおいしいなんて。っきと、何回も練習したんだろうな……その表情を見てぼくは余計に申し訳なさを感じた。どうしてかって言うと、
「……実はさ、ぼくも弁当を持って来たんだ」
二人の前にカバンから取り出したお弁当箱を置く。びっくりした様子で二人は弁当箱とぼくを交互に見比べている。そう、母さんにお弁当はいらないと伝え忘れ、起きたときに、お母さん今日張り切っちゃったの、といわれ満足げな表情で手渡されたのだ。せっかく作ってくれた弁当を食べないわけにもいかないため二人には内緒にして持ってきたのだが……。二人は弁当箱のフタを外すと、おぉ、と感心や驚きの混じった小さな歓声を上げた。
「ちっちゃなグラタンに鰆の西京焼き、こっちはアスパラガスがベーコンに巻かれてて…おいおい、どれも手間がかかってんな」
「……ねえ、つばき君のお弁当も少し食べてみていい?」
女の子に上目遣いで聞かれて、断れる男子なんているのだろうか? どうぞ、と花梨の前にお弁当箱を差し出す。
「いただきまーす……っえ!? とっても美味しい! これって椿くんが作ったの?!」
目をキラキラさせながら、花梨が聞いてくる。まさか、ぼくが作れる料理なんてホットケーキかカップ麺だけ。その横で、彼女のお弁当をパクパク食べてた駿英もぼくのお弁当へと手を伸ばす。
母さんが作ってくれたこと花梨に言うと花梨は、なるほど…なるほどねぇ、と自分に言い聞かせるようにつぶやいていた。その様子を見てぼくはなんだか申し訳ない気持ちになった。
「別に全然気にしてないよ!! こんど、つばき君のお母さんに料理を教えてもらおうかな……なんてっ!」
「どっちのお弁当もおいしーー! おれ、二人と友達でよかったよーー!!」
「ご飯だけでおおげさな…………」
二つのお弁当は三人で食べてもなかなかにボリュームがあった。ぼくたちが食べ終わったのは図書館のチャイムが鳴る午後一時だった。
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「――少しだけここでまったりしててもいいかな? 二人は先に戻っててよ」
「そうね。勉強も終わってるし、少し自由時間にしましょ! わたし、つばき君から借りた本読みたいから先に戻って読んでるね!」
「オレもサッカーの本読もうかな。もっと得点力を上げないといけないし…シュートに関する本を探すか。また後でな、つばき!」
二人はそう言って図書館に戻っていった。ぼくは、場所をベンチに移動して少しの時間、公園でもってきた本を読むことにした。新田さんから借りた本だ。彼女の本は少々難解な言葉が使われている推理もので読みごたえがある。頭を使う本を読むときは近くにリラックスできるものが置いてあると嬉しい。この公園は自然が多く日当たりもいいしリラックスできる。読書をする場所としては申し分ない。集中して読んだ後に本を閉じて、あたりをぼーっと眺める。視界に映っているものが何なのか認識できない、商店街の方から聞こえてくる物音も、公園にいる子どもたちのはしゃぎ声もすべて雑音として処理される。唯一、感じられるのは鼻から入ってくる植物のにおいのみ。今のぼくは、ただ座っているだけ。この時間がたまらなくいい。
借りていた本を読み終えて、図書館に戻ろうかと思ったとき不意に声をかけられた。
「君が奈波くんかな?」
驚きながらも、その声の方を確認する。そこにいたのは一人の男の人だった。茶色がかった髪は軽くウェーヴしていて、おでこが出るようにセットされている。ぼくの知り合いにこんなカッコいい人はいないぞ。ひとつだけ共通点があるとするなら服かな。彼が着ているのはぼくらの学校の制服だ。同じ学年には見えない……となると上級生だろうか。
「あなたは、誰ですか?」
「俺の名前は山本翔。君と同じ学校の三年生だ。まあ、覚えなくても別にいいよ」
彼は爽やかな声で話しかけてきて手を差し出してくる。どうやら握手を求めているようだ。戸惑いつつも、彼の手を握り返す。
「は、はじめまして……」
「おう、それでツバキは何をしてたんだ?」
急に名前呼びに変わったぞ。この人、さては距離感近くてグイグイくるタイプだな。
「今は本を読んだりぼーっとしてました」
「こんな天気のいい日だったらきもちいいだろうな。ところで、俺たちとゲームしないか?」
「ゲーム……ですか?」
返事はどうやらあまり重要じゃなかったらしい。続けた言葉の意味が分からなかった。肯定とも否定ともとらえにくい言葉を最後に沈黙が続く。山本先輩の余裕をまとった表情は崩れない。この人はやると言わない限りここからどかないだろうな。なんでこんなことになったんだ。
「わかりました。やりましょう」
「おお、そうこなくっちゃ! なあに簡単なゲームさ」
そう言うと山本先輩は一枚の紙をズボンの右ポケットから取り出した。まるで最初からこうなることを予想していたかのように手際がいい。
「それは……」
「そう、ツバキも持っているかもしれないけどある少女が貼った掲示板の謎だ。この謎を解いてくれ、それが俺からのゲームだ。期限は多くてあと一週間。それじゃ健闘を祈るぜ!」
そう言って山本先輩はぼくの左腕をつかんで手を開かせて紙を渡してきた。役目は終えたというふうにボクに背中を向ける。
「あっ、ちょっと!」
「ん、どうした?」
「実はぼく、いやぼくたちはこの怪文の謎を解こうとしているんです。でも、手掛かりがなくて、それで……」
「あーなるほど。すでに解き始めていて、行き詰っていたわけか。なら、説明する手間が省けたし少しくらいオマケしてやるか」
どんなヒントを出せばいいのか考えるようにうつむき、少し考えてから顔をあげて、またぼくに語りかけてくる。
「まあ確かに難しい。あの文章はある一人に向けて書かれたメッセージだし、ヒントもない。……だがな、案外うまくいくかもしれないぜ? あの日の図書室と同じように、裏山についてもう少し調べてみるんだな」
「えっ!?」
「今出せるヒントはこんくらいか? まあ頑張ってくれ!」
そういうと山本先輩は去って行ってしまった。先輩はどうしてぼくが図書室にいたことを知っているんだろう。それにあの口ぶり、山本先輩はあの暗号の意味を知っている……? そもそも、なんでゲームを持ちかけて来たんだろう。わからないことだらけだ。だけど……。
(ある少女が書いた誰かへのメッセージ、裏山について調べろ、か。……うん、ヒントはもらえた。二人にも知らせに行こう)
謎を解くヒントをもらえてうれしかった。急いで、支度をして図書室に戻った。