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第7話 だってあたし犬だからっ! わんわんっ!

7

 *

 皇子と妖精は群を抜いた実力を持っています。切磋琢磨する仲間ですが、ライバルでもあります。負けず嫌いの妖精は、ある日、皇子に決闘を挑みました。戦いは三日三晩続き、激しい演奏が昼夜問わず空に幻想を抱かせました。

 夜と太陽。決着はつきません。陽が昇れば、待っているのは夜です。来る日も来る日も歌い、弾き続け、やがてお互いの体力が底をついてしまいました。決着はつきません。勝負は引き分けに終わりました。戦いの果てに二人は意気投合しました。実力を認め合い、真の友情で結ばれたのです。


『舞台 妖精と円舞曲 第七曲 決闘』

 *

 数日後。

 聖愛学園高校。

 傾いた太陽が色あせた教室を焦がす。

 部室棟の空き教室。誰もいない教室には、椅子と机が六個置かれている。恋音は隅にまとめられたそれを二つ持って、並べる。

「ほれ、座りなよ」

「ほぉ~い! 恋音先生~!」

「あのさ……、ミネバは教えてもらう立場なんだから……、こういうのはきみがやるべきなんじゃないの?」

「え? だって先生はレディファーストの優しい先生でしょ?」

「僕が優しいのは妹にだけだ」

「え~っ? 桃井さんには~? 優しくしないの?」

「あいつは……、あいつが僕に優しくないからな。すぐ蹴るし、関節技しかけてくるし」

「えへへ……、仲良しなんだね」

「どこを聞いたらそう思うんだ」

「え~? だって二人って付き合ってるのかと思ってた。てゆーかみんなそう思ってるよ、きっと」

「僕たちはそういうんじゃなく……、なんか……、家族みたいな、……あれなんだよ」

「家族……」

 ミネバは下を向く。金色の髪は太陽のように眩しい。嘘を見抜く瞳は蒼く澄んだ地球のよう。ミネバはどこまでも美しくカラフルだ。しかし影の色はみんな同じ。どこまでも真っ暗な闇だ。

「ミネバ?」

「あっ……、うん! そうなんだ! じゃあ、あたしも恋音くんと結婚して家族になりた~い!」

「じゃあ、福山雅治弾けるようになったらね」

「え~っ、違うよ~! あたしが弾きたいのは光咲レインの歌だもん」

「ま、いいや。じゃあ、ギター持って」

 一瞬、暗い顔をしたミネバの様子が恋音は気になった。しかし、はじけ飛ぶ笑顔で笑うミネバに、恋音は、勘違いだと思う。


 椅子に並んで座った二人は大きなアコースティックギターを抱えている。「IRIS」というメーカーの日本製ギター。二つとも恋音の所持品。ミネバはギターを持っていなかったため、恋音が貸与した。

 ギターバッグを抱えて高校に登校するのは恥ずかしかった。


「じゃあ、昨日の復習からな。開放弦はなんの音になってるんだっけ?」

「……?」

「だから開放弦。昨日教えただろ。一弦の音は?」

「……、え、えっと……、ド! いやラ? いや、シだ!」

「はぁ……、初日に教えたばっかりなのに、もう忘れたの?」

「ぐすん……、ごめんにゃさい先生。あたぁし……、もしかしたらバァカなのかもしれにゃいです」

「もしかしなくてもバカだ」

「うぇ~ん、なんでそんなことゆーの! 女の子はバカでも可愛ければいーんだからね!」


――パコンッ


「そういう話しはしてない」

「……ッ、い、いったぁーいっ! んもう、なんで叩くの~? 頭は撫でるものだよ! 愛絵ちゃんにするみたいになでなでしてよ~」

「頑張ったらな」

「う……、うぅ……、あたしだって頑張ってるんだからね! 大体、先生だって嘘つきのくせに」

「……関係ないです」

「あるもんあるもん! 光咲レインなのに! ギター弾けないとか嘘ついてあたしを騙そうとしてたもん! 嘘つき! 最低男!」

「きゃんきゃんうるさい犬か、お前は」

「そーだよ! わんわん! わんわん! じゅる……、ハァハァハァハァ……、あたしは先生の犬! 美少女エロ犬です! わんわん! ……ペロリ」

「そうか、ミネバは犬だったのか。道理で涎が垂れるわけだ」

「わんわん! うん! 先生のことだいしゅき~! じゅる……、ペロペロ~」

「ん……、あ、こらっ! 舐めるな、やめろ……」

「え~? なんで~? いーじゃん……、はぁはぁ……、先生はこーゆーのがお好きなのですか? えへへ……、ぺろぺろ……、ぺろぺろ」

「――う……、き、気持ち悪い……、うぅ」

「ハァハァ……、じゅる……、ペロペロ~!」

 

 中野ミネバは恋音に密着し、首筋を舐める。腕を抱きしめて、柔肌の太ももを恋音に擦りつける。近づけた顔は少し赤い。意図した甘い呼吸は、周囲をミネバの色に染める。舌なめずりをして、荒く息をする。まるで犬。エロ犬だ。さすがの芝居だ、と恋音は思うが、不快だったので、頭は撫でない。

「先生! しゅき~……、じゅるるる……、はむはむ~っ」

「あ――、う……」


――はむっ。


 ミネバは勢いのままに恋音の左耳を甘噛みした。ミネバの心が腔内を通して恋音へ伝わる。黄ばみのない真っ白な歯。儚げなリップ。密着した体は、天使のように柔らかく、恋音は彼女を同じ生き物とは思えなかった。

 ああそうだ。こいつは犬だ。違う生物だった。とミネバの芝居にすっかり騙されているが、気持ち悪かったので頭は撫でなかった。

「ミネバ……」

「あ……」

 ぼそりと呟いた恋音の声は真剣だった。色っぽい低い声。穏やかだが深みがあり、人を惹きつける美声。

 ミネバは咄嗟に身構える。やり過ぎた。怒られる! と思った。しおらしい無垢な瞳は、動物のように素直。


「もう……、ギターの練習やめる?」

「え……、あ、やめないです」

「やる気はあるんだよね?」

「は、はい! あります! 先生!」

「じゃ、ちゃんと座って。ギター持って」

「はい……、ごめんなさい。先生。あたしつい……、調子に乗っちゃう癖があって」

「芝居は上手だったよ。ちゃんとエロ犬だった」

「あ……、う、うん! そーなんだ! あたしね、演技し始めるとキャラクターに入りこんじゃうの! 自分を忘れちゃうくらいに」

「でも褒めないけど」

「え~っ、なでなでしてよ~」

「だめです」

 

 やんわりと否定する恋音の視線にミネバはドキドキとする。ミネバは恋音が気になる。彼の纏う優しい空気は、どこで生まれたのか、知りたくなる。


「恋音くんって……、モテるでしょ」

「……? やっぱりギターの練習やめる? やる気ないの?」

「あります! でも先生! あたしみたいな美少女に甘噛みされても落ち着いてる人は、先生が初めてです!」

「他の人にも甘噛みしてるの? それも癖なの? 涎だけじゃなく?」

「はい! だってあたし犬だから! わんわん! はぁはぁ……、じゅるる」

「……」

「……」

「じゃあ、帰ろっか」

「あ~っ! 違う違う! ちょっと待って~っ! 今のは冗談! 犬ジョークです!」

 立ちあがった恋音を間髪入れず抱きしめるミネバ。キレのいい動きは、運動神経の良さを感じさせる。

「あ、い、今! ……復習します! あの……、えっと、開放弦は……、えと……、あ、そう! ミラレソシミってなっていて……一番太い六弦から……、ボロロン……♪」

 ミネバは辿々しい手つきでギターを弾く。六弦から順に開放弦を鳴らす。

「……ミラレ、ソシ、ミ……、ボロロン……♪ どぉ? 恋音くん。合ってる?」

「うん……、合ってる」

「えへへ……、あたしね、バカだけどセンスはあるの! やればなんとなく出来ちゃうんだよね……、えへへ」

「じゃあ、ドレミファソラシドって弾いてみて」

「あ……、え、えっと……、ドは……、五弦の三フレット目から始まって……、えっとレは四弦の開放弦……」

「そうそう。ギターは一フレットごとに半音上がるから……、ってことはミは?」

「えっと、一つ、二つ……、あ、ここ! 四弦の二フレット目! ここがミ!」

「そうそう……、なんだやれば出来るじゃん」

「えへへ……、えっとだから次はファだから、また半音ずつ上がって……」

 華奢な体に大きなアコースティックギターを構える金髪少女は、白く繊細な指先で弦を抑えていく。光に照らされる美しい容姿に相反して、指の動きはまだ不格好だが、ひとつひとつ、音階を奏でる。


「……、シ、……、ド! ドレミファソラシド♪ 出来た!」

「ミネバ……」

「あ……」


――なでなで。


「えらいえらい。上手に出来ました」

「……ッ、恋音くん……」

「ちゃんと出来たからご褒美」

「う……、うぅ……、あたし、嬉しいぃ……」

「犬にはご褒美あげないとね」

「……じゅる……、あっ、やだぁっ! 嬉しくて涎出てきちゃったぁ……」

「どうすれば止まるんだ、その涎は」その涎は」

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